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不確実性下のマーケティングとS-Dロジック

エフェクチュエーションとサービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック)の統合可能性を解説。不確実性下でのマーケティング戦略、価値共創、市場形成プロセスを論じる。

約15分
目次

G-Dロジックの限界とS-Dロジックへの転換

マーケティング理論は長らく**Goods-Dominant Logic(G-Dロジック)を基盤としてきた。G-Dロジックでは、企業が製造プロセスで製品に価値を「埋め込み」、顧客はその交換価値(value-in-exchange)**を購入する受動的な存在として位置づけられる。4P(Product, Price, Place, Promotion)に代表されるマーケティング・ミックスは、この企業中心的パラダイムの典型である(McCarthy, 1960)。

2004年、Vargo & LuschはJournal of MarketingにおいてService-Dominant Logic(S-Dロジック)を提唱し、根本的なパラダイム転換を宣言した。S-Dロジックでは、すべての経済活動の基盤は「他者の利益のための知識とスキルの適用」すなわちサービスであり、有形財はサービスを届けるための媒体に過ぎない。価値は企業が一方的に提供するものではなく、顧客が使用する過程で文脈的に決定される**使用価値(value-in-use)**として認識される(Vargo & Lusch, 2004)。

比較次元G-DロジックS-Dロジック
経済活動の中心有形財の生産と交換サービス(知識・スキルの適用)の交換
価値の概念交換価値(価格で顕在化)使用価値(顧客の文脈で決定)
顧客の役割価値の受動的な受容者能動的な資源統合者・共創パートナー
企業の役割価値の唯一の創造者価値提案(value proposition)の提示者
競争優位の源泉オペランド資源(有形資産)オペラント資源(知識・関係性)
マーケティングの方向顧客「へ」のマーケティング顧客「と」のマーケティング

S-Dロジックの5つの公理

Vargo & Lusch(2016)は理論の成熟に伴い、11の基本前提(Foundational Premises)から5つの上位公理を抽出した。

公理1(FP1):サービスは交換の根本的基盤である

すべてのアクターは自身のスキル(オペラント資源)を用いて他者に奉仕し、その見返りとして他者のスキルによる奉仕を受け取る。貨幣や有形財を介した間接的な交換は、このサービス対サービスの本質を覆い隠しているに過ぎない。

公理2(FP6):価値は常に複数のアクターによって共創される

企業単独で価値を創造し顧客へ一方的に移転することは論理的に不可能である。企業ができるのは価値提案を市場に提示することのみであり、実際の価値は顧客が自らの資源と統合し使用するプロセスで初めて顕在化する。

公理3(FP9):すべてのアクターは資源統合者である

企業も顧客もサプライヤーも、本質的にはすべて**資源統合者(resource integrators)として同等に機能する。この認識はB2B・B2Cの区分を無効化し、すべてをA2A(Actor-to-Actor)**のネットワークとして再概念化する。

公理4(FP10):価値は受益者によって現象学的に決定される

価値は製品スペックや投下コストでは測定できない。受益者の状況・文化的背景・過去の経験に依存して現象学的に構築されるため、同じサービスでもコンテキストが異なれば創出される価値は全く異なる。

公理5(FP11):価値共創はアクターが生成した制度によって調整される

2016年に追加されたこの公理は、サービス・エコシステムの視座を本格的に定着させた。市場は単なる取引の場ではなく、共有された規範・信念・ルールなどの**制度的取り決め(institutional arrangements)**によって結びついたアクターのネットワークである(Vargo & Lusch, 2016)。

エフェクチュアル・マーケティングの実証研究

Read et al.(2009)は、エフェクチュエーションの論理をマーケティング領域に適用する画期的な実証研究を行った。27名の熟練起業家(expert entrepreneurs)と37名のコーポレート・マネージャーを対象としたプロトコル分析(思考発話法実験)により、不確実な市場環境下での意思決定パターンの違いを明らかにした。

マネージャー層が市場調査データや予測的情報を重視し、STP分析に基づく因果論的(causation)アプローチで問題を解決しようとしたのに対し、熟練起業家は予測的手法を「反転(invert)」させた。起業家は手元の手段から出発し、コミットメントを示すステークホルダーと共に市場を構築するエフェクチュアル・ロジックを駆使した(Read et al., 2009)。

この研究が示した核心的な知見は、不確実性が高い環境では、市場は「発見する」対象ではなく「創造する」対象であるという点にある。従来のSTPプロセスでは、セグメンテーションの前提として既存の顧客データが必要だが、まだ存在しない市場をセグメント化することは原理的に不可能である。エフェクチュアル・マーケティングでは、手元のネットワークで最初に反応を示した人々をセグメントの起点とし、コミットメントの連鎖を通じて市場の境界を動的に形成していく。

制度化プロセスとイノベーション

Kaartemo et al.(2018)は、S-Dロジックとエフェクチュエーションの統合がイノベーションの理解を深めることを論じた。S-Dロジックの第5公理が示すように、イノベーションとは単なる技術発明ではなく、サービス・エコシステム内における動的な資源の新規統合であり、それが機能するためには新たな市場慣行の**制度化(institutionalization)**が必要となる。

Kaartemo et al.(2018)は、エフェクチュエーションがこの制度化プロセスを2つの変換メカニズムで精緻化すると指摘した。第一に、許容可能な損失の原則レモネードの原則に基づく反復的な**実験(experimentation)が、不確実性の中で価値提案を洗練させる。第二に、クレージー・キルトの原則に基づく多角的な交渉(negotiation)**が、ステークホルダーからのコミットメントを獲得し、新たな価値提案に対する支持基盤を形成する。この支持基盤がやがて市場における新たなルールや規範として定着していく。

