目次
- 著者
- スチュアート・リード、サラス・サラスバシー、ニコラス・デュー、ロバート・ウィルトバンク
- 原著者
- Stuart Read, Saras D. Sarasvathy, Nick Dew, Robert Wiltbank
- 出版社
- Routledge
- 出版年
- 2017年
- ISBN
- 9781138923782
- 原題
- Effectual Entrepreneurship (2nd ed.)
理論の中枢にいる4人が書いた唯一のテキスト
エフェクチュエーション理論を学ぶうえで、Sarasvathy(2001)の原論文とともに必読文献に位置づけられるのが本書である。理論の提唱者である Saras D. Sarasvathy、共同研究者の Stuart Read、Nick Dew、Robert Wiltbank という4名が共著し、エフェクチュエーションの全体像を体系的に解説した。初版は2011年に Routledge から刊行され、2017年に改訂第2版が出版された。
本書の特徴は「理論書」と「実践ガイド」の二面性にある。 学術論文の精緻な論証と、起業実践への具体的応用が同一の書籍に収められており、これがエフェクチュエーション教育において本書が世界標準のテキストとなった理由である。Babson College、INSEAD、Darden Business School をはじめとする主要ビジネススクールのアントレプレナーシップ科目で採用実績がある。
本書が問うこと
原典では〜、本書の出発点は「優れた起業家はどのように考え、決定し、行動するのか」という問いである。従来の経営学テキストは目標設定・市場分析・事業計画という因果推論(Causation)的アプローチを前提とする。これに対し本書は、実際に成功した熟達起業家27名のプロトコル分析(Sarasvathy, 2001)を基礎として、彼らの思考プロセスが根本的に異なる論理——エフェクチュエーション——に基づいていることを論証する。
Read et al.(2017)が示した核心は「コーゼーションとエフェクチュエーションは対立するのではなく、状況に応じて選択される2種類の意思決定論理である」という点である。実務に翻訳すると〜、将来が予測可能な安定した市場では計画ベースのコーゼーションが有効で、不確実性が高い新市場では手元の手段から始めるエフェクチュエーションが機能する。この状況依存的な使い分けこそが熟達した起業家の特徴だと本書は論じる。
5原則の体系的解説
本書は Sarasvathy が定式化した5つの原則を各章で詳細に扱う。
手中の鳥(Bird in Hand)原則については、起業家が「Who I am」「What I know」「Whom I know」という3種の手段を棚卸しするところから起業プロセスが始まることを強調する。第2版では、デジタル時代における「Whom I know」の拡張——ソーシャルネットワークが手段の棚卸しにどう影響するか——についての考察が補強された。
許容可能な損失(Affordable Loss)原則の解説では、ファイナンス理論の期待値最大化アプローチとの厳密な比較が行われる。コーゼーション的意思決定者が「このプロジェクトの期待リターンはいくらか」を問うのに対し、エフェクチュアル起業家は「失っても許容できる最大額はいくらか」を問う。この問いの立て方の違いが、リスク許容度と機会の選択に決定的な差をもたらすと著者たちは論じる。
クレイジーキルト(Crazy Quilt)原則については、ステークホルダーとの自発的コミットメント獲得が市場の不確実性そのものを削減するメカニズムが詳述される。市場調査によって需要を予測するのではなく、潜在的顧客・パートナー・供給者との早期コミットメントによって市場を「共創」する論理は、本書で最も精緻に論じられるテーマのひとつである。
レモネード(Lemonade)原則と飛行機のパイロット(Pilot in the Plane)原則については、予期せぬ出来事を統制不能の「外部環境」として受動的に受け入れるのではなく、行動によって未来の状況を能動的に形成するという起業家の主体性が論じられる。
第2版の主要更新点
2011年の初版から2017年の第2版への改訂において、著者チームは以下の研究知見を取り込んだ。
第一に、エフェクチュエーションの定量的実証研究の蓄積を反映した。初版刊行後の5年間で、エフェクチュエーションを測定するスケール開発(Chandler et al., 2011)や国際比較研究が進展し、理論の境界条件に関する知見が蓄積された。
第二に、教育的有効性に関する研究が補強された。エフェクチュエーション理論をビジネス教育に組み込む試みが世界各地で行われ、その効果測定結果が報告されるようになった。Sarasvathy & Venkataraman(2011)らが論じた「起業家精神を教えることは可能か」という問いへの実証的答えが蓄積され、本書の教育論的基盤が強化された。
学術的位置づけと読み方
本書は教科書形式を採用しており、各章に「Principles(理論解説)」「Practice(実践演習)」「Questions(議論課題)」のセクションが設けられている。このため、学術研究者・MBA学生・実務家という異なる読者層がそれぞれの目的に応じて使用できる構造になっている。
原典では〜、著者たちは本書を「熟達起業家の思考を習得するためのトレーニングマニュアル」と位置づけている。エフェクチュエーション的思考は生まれつきの才能ではなく、訓練によって獲得できるスキルであるという主張が、書籍全体の設計思想を貫いている。
実務に翻訳すると〜、本書をもっとも効果的に活用するのは「理論章を読んで理解した後、実践演習を自分の業務・事業に当てはめる」という往復の読み方である。特に許容可能な損失の計算演習と、クレイジーキルト的ステークホルダーマッピングは、新規事業開発の実務に即座に応用できる思考ツールを提供する。
日本語圏の読者にとっては、吉田満梨訳の Sarasvathy(2015)『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』(碩学舎)を原理論の参照文献として、本書を実践ガイドとして併用するアプローチが理解を深める。
参考文献
- Read, S., Sarasvathy, S. D., Dew, N., & Wiltbank, R. (2017). Effectual entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Chandler, G. N., DeTienne, D. R., McKelvie, A., & Mumford, T. V. (2011). Causation and effectuation processes: A validation study. Journal of Business Venturing, 26(3), 375–390.
- Sarasvathy, S. D., & Venkataraman, S. (2011). Entrepreneurship as method: Open questions for an entrepreneurial future. Entrepreneurship Theory and Practice, 35(1), 113–135.