目次
- English
- Per Davidsson
- 肩書
- Foundation Chair in Entrepreneurship(名誉教授)
- 所属
- クイーンズランド工科大学(QUT)ビジネススクール
- 役割
- 研究者教授方法論者ハンドブック編者
「測れない概念は研究できない」——方法論への執念
起業家研究は長い間、定義が曖昧なまま使われてきた概念に依存してきた。「機会」「ベンチャー」「起業家的行動」——これらは誰もが使うが、研究者によって意味が異なり、実証研究を積み重ねてもなぜか知識の累積が起きないという困難が続いた。ペル・デイビッドソン(Per Davidsson)は、この問題を「概念の不明瞭さ」と「測定の不整合」に起因するものとして正面から取り上げ、起業家研究の方法論的基盤を再構築しようとした研究者である。
その姿勢は代表作 Researching Entrepreneurship(Springer、初版2004年)に凝縮されている。同書は「どのような概念を使うか」「どのように変数を操作化するか」「どのようなデザインで因果推論に迫るか」を丁寧に論じた方法論の指南書であり、世界各地の博士課程で参照文献として採用された。
経歴と研究環境
デイビッドソンはスウェーデン出身の研究者であり、ヨンショーピング国際ビジネススクール(Jönköping International Business School, JIBS)でキャリアの大部分を過ごした後、オーストラリアのクイーンズランド工科大学(Queensland University of Technology, QUT)ビジネススクールに移り、同校のFoundation Chair in Entrepreneurshipを務めた。QUTにおけるこのポジションは、起業家研究を制度的に確立するための学問的拠点として設置されたものであり、デイビッドソンは研究所の立ち上げと研究グループの形成に貢献した。
スウェーデンとオーストラリアという二つの研究環境は、デイビッドソンの研究に北欧的な制度的視座と、太平洋地域の企業家活動に関する豊富なデータをもたらした。
Panel Study of Entrepreneurial Dynamics への貢献
デイビッドソンの実証的な貢献の中で特筆すべきは、PSED(Panel Study of Entrepreneurial Dynamics)への関与である。PSEDは、起業プロセスにある個人を早期から追跡する大規模な縦断的調査研究であり、米国においてはPaul D. Reynoldsが中心となって設計・実施した。
デイビッドソンはスウェーデン版のPSED的調査を主導するとともに、PSEDのサンプリング設計と概念的枠組みの精緻化に貢献した。縦断的追跡によって「起業活動の開始から結果まで」を動態的に把握するというアプローチは、スナップショット的な横断調査が支配的だった起業家研究に対して、プロセス志向の視点を持ち込んだ(Reynolds & Curtin, 2008)。
このプロセス志向は、エフェクチュエーション理論とも構造的に親和する。エフェクチュエーションは「意思決定の結果」ではなく「意思決定の連続としてのプロセス」を記述する理論であり、縦断的データはその検証に本質的に重要である(Sarasvathy, 2001, p. 244)。
起業家的機会の再概念化——エフェクチュエーションとの接点
デイビッドソンが理論的に最も影響を与えたのは、「起業家的機会(entrepreneurial opportunity)」概念の再検討である。
Shane & Venkataraman(2000)の Academy of Management Review 論文が提唱した「機会の発見」フレームは、(1)機会は客観的に存在し、(2)特定の個人がそれを認識することで起業が生まれる、という二元構造を前提としていた。このフレームは一時的に起業家研究を統合する概念的基盤として機能したが、測定上の深刻な問題を抱えていた。「機会」はどこにあり、どう測るのか——その答えが出ないまま研究が蓄積されたため、知識の累積が難しかった。
デイビッドソン(2015)は Journal of Business Venturing への論文において、起業家的機会を個人と環境との相互作用から生まれる**外部的な可能性(external enablement)と、それに対する個人の認知的枠組み(opportunity beliefs)**の二層構造として再概念化することを提案した(Davidsson, 2015)。この枠組みは、「機会は客観的に存在する」という発見論的前提を解体し、行為者の主観的解釈とその変化に焦点を当てる。
この立場は、エフェクチュエーション理論が採用する「機会は行動によって創出される」という創出論(creation view)と深く共鳴する。Sarasvathy(2001)は、熟達した起業家が所与の目標から手段を逆算するのではなく、手持ちの手段から可能性を発散させると論じた。この発散的プロセスは、「機会が先にある」のではなく「行動が機会を定義する」という創出論的立場そのものである(Sarasvathy, 2001, pp. 252–256)。
デイビッドソンが機会概念の分析単位と測定を問い直した作業は、エフェクチュエーション研究が「何を測定すれば理論の正否を検証できるか」という問いに取り組む際の方法論的インフラとなっている。
新規事業プロセス研究への貢献
デイビッドソンの研究はさらに、新規事業創出プロセス(new venture creation process)の動態的な記述に及ぶ。彼は起業活動を「可能性の認知」「資源の組み合わせ」「価値創造への組織化」という段階的なプロセスとして分析し、各段階で異なる変数が結果に影響することを実証的に示した(Davidsson & Honig, 2003)。
この段階プロセス観は、エフェクチュエーションのエフェクチュアル・サイクル(手段→行動→コミットメントの獲得→手段の拡大というループ)と概念的に対応する。「起業は一時点の決断ではなく、繰り返しの相互作用の蓄積である」という認識は、両者に共通している。
研究者コミュニティへの貢献
デイビッドソンは研究者コミュニティの構造整備にも力を注いだ。起業家研究の主要ハンドブックや百科事典の編集に携わり、Strategic Entrepreneurship Journal などの学術誌に対してreviewerとして研究水準の維持に貢献した。また博士課程教育においても方法論の指導者として影響を与え、Researching Entrepreneurship の改訂版(第3版、2015年)は博士課程のカリキュラムで広く使用されている。
デイビッドソンの研究を深く学ぶために
出発点として Researching Entrepreneurship(Springer、最新版)を読むことを推奨する。起業家研究に特有の方法論的課題が体系的に整理されており、エフェクチュエーション研究を含む多くの実証研究の設計上の判断を評価する準拠枠を提供してくれる。そのうえで、Davidsson(2015)の機会再概念化論文に進むと、「機会の創出」という命題がなぜ測定・実証レベルでも重要かが明確になる。
引用・参考文献
- Davidsson, P. (2004). Researching entrepreneurship. Springer.
- Davidsson, P. (2015). Entrepreneurial opportunities and the entrepreneurship nexus: A re-conceptualization. Journal of Business Venturing, 30(5), 674–695.
- Davidsson, P., & Honig, B. (2003). The role of social and human capital among nascent entrepreneurs. Journal of Business Venturing, 18(3), 301–331.
- Reynolds, P. D., & Curtin, R. T. (Eds.). (2008). New firm creation in the United States: Initial explorations with the PSED II data set. Springer.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Shane, S., & Venkataraman, S. (2000). The promise of entrepreneurship as a field of research. Academy of Management Review, 25(1), 217–226.