人物

Reed E. Nelson

Ted Baker との共同研究でブリコラージュ概念を起業家研究に導入し、エフェクチュエーションに隣接する手段活用型起業論の基盤を築いた研究者。「無からなにかを創る」プロセスの学術的解明に貢献した。

目次
English
Reed E. Nelson
肩書
アントレプレナーシップ研究者、ブリコラージュ理論の共著者
所属
Southern Illinois University Carbondale(元教授)
役割
起業家研究者ブリコラージュ理論共著者組織論研究者

エフェクチュエーション隣接領域を開拓した研究者

Sarasvathy のエフェクチュエーション理論が「熟達した起業家はいかに意思決定するか」を問うたのに対し、Reed E. Nelson は Ted Baker との共同研究において、資源制約下の起業家が「手元にあるもので何とかする」行動プロセスを明らかにした。この研究が「ブリコラージュ(bricolage)」概念の起業家研究への導入であり、エフェクチュエーション理論と相互補完する隣接理論として広く参照されている。

ブリコラージュ理論の形成

Nelson が Ted Baker と共同執筆した論文 “Creating Something from Nothing: Resource Construction through Entrepreneurial Bricolage”(Administrative Science Quarterly, 2005)は、リソース制約が激しい環境でも起業家が新事業を成立させるメカニズムを分析した先駆的研究である。 Baker & Nelson(2005)は、フランスの人類学者 Claude Lévi-Strauss が提唱した「ブリコラージュ(bricoleur)」——あり合わせの材料で問題を解決する人——の概念を、起業プロセスの説明に適用した。

原典では〜、ブリコラージュを「手元の資源を組み合わせ、当初の設計目的を超えた新たな問題解決策を生み出す行動」と定義している。研究チームは29社の中小企業を対象としたフィールド調査を実施し、資源が乏しい状況でも事業を存続・成長させた起業家に共通するパターンとして、資源の転用、社会的ネットワークを活用した資源獲得、そして「目の前の課題から目を逸らさない」姿勢を抽出した。

実務に翻訳すると〜、ブリコラージュは「戦略計画の前に行動を開始する」という点でエフェクチュエーションの「手中の鳥(Bird in Hand)原則」と強い親和性を持つ。しかし両者には重要な相違点がある。エフェクチュエーションが「熟達した起業家の認知プロセス」を中心に据えるのに対し、ブリコラージュは「資源制約という客観的状況への行動的応答」を前景化する。この分析的区別は Desa & Basu(2013)が詳細に論じており、両理論の境界条件の検討において不可欠な参照文献となっている。

エフェクチュエーション研究への影響

Baker & Nelson(2005)の研究が提示した知見は、エフェクチュエーション研究に2つの意味で重要な刺激を与えた。

第一に、手段の柔軟な転用という行動パターンを実証的に示したことである。Sarasvathy(2001)が起業家の認知実験から導出した「手段から始める」という原則は、Baker & Nelson の豊富なフィールドデータによって、認知プロセスのみならず組織行動のレベルでも支持された。

第二に、資源制約がイノベーションの阻害要因ではなく触媒となりうることを論じたことである。この洞察は、エフェクチュエーションが前提とする「許容可能な損失(Affordable Loss)原則」——期待リターンの最大化ではなく、失っても許容できる範囲で行動する——とも共鳴する。資源が少ないからこそ生まれる創造性というテーマは、その後の社会起業家研究(Desa, 2012; Di Domenico et al., 2010)にも引き継がれた。

研究スタンスと学際的影響

Nelson の研究スタンスは、理論構築と実証研究の往復にある。Baker & Nelson(2005)は単なる事例紹介にとどまらず、ブリコラージュを分析的に定義し、その測定可能な構成要素を特定することで、後続研究が検証・拡張できる理論的枠組みを提供した。

この枠組みは組織論・社会起業家研究・開発経済学といった隣接分野にも波及した。Di Domenico, Haugh & Tracey(2010)はブリコラージュを社会起業家研究に拡張し、Desa(2012)はテクノロジー社会企業のケースでその適用可能性を検証した。これらの発展的研究はいずれも Baker & Nelson(2005)を基礎文献として引用しており、Nelson の貢献が起業家研究のひとつの系譜を形成していることを示している。

代表的論文

  • Baker, T., & Nelson, R. E. (2005). Creating something from nothing: Resource construction through entrepreneurial bricolage. Administrative Science Quarterly, 50(3), 329–366.

エフェクチュエーションとの関係

ブリコラージュとエフェクチュエーションは、しばしば「同一の起業家行動を異なる理論的レンズで描写している」と評される(Fisher, 2012)。実務に翻訳すると〜、エフェクチュエーションは「熟達した起業家の認知論理」、ブリコラージュは「資源制約下の行動論理」として位置づけると両者の輪郭が明確になる。

Sarasvathy の手中の鳥原則が「Who I am / What I know / Whom I know という手段から始める」を説くのと同様、Nelson が描いたブリコラーは「既存の資源カタログを参照し、目の前の問題に再適用する」。この行動論理の類似性は両理論の対話を生産的にし、近年の統合的研究(Senyard et al., 2014)へとつながっている。

エフェクチュエーション研究者にとって、Nelson の貢献は理論の境界条件を測る重要な比較軸となる。どの状況ではエフェクチュエーション的認知論理が優位に働き、どの状況ではブリコラージュ的行動論理が説明力を持つのか——この問いが、両理論の対話領域における現在進行中の研究課題である。

参考文献

  • Baker, T., & Nelson, R. E. (2005). Creating something from nothing: Resource construction through entrepreneurial bricolage. Administrative Science Quarterly, 50(3), 329–366.
  • Fisher, G. (2012). Effectuation, causation, and bricolage: A behavioral comparison of emerging theories in entrepreneurship research. Entrepreneurship Theory and Practice, 36(5), 1019–1051.
  • Desa, G., & Basu, S. (2013). Optimization or bricolage? Overcoming resource constraints in global social entrepreneurship. Strategic Entrepreneurship Journal, 7(1), 26–49.
  • Di Domenico, M., Haugh, H., & Tracey, P. (2010). Social bricolage: Theorizing social value creation in social enterprises. Entrepreneurship Theory and Practice, 34(4), 681–703.