目次
えふぇくちゅえーしょんのどうけいせいもんだい
定義
エフェクチュエーションの同型性問題(Effectuation Isomorphism Problem)とは、Sarasvathy(2001, 2008)が熟達した起業家個人の認知様式として記述したエフェクチュエーション的論理が、組織・産業・社会という異なる分析レベルにおいても構造的に同一のパターンとして観察されるかどうかを問う理論的課題だ。
同型性(isomorphism)は数学・生物学・社会科学を横断する概念であり、「形(morph)が同じ(iso)である」——すなわち構成要素が異なっても内部の論理構造が対応している——という意味を持つ。エフェクチュエーション研究における同型性問題は、「個人の意思決定パターンとして記述された5原則が、組織の意思決定パターンにも適用できるか」という問いとして現れる。
この問いは単なる概念の拡張ではない。もしエフェクチュエーション的論理が複数のレベルで同型的に現れるのであれば、それは理論の適用範囲と説明力を根本的に拡張する。もし同型性が成立しないのであれば、エフェクチュエーションは「個人の認知現象」として留まり、組織・制度への応用は別の理論的架け橋を必要とする。
問題の起源:個人レベルの理論から始まった
Sarasvathy(2001)のエフェクチュエーション理論は、「熟達した起業家(expert entrepreneurs)」の口述プロトコル分析から構築された。27名の熟達起業家が標準化された創業問題(think-aloud protocol)を解く認知プロセスを分析し、そこに共通する論理パターンを抽出した(p. 244)。
この出発点は明確に個人の認知レベルだ。5原則——手中の鳥・許容可能な損失・クレイジーキルト・レモネード・飛行機のパイロット——は、起業家個人の頭の中で展開される意思決定の論理として記述された。
問題は、Sarasvathy(2008)が理論を書籍として体系化する過程で、記述の対象が徐々に個人から「エフェクチュアルな企業」「エフェクチュアルな市場創造」へと拡大したことだ。この拡大は理論的な精緻化なのか、それとも無自覚なレベルの混同なのか——これが同型性問題の核心だ。
Read & Sarasvathy(2005):組織エフェクチュエーションの先駆的議論
Read & Sarasvathy(2005)は、エフェクチュエーション理論を組織レベルに接続しようとした初期の試みとして位置づけられる。同論文はエフェクチュアルな論理が企業の成長戦略に適用できる可能性を論じ、特に「クレイジーキルト的なパートナーシップ形成」が組織の資源基盤を形成するプロセスとの親和性を指摘した。
ただし、Read & Sarasvathy(2005)は同型性を明示的に主張したわけではなく、個人レベルの理論が組織レベルで類似のパターンを生む可能性を示した。この「可能性の示唆」と「同型性の証明」の間には大きな溝がある。
組織は個人の集合体だが、個人の集合体が個人と同一の論理で動くとは限らない——これは社会科学における集計問題(aggregation problem)の古典的な困難だ。
Werhahn et al.(2015):エフェクチュアル志向の構成概念化
Werhahn, Mauer, Wuebker & Brettel(2015)は、エフェクチュエーション研究における重要な方法論的前進として、エフェクチュアル志向(effectual orientation)を組織レベルの構成概念として測定可能な形式に整備しようとした。
同研究は、組織がどの程度エフェクチュアルな意思決定様式を採用しているかを示す尺度の開発を試みた。これは、エフェクチュエーションを「個人認知の観察可能なパターン」から「組織の意思決定傾向」へと分析レベルを移行させる試みとして理解できる。
しかし、この研究が示したのも「組織レベルでの測定可能性」であり、「個人の論理と組織の論理が同一の構造を持つ」という同型性の証明ではない。エフェクチュアルな個人が集まってエフェクチュアルな組織が形成されるのか、それとも組織的なプロセス・制度・文化がエフェクチュアル志向を生み出すのか——因果の方向は未解決だ。
同型性問題の三つの次元
エフェクチュエーションの同型性問題は、少なくとも三つの異なる次元に分解できる。
次元1:個人→組織
最もよく論じられる同型性の問いは「熟達した起業家個人が持つエフェクチュアルな論理が、組織の意思決定パターンとして制度化されるか」だ。
この問いに肯定的に答えるには、組織が個人の認知パターンを「組織ルーティン(organizational routines)」として内在化するプロセスの説明が必要となる(Nelson & Winter, 1982)。創業者のエフェクチュアルな意思決定が、組織の標準的な意思決定手続きとして定着するとき、個人と組織の間に同型的な構造が成立すると言える。
スタートアップから大企業へと成長する過程でエフェクチュエーション的論理がどう変容するか——あるいは消失するか——は、組織レベル同型性の最も実証的な問いだ。
次元2:組織→産業・エコシステム
一段階上のレベルとして、産業全体・エコシステムレベルでエフェクチュアルな論理が観察されるかという問いがある。
Sarasvathy & Dew(2005)は、新市場の創造プロセスがエフェクチュアルな論理——特定の目標を前提とした到達プロセスではなく、参加者のコミットメント集積による共創プロセス——として記述できると論じた(p. 542)。これは産業・市場レベルでの同型性主張に近い。
しかし、市場レベルでの同型性には、個人や組織の意思決定とは根本的に異なる問題がある。市場には「意図を持つ主体」が一つではなく、多数の異なる意図を持つ主体が相互作用する。エフェクチュエーションが「個人の意図的な手段選択」を描写する理論であるとすれば、複数の意図が錯綜する市場レベルへの拡張は理論の再定式化を必要とする。
