目次
- English
- Stuart Read
- 肩書
- 教授
- 所属
- IMD Business School(国際経営開発研究所)、スイス・ローザンヌ
- 役割
- 研究者教授共著者教育実践者
理論と実践の「翻訳者」
エフェクチュエーション理論が世界の教室に届いたのは、Saras Sarasvathy の独力によるものではなかった。理論を教育可能なフレームワークに変換し、実証研究でその有効性を検証し、世界中のビジネス・スクール教授が「明日から教えられる」形に整備した人物がいる。Stuart Read がその中心にいる。
Sarasvathy がエフェクチュエーション理論の「設計者(architect)」だとすれば、Read はその「構築者(builder)」だ。この役割分担は単なる修辞ではなく、両者の共同研究のあり方を構造的に描写している。理論の根拠はSarasvathyが確立した。その理論を検証可能にし、教育可能にし、マーケティング等の隣接分野へ応用を広げたのがReadの貢献である。
IMD Business Schoolにおける研究・教育環境
Stuart Read は、スイス・ローザンヌに本部を置く IMD Business School(International Institute for Management Development) の教授である。IMDはエグゼクティブ教育の分野で世界トップ水準の評価を受けるビジネス・スクールであり、学術研究と企業実務の橋渡しを機関的な使命として掲げている。
Read がIMDに在籍することは、エフェクチュエーション理論にとって戦略的な意味を持つ。IMDが持つ「実務家との接点」という強みの中で、Read はエフェクチュエーション理論を純粋な学術理論にとどめず、現役の企業幹部が自分のビジネス課題に直接適用できる実践的知識として精製する作業を継続してきた。エグゼクティブ教育のプログラムで生まれた実践的知見が研究に還流し、研究の成果が教育プログラムに反映されるという循環が、Read の研究の独自性を形成している。
マーケティング研究への応用:Journal of Marketing 2009
Read の学術的貢献の中で最も広く引用される研究のひとつが、Read, Dew, Sarasvathy, Song & Wiltbank(2009)の論文 “Marketing under Uncertainty: The Logic of an Effectual Approach”(Journal of Marketing, 73(3), 1–18)である。
この論文の問題意識は明確だ。従来のマーケティング理論——セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング(STP)に代表される——は、「市場は調査によって発見できる」「顧客ニーズは事前に把握できる」という予測可能性の前提の上に成立している。しかし新興市場・破壊的イノベーション・ゼロ-ワン型の製品カテゴリ創造においては、この前提そのものが崩れる。
Read らは、この高不確実性の文脈ではエフェクチュアルなマーケティングロジックが機能すると論じた。「市場を探して見つける」ではなく「ステークホルダーとのコミットメントを通じて市場を共に創り出す」という転換は、マーケティング理論に対するエフェクチュエーション理論の最も重要な貢献のひとつだ(Read et al., 2009, pp. 1–5)。
この研究はエフェクチュエーション理論の適用範囲を、起業家研究という発祥の地を超えてマーケティング実践へと拡張した点で学術的に重要であり、後続のサービス・ドミナント・ロジック研究やB2Bマーケティング研究にも影響を与えている。
メタ分析研究:エフェクチュエーションと事業成果の関係
Read, Song & Smit(2009)の “A meta-analytic review of effectuation and venture performance”(Journal of Business Venturing, 24(6), 573–587)は、エフェクチュエーション理論に対する実証的支持を定量的に集積した先駆的な研究である。
メタ分析とは、同一のリサーチクエスチョンを扱う複数の先行研究の結果を統合し、より高い統計的信頼性をもって結論を導く手法だ。この研究において Read らは、エフェクチュエーション的な意思決定行動と事業パフォーマンスの関係について、複数の独立した研究から得られたデータを統合し、エフェクチュエーション的アプローチが事業成果に正の影響を与えるという統計的結論を示した(Read et al., 2009, p. 573)。
この貢献の意義は、エフェクチュエーション理論を「起業家の行動の記述」から「起業家の成果の説明」へと押し上げた点にある。Sarasvathy(2001)が示した「熟達した起業家はこのように考える」という観察的記述から、「このように考えて行動した起業家はより良い成果を達成する傾向がある」という規範的含意への橋渡しをReadは担った。
世界標準テキスト:Effectual Entrepreneurship の設計哲学
Read の研究上の最大の達成のひとつは、Effectual Entrepreneurship(Routledge, 初版2011年、第2版2016年)の筆頭著者としての貢献だ。Sarasvathy・Dew・Wiltbank・Ohlssonとの5名による共著であるこの教科書は、世界20カ国以上の大学・ビジネス・スクールで採用されており、エフェクチュエーション教育のグローバルスタンダードとなっている(Read et al., 2016)。
