目次
- 著者
- Stuart Read, Saras Sarasvathy, Nick Dew, Robert Wiltbank, Anne-Valérie Ohlsson
- 原著者
- Stuart Read, Saras Sarasvathy, Nick Dew, Robert Wiltbank, Anne-Valérie Ohlsson
- 出版社
- Routledge
- 出版年
- 2016年
- ISBN
- 978-1138365674
- 原題
- Effectual Entrepreneurship
教室から生まれた、実践のための教科書
『Effectual Entrepreneurship』は、エフェクチュエーション理論を大学院教育の文脈で実装するために生まれた教科書である。初版は2011年、第2版は2016年にRoutledgeから刊行され、以降世界20カ国以上の大学のMBAプログラムや起業家教育コースで採用されている。著者陣はSaras Sarasvathyを中心としつつも、Stuart Read(IMD)、Nick Dew(アメリカ海軍大学院)、Robert Wiltbank(ウィラメット大学)、Anne-Valérie Ohlsson(INSEAD)という世界トップクラスのビジネス・スクール教授陣による共著である。
Sarasvathy(2008)の原著 Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise が「理論の構築」を目的としたのに対し、本書は「理論の教育」と「実践への橋渡し」を目的として設計されている。理論的厳密さを保ちながら、ケーススタディ・演習問題・ワークシートを豊富に盛り込んだ構成が、研究者だけでなく実務家や教育者にも有用なリソースとして評価されている。
本書の位置づけ:理論書との違い
Sarasvathy の原著と本書を比較すると、両者の補完的な関係が明確になる。
原著は、思考実験(シンク・アラウド・プロトコル)から導き出された理論の構築過程を追い、エフェクチュエーション概念の学術的根拠を詳述する。研究者として「なぜそうなるのか」を問う書である。
本書は、理論的背景を踏まえながらも「それをどう実践するか」に重点を置く。各章が「原則の説明→実例の提示→演習問題」という教育的構成を採り、読者が理論を自分のコンテキストに適用する能力を育てることを主目的とする。
各章の構成と主要コンテンツ
第1部:エフェクチュエーションの基礎
第1部(第1〜3章)では、エフェクチュエーション理論の基礎的な概念を平易に説明する。因果論(causation)とエフェクチュエーション(effectuation)の対比から始まり、熟達した起業家の思考パターンの特徴、5原則の概要が紹介される。
第1章「The Expert Entrepreneur」は、特に読み応えがある。熟達した起業家の行動を「経験者の知恵」として片付けるのではなく、学習可能なパターンとして定式化することが教育的に可能であるという著者陣の中心的な主張が、ここで展開される。 起業家的専門知識は先天的な才能ではなく、習得可能なコンピテンシーである という主張は、本書全体を貫くメッセージである(Read et al., 2016, p. 5)。
第2部:5原則の実践的解説
第2部(第4〜8章)が本書の核心であり、各章が5原則の一つに対応する。
第4章:Bird-in-Hand(手中の鳥) WHO / WHAT / WHOM の3軸での手段の棚卸しと、手段から目標を発見するプロセスを詳述する。実践演習として、読者が自分自身の3軸を書き出すワークシートが提供される。
第5章:Affordable Loss(許容可能な損失) 金銭・時間・評判の3軸での損失評価フレームワークと、許容損失に基づいた実験設計の方法を解説する。行動経済学との接続(Dew et al., 2009の知見)が、理論的背景として組み込まれている。
第6章:Lemonade(レモネード) 偶発性(contingency)を障害ではなく資源として活用する思考の転換を扱う。不確実な環境での意思決定において「驚き」をどう扱うかという認知的な問いに実践的な答えを提示する。
第7章:Crazy Quilt(クレイジーキルト) ステークホルダーとのコミットメント形成のプロセスを、パートナーシップの構築ステップとして具体化する。「誰でもコミットメントを示す人と契約する」という一見無計画に見えるアプローチの戦略的合理性を論じる。
第8章:Pilot-in-the-Plane(飛行機のパイロット) 予測と制御のトレードオフを軸に、エフェクチュアルな行動者が未来に対してとる能動的な姿勢を解説する。環境決定論と能動的な変革者という二つの世界観の対比が、この原則の理解を深める。
第3部:応用と展望
第3部(第9〜12章)は、エフェクチュエーション理論の応用範囲を拡張する。大企業でのイノベーション(コーポレート・エフェクチュエーション)、社会的起業、国際的な文脈での適用について論じる。
特に注目すべきは第9章「Corporate Effectuation」である。Brettel et al.(2012)の研究を引きながら、エフェクチュエーション的な思考が大企業のR&Dプロジェクトや新規事業開発においても有効であることを実証的に示す。 イントレプレナー(社内起業家)への応用 という観点で、本章は実務家にとって最も直接的な示唆を持つ。
第2版の主な改訂ポイント
2011年の初版と比較した第2版(2016年)の主な改訂は以下の通りである。
新しいケーススタディの追加: 初版刊行後の5年間に蓄積された事例研究が豊富に追加された。特に、デジタル・テクノロジー分野での事例が充実し、プラットフォームビジネスやソフトウェアスタートアップへの応用例が加わっている。
実証研究の統合: Read et al.(2011)の量的研究成果(エフェクチュエーション的行動と事業成果の関係を定量的に示した研究)が第2版では組み込まれており、理論の実証的基盤が強化されている。
教育ツールの充実: ロールプレイ演習・グループディスカッション用の設問・教員向けガイドが刷新された。エフェクチュエーション的な思考を体験的に学ぶシミュレーション演習が新たに追加されている。
こんな人に推奨する
MBA・大学院生: エフェクチュエーション理論を体系的に学ぶ標準テキストとして最適。各章の演習問題が、理論の消化と自己への適用を促進する。
起業家教育の実務者: 教室でエフェクチュエーションを教えるための完成度の高いカリキュラム素材として機能する。教員ガイドとともに採用することで、効果的な授業設計が可能である。
スタートアップの創業者・チーム: 各章のワークシートを実際のプロジェクトに当てはめながら読むことで、エフェクチュアルな思考を実践に直接組み込める。
大企業のイノベーション担当者: 第3部のコーポレート・エフェクチュエーションの章が、大企業内での新規事業開発への適用に直接的な示唆を提供する。
原著との組み合わせで読む
本書の効果を最大化するには、Sarasvathy(2008)の原著と組み合わせることを勧める。推奨する読み順は、本書→原著という順序である。本書で実践的な全体像を把握してから、原著で理論的な深みを追うことで、理解の定着と応用力の向上の両方が達成できる。
書誌情報
- Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., Wiltbank, R., & Ohlsson, A.-V. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge. ISBN: 978-1138365674.
- Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., Wiltbank, R., & Ohlsson, A.-V. (2011). Effectual Entrepreneurship (1st ed.). Routledge.
関連文献
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Dew, N., Sarasvathy, S. D., Read, S., & Wiltbank, R. (2009). Affordable loss: Behavioral economic aspects of the plunge decision. Strategic Entrepreneurship Journal, 3(2), 105–126.
- Brettel, M., Mauer, R., Engelen, A., & Küpper, D. (2012). Corporate effectuation: Entrepreneurial action and its impact on R&D project performance. Journal of Business Venturing, 27(2), 167–184.
- Read, S., Dew, N., Sarasvathy, S. D., Song, M., & Wiltbank, R. (2009). Marketing under uncertainty: The logic of an effectual approach. Journal of Marketing, 73(3), 1–18.