この分析を通じて、市場の可塑性(makeable markets)という概念が浮かび上がる。市場は外部に固定された実体ではなく、アクターの行動と資源統合の連鎖を通じて「創り出される」ものである。エフェクチュエーションの非予測的コントロールの論理——未来をコントロールできる限りにおいて予測する必要はない——は、S-Dロジックが説くエコシステムの自己組織化と完全に共鳴する。

価値共創の実践フレームワーク

DARTモデル

Prahalad & Ramaswamy(2004)が提唱したDARTモデルは、価値共創を実践レベルで構造化するフレームワークである。**Dialogue(対話)**は双方向の深いエンゲージメントを通じた相互学習を指し、クレージー・キルトの原則における交渉プロセスと重なる。**Access(アクセス)**は、所有から利用へと価値の源泉がシフトすることを示す。**Risk Assessment(リスク評価)**は、ステークホルダー間でリスクとベネフィットを共同管理する仕組みであり、許容可能な損失の原則と接続する。**Transparency(透明性)**は、情報の非対称性を解消し対話と信頼の基盤を形成する(Prahalad & Ramaswamy, 2004)。

Grönroosの価値共創領域モデル

Grönroosを中心とするノルディック学派は、価値創造の空間を3つの領域に分割した。プロバイダー領域では企業が潜在的価値(価値提案)を準備する。顧客領域では顧客が自身の文脈で使用価値を独立して創出する。そして**合同領域(joint sphere)**においてのみ、企業は顧客の価値創造プロセスに直接介入し、真の共創者となる(Grönroos & Voima, 2013)。エフェクチュアルなマーケターの実践的課題は、この合同領域を最大化することにある。

マーケティング・ミックスの進化

G-Dロジックに基づく4P(McCarthy, 1960)から、顧客視点の4C(Consumer needs, Cost, Convenience, Communication;Lauterborn, 1990)、サービス要素を拡張した7P(People, Process, Physical evidence を追加;Booms & Bitner, 1981)、そしてデジタル・経験経済に対応する4E(Experience, Exchange, Everyplace, Evangelism)へと、マーケティング・フレームワークは段階的に進化してきた。

この進化の軌跡は、S-Dロジックへのパラダイム転換と軌を一にする。製品(Product)から体験(Experience)へ、一方向的な販促(Promotion)から顧客自身がブランドの伝道師となるエヴァンジェリズム(Evangelism)へ——企業中心の操作変数から、アクター間の共創プロセスへとマーケティングの重心が移動している。

エフェクチュアル・マーケティングは、この新たなフレームワークを不確実性下で駆動させるエンジンとなる。手元の手段から出発し、許容可能な損失の範囲内で実験的なスモールベットを反復し、コミットメントを示すステークホルダーと共に市場を構築していく。予期せぬ事象はリスクではなくレモネードの原料として活用され、パイロットとしてエコシステムの形成を主導する。市場は「発見する」ものではなく「共創する」ものであり、価値は「提供する」ものではなく「使用の文脈で生成する」ものである——S-Dロジックとエフェクチュエーションが共に指し示すこの認識論的転換は、不確実性の時代のマーケティングに理論的基盤と実践的指針の双方を提供している。

実践の現場では、マーケティング担当者の多くが直面するのは「ターゲット顧客が誰か分からない」という問いである。エフェクチュエーション的アプローチは、その問いに「まず手持ちのネットワークから始めよ」という実践的な回答を与える。

関連記事として「エフェクチュアル・マーケティング」「マーケティング・ミックスの進化」も参照されたい。


参考文献

  • Booms, B. H., & Bitner, M. J. (1981). Marketing strategies and organization structures for service firms. In J. Donnelly & W. George (Eds.), Marketing of Services (pp. 47–51). American Marketing Association.
  • Grönroos, C., & Voima, P. (2013). Critical service logic: Making sense of value creation and co-creation. Journal of the Academy of Marketing Science, 41(2), 133–150.
  • Kaartemo, V., Nenonen, S., & Windahl, C. (2018). Enhancing the understanding of processes and outcomes of innovation: The contribution of effectuation to S-D logic. In S. L. Vargo & R. F. Lusch (Eds.), The SAGE Handbook of Service-Dominant Logic (pp. 522–535). SAGE Publications.
  • Lauterborn, B. (1990). New marketing litany: Four Ps passé; C-words take over. Advertising Age, 61(41), 26.
  • McCarthy, E. J. (1960). Basic Marketing: A Managerial Approach. Richard D. Irwin.
  • Prahalad, C. K., & Ramaswamy, V. (2004). Co-creation experiences: The next practice in value creation. Journal of Interactive Marketing, 18(3), 5–14.
  • Read, S., Dew, N., Sarasvathy, S. D., Song, M., & Wiltbank, R. (2009). Marketing under uncertainty: The logic of an effectual approach. Journal of Marketing, 73(3), 1–18.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Vargo, S. L., & Lusch, R. F. (2004). Evolving to a new dominant logic for marketing. Journal of Marketing, 68(1), 1–17.
  • Vargo, S. L., & Lusch, R. F. (2016). Institutions and axioms: An extension and update of service-dominant logic. Journal of the Academy of Marketing Science, 44(1), 5–23.

参考書籍

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