Read が教科書の設計において一貫して重視したのは、「理論と演習の不可分性」 という原則だ。エフェクチュエーションは抽象的に理解するだけでは習得できない。実際に自分の手持ちの手段を書き出し(手中の鳥)、許容可能な損失の上限を計算し(許容可能な損失)、想定するステークホルダーへの最初のアプローチを設計する(クレイジーキルト)という実践プロセスを通じてのみ、エフェクチュアルな認知パターンは身体化される。
この教育哲学は、第2版においてさらに洗練されている。各章の終わりに設けられた演習問題と「エフェクチュアル・チャレンジ」は、学習者が教室でのケース分析を超え、自分自身の事業アイデアや職業的課題にエフェクチュエーションを直接適用するよう設計されている(Read et al., 2016, introduction)。
IMDでのエグゼクティブ教育:「熟達者」への教授の挑戦
Read の研究とIMDでの実践が交差する独自のフィールドが、エグゼクティブ教育だ。MBA学生に対してではなく、すでに20年以上の経営経験を持つ企業幹部に対してエフェクチュエーションを教えることは、特有の困難を伴う。
長年のキャリアでコーゼーション的な思考を深く内面化した経営幹部は、「計画を立てる→承認を得る→実行する」というシーケンスを半ば無意識の作業様式として身につけている。この作業様式を「手段を探す→コミットメントを形成する→目標が浮かび上がる」というエフェクチュエーション的なシーケンスに転換するには、概念の説明だけでは不十分だ。参加者自身の過去の経験の中から、実は既にエフェクチュアルに行動していた瞬間を発見させ、意識化させる教育設計が必要になる。
Dew, Read, Sarasvathy & Wiltbank(2009)が実証した「専門的起業家と熟達度の低い起業家の意思決定の差異」は、Read のこの教育的課題に学術的な基盤を与えている。エキスパートが持つ認知的柔軟性——不確実性の種類を素早く診断し、対応するロジックに切り替える能力——は、教育可能な技術であるという確信がReadの教育実践を貫いている(Dew et al., 2009, pp. 287–309)。
エフェクチュエーション研究への貢献:3つの柱
Read の研究上の貢献を整理すると、以下の3つの柱が見える。
実証化: Sarasvathy の理論的洞察を定量的な検証に繋いだ。メタ分析研究(Read et al., 2009, JBV)とマーケティング実証研究(Read et al., 2009, JM)を通じて、エフェクチュエーション理論の実証的基盤を強化した。
教育化: 理論を教育可能なフレームワークに変換した。演習問題・ケーススタディを備えた教科書の構築が、世界中の教育現場でエフェクチュエーションが教えられるインフラを作った。
実務化: IMDでのエグゼクティブ教育を通じて、エフェクチュエーション理論を現役の企業経営者の思考と実践に組み込む作業を継続した。
Readの研究から学ぶための順序
Read の研究への入門として、まず Effectual Entrepreneurship 第2版(2016年)から始めることを勧める。筆頭著者として設計した教科書は、Read の教育哲学と実証研究の成果が最も体系的に統合されており、エフェクチュエーション理論の全体像と教育への応用を同時に把握できる。
次のステップとして、Read, Dew, Sarasvathy, Song & Wiltbank(2009)の「Marketing under Uncertainty」論文を読む。エフェクチュエーションがマーケティング実践にどのように接続されるかが、理論的に精緻に論じられており、読み応えがある。さらに Dew, Read, Sarasvathy & Wiltbank(2009)のJBV論文を読むと、専門的起業家とそうでない起業家の意思決定の違いが実証的に示されており、エフェクチュエーションの「習得」が実際に何を意味するかの理解が深まる。
Read の研究を通じてエフェクチュエーション理論に接することは、理論を「知る」段階から「教える」「使う」段階へ進むための、最も確実な道筋の一つだ。
引用・参考文献
- Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.
- Read, S., Dew, N., Sarasvathy, S. D., Song, M., & Wiltbank, R. (2009). Marketing under uncertainty: The logic of an effectual approach. Journal of Marketing, 73(3), 1–18.
- Read, S., Song, M., & Smit, W. (2009). A meta-analytic review of effectuation and venture performance. Journal of Business Venturing, 24(6), 573–587.
- Dew, N., Read, S., Sarasvathy, S. D., & Wiltbank, R. (2009). Effectual versus predictive logics in entrepreneurial decision-making: Differences between experts and novices. Journal of Business Venturing, 24(4), 287–309.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.