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アフリカの起業家とエフェクチュエーション——極限の制度的空白を超える実践知

サハラ以南アフリカにおけるエフェクチュエーションの特異な実践形態を分析。固有知識と近代科学の融合、プルリアクティビティ、コンパッション駆動のネットワーク。

約13分
目次

極限の制度的空白という文脈

Khanna & Palepu(1997, 2010)が提唱した制度的空白の概念は、新興国市場における仲介機関・規制・契約履行メカニズムの欠如を体系的に捉える枠組みである。しかしサハラ以南アフリカでは、この制度的空白がさらに深刻な次元に達している。フォーマルな制度が欠如するだけでなく、本来その不在を補完すべきインフォーマルな制度さえも貧困や紛争により機能不全に陥った**「極限の制度的空白(Extreme Institutional Voids)」**が存在する(Sutter, Webb, Kistruck & Bailey, 2013)。本稿では、ウガンダやガーナなどの実証研究に基づき、アフリカに特有のエフェクチュアルな行動メカニズムを分析する。

固有知識と近代科学の融合——ハイブリッドな「手中の鳥」

伝統的知識の再評価

エフェクチュエーションの「手中の鳥の原則」は、起業家が既に保有する手段(自分が何者であるか・何を知っているか・誰を知っているか)から出発することを指す(Sarasvathy, 2008)。アフリカの起業家にとって、「何を知っているか(What I know)」には、**土着の固有知識(Indigenous Knowledge)**が深く含まれている。

固有知識とは、特定の地域社会において蓄積されてきた実践的な知恵の体系であり、生態系の理解、伝統農法、薬草利用、水資源管理などを包含する。文字化されていないことが多いが、地域住民の生活と密接に結びついた実践知としての価値を持つ。

知識のハイブリッド化メカニズム

しかし、限られた固有知識だけでは、森林伐採、水質汚染、土壌劣化といった複雑な社会・環境課題に対処することは困難である。アフリカの持続可能な起業家は、この制約を乗り越えるために、**土着の伝統的知識に近代科学の要素をクリエイティブに掛け合わせる「知識のハイブリッド化(Complementation of Indigenous Knowledge with Modern Science)」**を実践している(University of Pretoria, 2020)。

例えば、伝統的バイオマス素材の特性に関する固有知識と近代的な加工技術を組み合わせた代替燃料の製造や、生活習慣の理解と微生物学的浄水技術を統合した衛生設備の改善がその例である。

このハイブリッド化は、地域住民からの心理的受容性を高めつつ、高度インフラへの依存を回避して制度的空白を補う独自ソリューションを低コストで構築する効果をもたらす。

プルリアクティビティ——複業化によるリスク分散

単一事業モデルの致命的リスク

先進国のスタートアップ論では、一つの事業に集中し、ピボットを通じてプロダクト・マーケット・フィットを追求するアプローチが主流である。しかし極限の制度的空白が存在するアフリカの環境では、単一の事業モデルにすべての資本と労力を投下することは致命的なリスクをもたらす。マクロ経済の急激な悪化、通貨の暴落、政治的不安定、自然災害といった外生的ショックが頻発し、どれほど優れたビジネスモデルも一夜にして崩壊する可能性がある。

プルリアクティビティの戦略的合理性

このリスク環境に対してアフリカの起業家が採用するのが、**「プルリアクティビティ(Pluriactivity:複業化・多角化)」**である(University of Pretoria, 2020)。プルリアクティビティとは、同時に複数の全く異なる収益源を持つことで、事業ポートフォリオ全体のレジリエンスを高める実践である。

エフェクチュエーション理論では、プルリアクティビティは「許容可能な損失の原則」の高度な応用形態である。個々の事業の損失を許容可能な範囲内に抑えてリスクを分散させると同時に、複数の事業を通じて限られた手段の活用範囲を最大化し、偶発的な機会を複数の接点から捉える確率を高める。

先進国の文脈で見れば「集中の欠如」と批判されうる行動が、極限の制度的空白という文脈では極めて合理的なポートフォリオ管理戦略として機能している。この点は、エフェクチュエーション理論の文脈依存性(context-dependency)を示す重要な知見である。

コンパッション——クレイジーキルトの推進力

経済的利益を超えた動機づけ

エフェクチュエーションの「クレイジーキルトの原則」は、自己選択的なステークホルダーとのパートナーシップを通じて新たなネットワークを構築するメカニズムである(Sarasvathy, 2008)。先進国のスタートアップ・エコシステムでは、パートナーの自己選択は経済的利益の期待やビジネス機会の認識に基づくことが多い。しかしアフリカの文脈では、**「コンパッション(Compassion:思いやり・共感)」**がクレイジーキルト形成の最も強力な推進力として作用する(University of Pretoria, 2020)。

極貧や環境破壊が日常的に存在する状況下において、経済的利益だけでなく社会的・環境的目標を統合する事業を立ち上げる強力な動機付けとなるのがコンパッションである。コンパッションに基づく内発的な使命感は、単なる利益動機を超えた深いレベルでステークホルダーの共感を呼び起こす。