次元3:社会変革・制度形成
最も野心的な同型性の主張は「エフェクチュエーション的な論理が、社会的制度の形成プロセスを説明できる」というものだ。
Sarasvathy(2012)は、エフェクチュエーション理論が起業家現象に留まらず、「複雑適応系における行為者の行動論理」として広く適用できる可能性を示唆している。しかし、これは理論の汎化可能性の主張であり、個人・組織・社会の各レベルで同一の論理構造が成立するという同型性の証明ではない。
同型性問題が重要な理由
この問題は純粋に学術的な問いではない。実務への含意が直接的にある。
組織設計への示唆。もし個人と組織のエフェクチュエーションが同型であれば、「エフェクチュアルな意思決定者を採用・育成する」ことで「エフェクチュアルな組織」が実現できる。しかし同型性が成立しない場合、エフェクチュアルな個人が集まっても、組織プロセスが別の論理(コーゼーション・官僚制)に支配されれば、個人の論理は組織に伝播しない。
教育プログラムの設計。起業家教育においてエフェクチュエーション理論を教えることは個人の認知変容を目指す。しかし組織コンテキストでの実践が個人の認知パターンと異なる論理に支配される場合、個人教育の効果は組織での実践に転移しない。Sarasvathy が指摘するように、エフェクチュエーションは「教えることができる」理論として構築されているが(2008, p. 7)、「組織の中で実践できる」かどうかは別の問いだ。
現在の理論的立場
2020年代時点のエフェクチュエーション研究のコンセンサスは、概ね以下のように整理できる。
個人レベルのエフェクチュエーションは、Sarasvathy(2001, 2008)とその後の実証研究(Chandler et al., 2011; Brettel et al., 2012 等)によって比較的堅固な理論基盤を持つ。
組織レベルのエフェクチュエーションは、測定概念(Werhahn et al., 2015)と探索的な実証研究が存在するが、個人レベルとの同型性は証明されておらず、「有望な研究領域」として位置づけられる。
産業・社会レベルへの拡張は理論的示唆として提示されているが、実証的な裏付けは乏しい。
エフェクチュエーション研究のフロンティアの一つは、この同型性問題を精緻に問うことにある。
関連する理論的議論
同型性問題は他の理論的概念とも接続する。
制度理論(institutional theory)においては、組織間の同型性——強制的同型性・模倣的同型性・規範的同型性——が研究されてきた(DiMaggio & Powell, 1983)。エフェクチュエーション的論理が組織間に伝播するプロセスは、この制度的同型性のメカニズムを通じて分析できる可能性がある。
複雑系科学のフラクタル概念——スケールが変わっても同一の構造が反復する——は、エフェクチュエーションの同型性が成立する場合の理論的メタファーとして参照される。ただしこれはあくまでメタファーであり、社会的プロセスへの適用には慎重な検討が必要だ。
引用・参考文献
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Sarasvathy, S. D., & Dew, N. (2005). New market creation through transformation. Journal of Evolutionary Economics, 15(5), 533–565.
- Read, S., & Sarasvathy, S. D. (2005). Knowing what to do and doing what you know: Effectuation as a form of entrepreneurial expertise. Journal of Private Equity, 9(1), 45–62.
- Werhahn, D., Mauer, R., Wuebker, R., & Brettel, M. (2015). Toward a taxonomy of entrepreneurial orientation in corporate venturing. Creativity and Innovation Management, 24(2), 281–295.
- Chandler, G. N., DeTienne, D. R., McKelvie, A., & Mumford, T. V. (2011). Causation and effectuation processes: A validation study. Journal of Business Venturing, 26(3), 375–390.
- Brettel, M., Mauer, R., Engelen, A., & Küpper, D. (2012). Corporate effectuation: Entrepreneurial action and its impact on R&D project performance. Journal of Business Venturing, 27(2), 167–184.
- DiMaggio, P. J., & Powell, W. W. (1983). The iron cage revisited: Institutional isomorphism and collective rationality in organizational fields. American Sociological Review, 48(2), 147–160.
- Nelson, R. R., & Winter, S. G. (1982). An Evolutionary Theory of Economic Change. Harvard University Press.