人物

ゲイレン・チャンドラー

エフェクチュエーションを初めて実測可能な尺度として定式化した研究者。Chandler et al.(2011)によって、コーゼーションとエフェクチュエーションを3サブ次元+1共有次元の構成概念として操作化し、実証研究の基盤を構築した。

目次
English
Gaylen N. Chandler
肩書
W. Frank Barton Distinguished Chair in Entrepreneurship / Professor
所属
Wichita State University
役割
研究者教授尺度開発者

エフェクチュエーションに「測れる形」を与えた研究者

起業家研究において、概念の精緻化と測定可能性は別の問題だ。Sarasvathy(2001)が提唱したエフェクチュエーション理論は、起業家の意思決定ロジックを鮮やかに描き出したが、そのままでは定量的な実証研究に活用しにくかった。エフェクチュエーションを採用している起業家とそうでない起業家を識別し、その影響を数値として捉えるための道具——検証済みの測定尺度(validated scales)——が存在しなかったのである。

ゲイレン・N・チャンドラー(Gaylen N. Chandler)は、この空白を埋めた研究者である。DeTienne、McKelvie、Mumfordとの共著論文「Causation and effectuation processes: A validation study」(Journal of Business Venturing, 2011)によって、コーゼーションとエフェクチュエーションの両プロセスを初めて操作的に定義し、統計的に検証された測定尺度として定式化した。この貢献は、その後のエフェクチュエーション実証研究を可能にした礎石である。

Wichita State Universityでの研究キャリア

チャンドラーは現在、Wichita State University(ウィチタ州立大学)W. Frank Barton Distinguished Chair in Entrepreneurshipを務める。この冠職称号は、同校が起業家研究において特に顕著な貢献を果たした研究者に付与するポジションであり、2007年の着任以来19年以上にわたってアントレプレナーシップ研究の拠点としての役割を担ってきた。

WSUでの活動はアカデミックな研究にとどまらない。WSU MBA エンジェルファンドの創設に関与し、このプログラムはInc.誌の「トップ10起業家教育コース」に選出されている。理論と実践の橋渡しをカリキュラム設計として具現化してきた側面が、チャンドラーの研究者としての姿勢と重なる。

就任以前は、Utah State University(1993〜2007年)、Pennsylvania State University(1992〜1993年)での在職を経ている。研究領域はエフェクチュエーションの測定論を中心に、バリュープロポジション、新規事業のエントリーとパフォーマンスにまで広がる。

Chandler et al.(2011)——測定尺度の構築と検証

なぜ尺度が必要だったか

Sarasvathy(2001)のエフェクチュエーション理論は、10人の熟練した起業家を対象にした「think-aloud protocol」——課題に取り組む際の思考プロセスを口頭で語らせる手法——によって導出された。この質的研究は概念の輪郭を描くには卓越していたが、サンプルを拡大して統計的に検証する定量研究の入口として使いにくかった。

「エフェクチュエーションを実践している起業家のパフォーマンスはどう異なるか」「コーゼーション的思考と比較したとき、どちらが不確実な環境でより有効か」といった問いに答えるには、標準化された測定尺度が不可欠だった。Chandler et al.(2011)はこの問題意識に正面から向き合った研究である。

多次元構成概念としての定義

チャンドラーらが提示した最大の貢献は、エフェクチュエーションを多次元的な構成概念(multidimensional construct)として厳密に定義したことにある。単一の連続変数として扱われがちだった概念に、独立して測定可能な複数の次元を見出した。

エフェクチュエーションの構成次元として定義されたのは以下である。

  • 実験的学習(Experimentation): 事前計画への依存を抑え、試行錯誤によって学ぶ姿勢
  • 許容可能な損失(Affordable Loss): 期待リターンではなく、最悪シナリオでも耐えられる損失から逆算してコミットメントを決定する原則
  • 柔軟性(Flexibility): 環境の変化や新たな情報に応じて、目標と手段を適応的に組み換える能力

これら3つがエフェクチュエーション固有のサブ次元として定義され、加えて事前コミットメント(Pre-commitments)がコーゼーションとエフェクチュエーションにまたがる共有次元として位置づけられた。

コーゼーション側は、目標主導の行動(Goal-directedness)計画性(Planning)、および前述の事前コミットメントを含む構成として定式化されている。

検証プロセス

Chandler et al.(2011)は、この概念構造を**確認的因子分析(Confirmatory Factor Analysis)構成概念妥当性(construct validity)**の検証によって統計的に支持した。探索的に尺度を構成するのではなく、理論から演繹した構造を実データで検証するという手続きの厳密さが、この研究に「バリデーション研究(validation study)」という副題を与えた理由である。

