書籍

エフェクチュエーション:市場創造の実効理論

エフェクチュエーション理論の原著者 Sarasvathy による体系的な解説書。熟達した起業家27名の実験から導き出された5つの原則を、理論的背景とともに詳述した記念碑的著作。

目次
著者
サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)
原著者
Saras D. Sarasvathy
出版社
碩学舎
出版年
2015年
ISBN
978-4502147111
原題
Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise
Amazon で見る →

「起業の教科書」に違和感を覚える人のための一冊

起業や新規事業に関する書籍を読んでも、どこか腑に落ちない——そんな経験はないだろうか。「まずビジョンを描け」「市場調査をしろ」「事業計画書を完璧にしろ」。これらの教えは理論的には正しいが、実際に不確実性の高い環境で起業した人の体験談とは乖離していることが多い。成功した起業家の多くは、最初から壮大なビジョンを持っていたわけではなく、手元にあるリソースで小さく始め、偶然の出会いや予想外の展開を味方につけながら事業を成長させてきた。本書は、この「教科書と現実のギャップ」を学術的に解明し、起業家の意思決定に関する新しい理論フレームワークを提示した記念碑的著作である。

学術的厳密さと実践的示唆の両立

本書は、エフェクチュエーション理論の提唱者である Saras D. Sarasvathy が、博士論文以降の研究成果を体系的にまとめたものである。2008年に Edward Elgar Publishing から原著 Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise が出版され、2015年に吉田満梨の翻訳により碩学舎から日本語版が刊行された。原著は Academy of Management の Best Paper Award を含む複数の学術賞を受賞しており、起業家研究の分野で最も引用される文献の一つとなっている。

翻訳者の吉田満梨(関西学院大学)は、日本におけるエフェクチュエーション研究の第一人者であり、原著の学術的厳密さを損なうことなく、日本の読者にも理解しやすい訳文を実現している。

本書の構成と内容

第1部:理論的背景(第1章〜第3章)

第1部では、既存の起業家研究のパラダイムを批判的に検証する。従来の研究が前提としてきた「起業家は特別な資質を持つ人間である」「起業機会はあらかじめ存在する」という仮定を問い直し、起業家の意思決定プロセスそのものに焦点を当てるべきだと論じている。Sarasvathy の師である Herbert Simon の「限定合理性」の概念を発展させ、不確実性下での意思決定に固有のロジックが存在することを理論的に示す。

第2部:5つの原則(第4章〜第8章)

第2部は本書の核心であり、熟達した起業家27名の実験から導き出された5つの行動原則を詳述する。

  1. 手中の鳥の原則(第4章):手段ドリブンのアプローチ
  2. 許容可能な損失の原則(第5章):リスク管理の新しい視点
  3. レモネードの原則(第6章):偶発性の戦略的活用
  4. クレイジーキルトの原則(第7章):パートナーシップによる不確実性の縮減
  5. 飛行機のパイロットの原則(第8章):予測ではなくコントロールに基づく行動

各章では、実験データの詳細な分析、既存理論との対比、実際の起業事例が豊富に示されている。

第3部:応用と展望(第9章〜第11章)

第3部では、エフェクチュエーション理論の応用可能性を論じる。起業家教育への導入方法、組織内イノベーションへの適用、社会的起業への展開について考察し、今後の研究課題を提示している。

本書の読み方——3つのアプローチ

  1. 通読する: 全11章を順番に読むことで、理論の全体像と学術的背景を深く理解できる。研究者や大学院生に推奨される読み方である
  2. 第2部から読む: 5つの原則を先に理解し、実務への適用を考えてから第1部の理論的背景に戻る。実務家に推奨される読み方である
  3. 辞書的に使う: 特定の原則や概念について知りたいときに、該当する章を参照する。すでにエフェクチュエーションの基本を知っている人に適している

こんな人に特に読んでほしい

  • 起業を考えているが、事業計画書を書く段階で止まっている人: 「計画より行動」の理論的根拠を得られる
  • MBA ホルダーで新規事業に携わっている人: 因果論的アプローチの限界と、もう一つの選択肢を理解できる
  • 起業家教育に関わる教員・メンター: エフェクチュエーションを体系的に教えるためのリファレンスとなる
  • 経営学の研究者・大学院生: 起業家研究の新しいパラダイムを学ぶ必読文献である
  • 大企業で社内ベンチャーを推進する立場の人: 組織内イノベーションにおけるエフェクチュエーションの活用法が第3部で論じられている

まず第4章「手中の鳥の原則」から読み始めよう

本書を手に取ったら、まず第4章の「手中の鳥の原則」を読むことを勧める。ここで示される「Who I am / What I know / Whom I know」のフレームワークは、最も直感的に理解でき、すぐに実践に移せる内容である。読了後、自分自身の「3つの手段」を書き出してみることが、エフェクチュエーション実践の第一歩となる。


書誌情報

  • 原著: Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing. ISBN: 978-1843271783.
  • 翻訳: サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎. ISBN: 978-4502147111.

関連文献

  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • 吉田満梨 (2018).『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』ダイヤモンド社.
  • Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.

参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.
  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Simon, H. A. (1996). The Sciences of the Artificial (3rd ed.). MIT Press.
  • 吉田満梨 (2018).『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』ダイヤモンド社.
  • Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.