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えふぇくちゅあるろじっく
意思決定には2つの根本的に異なるロジックがある
私たちが何かを意思決定するとき、その背後には一定の「論理の型」が存在する。Saras D. Sarasvathy は 2001 年の記念碑的論文において、人間の推論には根本的に異なる 2 つのロジックが存在することを指摘した。一つは コーゼーションロジック(Causal Logic) ——目標を設定し、その達成に最適な手段を選択する因果推論。もう一つが エフェクチュアルロジック(Effectual Logic) ——手持ちの手段を出発点とし、その手段で実現可能な結果を探索する推論様式である(Sarasvathy, 2001, p. 245)。
この発見は、カーネギーメロン大学で実施されたシンク・アラウド・プロトコル実験から生まれた。Sarasvathy は起業経験のある熟達した起業家 27 名と、MBA 学生を比較対象として、意思決定のプロセスを詳細に分析した。熟達した起業家たちは、MBA が教える「ゴール設定→手段選択」という因果的な推論ではなく、まったく異なる論理体系で考えていた。それがエフェクチュアルロジックである(Sarasvathy, 2008, pp. 3–12)。
エフェクチュアルロジックの定義
Sarasvathy(2001)の原典的定義は次のとおりである。
“Effectuation processes take a set of means as given and focus on selecting between possible effects that can be created with that set of means.”(p. 245)
日本語に訳すと「エフェクチュエーション・プロセスは、手段の集合を所与として、その手段で実現可能な結果の中から選択することに焦点を当てる」となる。この定義の要点は 2 点である。第一に、出発点は「目標(effect)」ではなく「手段(means)」 であること。第二に、実現可能な結果は複数あり、そこから選択するという複数形の思考である点。
コーゼーションロジックとの対比でいえば、前者が「与えられた目標に対して最適な手段を選択する」のに対し、エフェクチュアルロジックは「与えられた手段から実現可能な目標を選択する」という論理の方向が逆転している(Sarasvathy, 2001, p. 245)。
4 つの対比軸
Sarasvathy(2001, 2008)はエフェクチュアルロジックとコーゼーションロジックの違いを、以下の 4 軸で整理している。
1. 目標に対する姿勢
コーゼーションロジックでは、目標は事前に外部から与えられるか、意思決定者が明確に設定するものである。目標達成のために最適な手段を選び、計画を実行する。 エフェクチュアルロジックでは、目標は手段との相互作用の中で発見・構築される。 出発時点での目標は曖昧であってよく、むしろ明確な目標を持たないことが、新しい可能性の発見を可能にする。
2. リスクへの対処
コーゼーションロジックは期待収益の最大化(expected return maximization) を基準としてリスク計算を行う。期待値が最も高い手段を選択する合理的経済人のロジックである。エフェクチュアルロジックは 許容可能な損失の原則(affordable loss) を基準とする。「失っても許容できる範囲」を先に設定し、その範囲内でできることをすべて試みる(Sarasvathy, 2008, pp. 35–50)。
3. 外部環境への対応
コーゼーションロジックでは、外部環境(市場・競合・顧客動向)は予測し、適応するものとして扱われる。可能な限り正確な予測を行い、その予測に基づいて行動する。エフェクチュアルロジックでは、外部環境は共に作り出すものとして扱われる。予期せぬ出来事は脅威ではなく、利用すべき機会として積極的に取り込む(レモネードの原則)。
4. 他者との関係
コーゼーションロジックでは、競合分析が戦略立案の出発点となる。他者は潜在的な競合相手であり、市場のパイを奪い合う存在として捉えられる。エフェクチュアルロジックでは、クレイジーキルト原則 が示すように、自己選択的にコミットメントしてくれるステークホルダーとの協力関係が優先される。他者は競合ではなく、事業を共同で構築するパートナーとして位置づけられる(Sarasvathy, 2008, pp. 67–82)。
なぜ「ロジック」という言葉を使うのか
Sarasvathy がこの思考様式を「ロジック」と呼ぶのは偶然ではない。彼女の研究の重要な貢献の一つは、エフェクチュアルな思考が単なる直感や経験則ではなく、一定の論理的構造を持つ推論体系であることを実証したことにある。
シンク・アラウド・プロトコル実験において、熟達した起業家たちは「なんとなくそう感じた」ではなく、明確な論理の筋道に沿って意思決定していた。ただしその論理は、経営学の教科書が教えるコーゼーション的な論理ではなかった。エフェクチュアルロジックは、不確実な環境において合理的に機能する代替的な論理体系なのである(Sarasvathy, 2001, p. 248)。
この視点は重要な含意を持つ。エフェクチュアルロジックは習得可能な思考様式である。生まれ持った才能や感性ではなく、練習と経験によって身につけられる認知的スキルとして位置づけられる(Sarasvathy, 2008, p. 14)。
コーゼーションとエフェクチュエーションの対比表
| 観点 | コーゼーションロジック | エフェクチュアルロジック |
|---|---|---|
| 出発点 | 目標(Goal) | 手段(Means) |
| リスク管理 | 期待収益の最大化 | 許容可能な損失 |
| 外部環境 | 予測して適応する | 共同で創造する |
| 他者との関係 | 競合分析 | 自己選択的パートナーシップ |
| 偶然への対応 | 計画の障害として回避 | 機会として積極活用 |
| 未来観 | 予測可能な未来 | 行動によって生成される未来 |
| 有効な環境 | 予測可能性の高い環境 | 不確実性の高い環境 |
出典: Sarasvathy(2001, p. 251; 2008, pp. 32–50)をもとに編集部作成
文脈依存性:どちらが「正しい」わけではない
重要なのは、エフェクチュアルロジックがコーゼーションロジックより「優れている」わけではないという点である。Sarasvathy(2008)自身が明示するように、両者は文脈依存的であり、環境の不確実性の程度に応じて使い分けるものである(pp. 88–92)。
既存市場への参入や、予測可能性の高い環境では、コーゼーション的なアプローチ——市場調査、競合分析、事業計画——が有効である。一方、まだ存在しない市場を創造する局面、誰も経験したことのない領域に踏み込む局面では、エフェクチュアルロジックが機能する。
Sarasvathy(2001)は、熟達した起業家が両方のロジックを使いこなすことができ、状況に応じて切り替えることを指摘している(p. 251)。エフェクチュエーション の実践とは、エフェクチュアルロジックのみを用いることではなく、どの局面でどちらのロジックを選ぶかを判断できるメタ認知能力を持つことでもある。
エフェクチュアルロジックと 5 つの原則
エフェクチュアルロジックは、エフェクチュエーション の 5 原則と対応する論理構造を持つ。 手中の鳥の原則 はエフェクチュアルロジックの「手段から出発する」という起点を体現し、 許容可能な損失の原則 はリスク計算の論理を具体化する。 クレイジーキルト原則 は他者との関係構築の論理を示し、 レモネードの原則 は偶然への対応の論理を表す。 パイロットの原則 は「未来は行動によって生成される」という存在論的前提を象徴する。
5 原則はそれぞれ独立した行動指針でありながら、エフェクチュアルロジックという一つの論理体系の異なる側面を表現している。このことを理解すると、個々の原則の意味がより深く把握できる。
参考文献
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Sarasvathy, S. D. (2009). What makes entrepreneurs entrepreneurial? Darden Business Publishing, University of Virginia.