結果として、各サブ次元が理論通りに識別可能であることが確認され、コーゼーションとエフェクチュエーションが概念的に独立した二つのロジックであることが実証的に支持された。これにより後続研究者は、自らの調査対象がどの程度エフェクチュエーション的であるかを、統一された測定ツールで評価できるようになった。

実証研究への影響

Chandler et al.(2011)が開発した測定尺度は、エフェクチュエーション研究の定量的展開を一気に加速させた。

この論文以降、「エフェクチュエーションを実践している起業家ほど不確実な環境でのパフォーマンスが高い」「コーゼーション的アプローチとの使い分けはどう生まれるか」「エフェクチュエーションの採用に影響する先行要因は何か」——こうした問いに答えようとする研究が、チャンドラーらが開発した尺度を共通の測定基盤として採用した。起業家研究における測定の標準化は、他分野との比較を可能にし、累積的な知識構築の前提条件になる。

また、コーゼーションとエフェクチュエーションを連続体の両端ではなく、独立した二次元として捉えるフレームワークは、理論的にも重要な示唆を持つ。ある起業家が「コーゼーション的」であることと「エフェクチュエーション的」であることは、必ずしもトレードオフではない。Chandler et al.(2011)の多次元構造は、この両立可能性を測定の構造として具現化している。

エフェクチュエーション理論との接続点

チャンドラーらが定義した3つのサブ次元——Experimentation、Affordable Loss、Flexibility——は、Sarasvathy(2001)の理論的原則と整合的な対応関係を持つ。

実験的学習(Experimentation)はSarasvathyが強調した「予測ではなく制御(control rather than prediction)」の姿勢と対応する。先行きを正確に予測できない状況では、小さな実験を積み重ねて学ぶことが、精緻な計画の策定より有効になる。

許容可能な損失(Affordable Loss)はSarasvathyの同名原則——「期待リターンではなく許容できる損失から考える」——の直接的な操作化である。この概念が実証研究として検証可能な形になったことで、「どのような文脈で許容可能な損失の論理が採用されやすいか」という問いへの定量的アプローチが開かれた。

**柔軟性(Flexibility)は、Sarasvathyのクレイジーキルト(Crazy-Quilt)**原則——固定した目標を追うのではなく、出会うステークホルダーとの相互作用を通じて目標自体を組み替えていく——と響き合う。エフェクチュエーターは計画を固守しない。出会いや偶発性に開かれた柔軟性が、その戦略的優位の源泉の一つである。

測定尺度の開発は、ともすれば理論から離れた技術的作業と見なされる。しかしチャンドラーらの貢献は、Sarasvathyが描いた概念の輪郭を、測定可能な多次元構造として再構成することで、理論と実証の橋を架けた。

エフェクチュエーション研究が積み上げたもの

チャンドラーらが整備した測定基盤は、その後の実証研究を通じて継続的に参照・洗練されてきた。特に、コーゼーションとエフェクチュエーションが互いを排除する論理ではなく、文脈に応じて組み合わされる論理であるという認識が広まった背景には、二次元として独立に測定できる尺度の存在がある。

バリュープロポジション研究や新規事業のエントリー・パフォーマンス研究といったチャンドラー自身の研究領域も、エフェクチュエーションの測定論と相互補完的に発展している。「何が価値として認識されるか」という問いは、目標を逆算的に設定するコーゼーション的思考と、手段から出発して価値を構築するエフェクチュエーション的思考とで、根本的に異なる答えを生む。測定の精緻化は、この違いを実証的に解き明かす土台になった。

ウィチタ州立大学のエンジェルファンドプログラムという教育実践の側面もまた、チャンドラーの貢献の一部である。理論的な洗練と教育的な実装の両方に関わる研究者の姿勢は、アントレプレナーシップ研究が「何を知るか」だけでなく「いかに教えるか」という問いと不可分であることを体現している。


引用・参考文献

  • Chandler, G. N., DeTienne, D. R., McKelvie, A., & Mumford, T. V. (2011). Causation and effectuation processes: A validation study. Journal of Business Venturing, 26(3), 375–390.
  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Read, S., Sarasvathy, S. D., Dew, N., Wiltbank, R., & Ohlsson, A.-V. (2011). Effectual Entrepreneurship. Routledge.
  • Dew, N., Read, S., Sarasvathy, S. D., & Wiltbank, R. (2009). Effectual versus predictive logics in entrepreneurial decision-making: Differences between experts and novices. Journal of Business Venturing, 24(4), 287–309.