金銭的報酬の欠乏を補う求心力

アフリカの持続可能な起業における特異な課題は、パートナーに対して十分な金銭的報酬を提供できない場合が多いことである。ベンチャーキャピタルや公的補助金が欠如する環境では、初期段階のパートナーに経済的なインセンティブを提示することが構造的に困難である。

ここでコンパッションは、金銭的報酬の欠乏を補う非経済的な求心力として機能する。地域社会の困窮に対する共感、環境保全への使命感、次世代への責任意識といったコンパッションに基づく動機は、NGO、国際機関、ボランティア、地域住民といった多様なステークホルダーを引き寄せ、強固なパートナーシップ(クレイジーキルト)を形成・維持する力となる。Sarasvathy(2008)のオリジナル理論では、クレイジーキルトの形成動機として経済的利益の共有が想定されているが、アフリカの事例はコンパッションという非経済的動機がクレイジーキルトの形成を可能にすることを示しており、理論の境界条件を拡張する重要な知見を提供している。

ネットワーク・エントリーとブリッジング・ネットワーク

集団的市場参入の論理

アフリカ市場に進出する南アフリカの多国籍企業や、現地で活動する移民起業家(Immigrant Entrepreneurs)は、単独での市場参入がもたらす法外な取引コスト——契約不履行リスク、汚職、行政の非効率——を経験的に認識している。そのため、**「ブリッジング・ネットワーク」と呼ばれる緩やかな企業間連携体を形成し、集団で市場に参入する「ネットワーク・エントリー」**という手法を採用する(Johanson & Vahlne, 2009の改訂Uppsalaモデルの文脈で研究が進展している)。

ネットワーク・エントリーにおいて、個々の企業は自社の強み(手中の鳥)を連携体全体に提供し、他の参加企業の強みと組み合わせることで、単独では不可能な規模と範囲の事業活動を実現する。例えば、物流ネットワークを持つ企業、現地の規制に精通した企業、技術的な専門性を持つ企業が緩やかに連携し、それぞれの「手中の鳥」を持ち寄ることで、制度的空白の多層的な障壁を集団的に克服する。

クレイジーキルトのマクロレベルへの拡張

このネットワーク・エントリーの実践は、エフェクチュエーションの「クレイジーキルト」が個人の起業家レベルの論理を超えて、企業間同盟によるマクロな制度的空白の克服手段として機能することを明示している。政府や市場が本来提供すべき信用情報や法的保護が存在しない場合、企業間の「信頼」に基づくクレイジーキルトが事実上の制度的インフラの代替物として機能する。

移民起業家の事例では、母国と居住国の双方にまたがるディアスポラ・ネットワークが、二つの市場を橋渡しする独自のクレイジーキルトとして機能している。母国の社会的紐帯に基づく信頼と、居住国で獲得したビジネス知識を組み合わせることで、制度的空白を横断する事業活動が可能となっている。

アフリカの事例が示すエフェクチュエーション理論への示唆

アフリカにおけるエフェクチュエーションの実践は、理論に対して少なくとも3つの重要な拡張を示唆している。

第一に、「手中の鳥」の内容は文化的・地理的文脈に深く依存する。固有知識という手段は先進国のテクノロジー起業家にはない資源であり、理論の普遍性を維持しつつも手段の具体的内容が文脈依存的であることを明示している。

第二に、許容可能な損失の原則は、プルリアクティビティ(複業化)という形態で拡張されうる。単一事業の損失を限定するだけでなく、複数事業のポートフォリオ全体でリスクを管理するという高度な応用が、極限の不確実性下で自然発生的に生まれている。

第三に、クレイジーキルトの推進力は経済的利益に限定されない。コンパッションという非経済的動機が、金銭的報酬が欠乏する環境においてパートナーシップを形成・維持する代替的な求心力として機能する。

これらの知見は、エフェクチュエーション理論が先進国のテクノロジー・スタートアップのみならず、極限の制度的空白という最も過酷な環境においてもなお有効に機能する、人間の起業行動の根源的な論理であることを示唆している。

関連記事として「エフェクチュエーションとは何か」「エフェクチュエーションを実務で活かす」も参照されたい。


参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Khanna, T., & Palepu, K. G. (1997). Why focused strategies may be wrong for emerging markets. Harvard Business Review, 75(4), 41–51.
  • Khanna, T., & Palepu, K. G. (2010). Winning in Emerging Markets: A Road Map for Strategy and Execution. Harvard Business Press.
  • Sutter, C. J., Webb, J. W., Kistruck, G. M., & Bailey, A. V. (2013). Entrepreneurs’ responses to semi-formal illegitimate institutional arrangements. Journal of Business Venturing, 28(6), 743–758.
  • Johanson, J., & Vahlne, J.-E. (2009). The Uppsala internationalization process model revisited. Journal of International Business Studies, 40(9), 1411–1431.
  • Welter, F., & Smallbone, D. (2011). Institutional perspectives on entrepreneurial behavior in challenging environments. Journal of Small Business Management, 49(1), 107–125.
  • University of Pretoria (2020). Effectuation mechanisms for sustainable entrepreneurship in developing countries. University of Pretoria Repository.
  • サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.

参考書籍

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