人物

テッド・ベイカー

「起業的ブリコラージュ」概念の提唱者。Baker & Nelson(2005)によって資源制約下の起業家行動を実証的に定義し、「手元にあるものを組み合わせて何とかやり遂げる」という行動原理がエフェクチュエーションの「手中の鳥」と接続する橋渡しを果たした。

目次
English
Ted Baker
肩書
Distinguished Professor of Entrepreneurship
所属
North Carolina State University, Poole College of Management
役割
研究者教授理論提唱者

「廃棄されたものから価値を創る」を学術理論にした研究者

起業家研究において、資源に恵まれた企業が成功するという前提は長らく自明視されてきた。ベンチャーキャピタルの調達額、優秀な人材の確保、最新設備の導入——こうした資源調達の成否が、起業家の成否を分けるとされてきた。テッド・ベイカー(Ted Baker)は、この前提を根本から問い直した研究者である。

ベイカーが Reed Nelson との共著「Creating Something from Nothing: Resource Construction through Entrepreneurial Bricolage」(Administrative Science Quarterly, 2005, Vol.50, No.3)で提示した「起業的ブリコラージュ」の概念は、資源が乏しい環境でこそ生まれる起業家的創造性のメカニズムを、29社のフィールドワークによって実証的に定式化したものである。この研究が起業家研究に持ち込んだ問いは、今日のエフェクチュエーション研究とブリコラージュ研究の交差点に立ち続けている。

North Carolina State Universityにおける研究

ベイカーは現在、North Carolina State University(ノースカロライナ州立大学)Poole College of ManagementでDistinguished Professor of Entrepreneurshipを務める。同ポジションは、学術的貢献が特に顕著な研究者に与えられる称号であり、ベイカーがアントレプレナーシップ研究において占める位置を示している。

研究の中心は、資源制約(resource constraints)という環境条件が起業家行動にどのような影響を与えるかという問いである。制度的環境が貧弱で外部資源へのアクセスが著しく限られた状況下において、企業がいかにして価値を創造するかを、フィールドワークに基づく質的研究と理論構築によって解明してきた。

Baker & Nelson(2005)——起業的ブリコラージュの定義

Lévi-Strauss から起業家研究へ

ブリコラージュという概念はもともとフランスの文化人類学者クロード・レヴィ=ストロース(Claude Lévi-Strauss)が1962年の著作『野生の思考(La pensée sauvage)』で提示したものである。レヴィ=ストロースが描いたブリコルール(bricoleur)は、エンジニアと対比される人間類型だ。エンジニアが目標から逆算して必要な道具を調達するのに対し、ブリコルールは「手元にある断片」から出発し、その断片が何に使えるかを問いながら創造する。

Baker & Nelson(2005)はこのメタファーを起業家行動の分析に応用した。そして起業的ブリコラージュを次のように定義した——「手持ちの資源の組み合わせを新しい問題や機会に適用し、何とかやり遂げること(making do by applying combinations of the resources at hand to new problems and opportunities)」(Baker & Nelson, 2005, p.333)。

29社のフィールドワーク

Baker & Nelson(2005)の研究は、同様の客観的環境条件——資源が極端に限られた小規模ベンチャー——に直面しながら、全く異なる対応を見せた29社の企業を対象とした縦断的フィールドワークに基づいている。

この研究から浮かび上がったのは、資源環境が客観的に固定されたものではないという構成主義的な知見だった。主流の企業が「無価値」「時代遅れ」「規格外」として拒絶するインプットを、ブリコラージュ的な起業家は独自の視点で再評価し、創造的に転用する。廃棄された機械を「なだめすかし(coaxing)」て追加の寿命を引き出し、顧客を無給の労働力として組み込み、法執行の盲点を制度的な足場として利用する——資源は「発見」されるものでも「調達」されるものでもなく、起業家によって「構築」されるものである(Baker & Nelson, 2005)。

ブリコラージュの罠

同研究が示したもう一つの重要な知見が、ブリコラージュの罠(bricolage trap)である。ベイカーらは、ブリコラージュを際限なく適用し続ける「パラレル・ブリコラージュ」と、特定の局面に限定して適用する「セレクティブ・ブリコラージュ」を対比させた。

創業初期の生存フェーズには強力なパラレル・ブリコラージュも、時間の経過とともに「妥協の蓄積(accumulation of compromises)」を生み出し、企業の成長を阻害する。成長を遂げた企業は、ブリコラージュを一時的・局所的な戦術として使用するセレクティブな適用に移行していた。「いつブリコラージュを用いるか」という選択が、生存と成長を分けるという認識は、単純な「やりくりの礼賛」に留まらない理論的深度をこの研究に与えている。

エフェクチュエーションとの接続点

「手中の鳥」との共鳴

Baker & Nelson(2005)の研究は、Sarasvathy(2001)が提唱したエフェクチュエーション理論、特に手中の鳥(Bird-in-Hand)原則との鮮明な共鳴を持つ。

エフェクチュエーションの手中の鳥原則は、「目標から逆算して必要な資源を調達する」コーゼーション的発想に対し、「自分が既に持っている手段——Who I am, What I know, Whom I know——から出発する」というアプローチを対置する(Sarasvathy, 2001)。ブリコラージュもまた、外部から必要な資源を調達するのではなく、「手元にある断片」から出発する。この行動原理の共通性は表面的な類似ではなく、資源制約下での起業家的創造性という同一の現象を異なる角度から照射している。

ただし、Welter, Mauer, & Wuebker(2016)が精緻に論じたように、両概念の駆動条件は異なる。エフェクチュエーションが**不確実性(uncertainty)への認知的対抗策として発動するのに対し、ブリコラージュは資源希少性(resource scarcity)**への実践的対抗策として発動する。Baker & Nelson(2005)が明らかにした起業的ブリコラージュは、エフェクチュエーションという広範な意思決定ロジックの下で、資源制約という条件が重なった場面に発動する戦術的メカニズムとして位置づけられる(Welter et al., 2016)。

制度的環境の乏しい文脈への射程

ベイカーの研究がエフェクチュエーション研究に持ち込んだもう一つの貢献は、制度的環境が貧弱な起業(resource-constrained entrepreneurship)への理論的射程である。

Sarasvathy(2001)の原典研究は、経験豊富なエキスパート起業家の意思決定を観察対象としていた。これに対し、ベイカーらが観察したのは、制度的サポートが薄く、外部資源へのアクセスが著しく限られた文脈で活動する起業家たちだった。この文脈では、「手元にある断片で何とかする」という行動原理が生存の条件そのものになる。

この観察は、エフェクチュエーション理論の適用可能性を、熟練したベンチャー起業家から、制度的インフラが未整備な環境下で活動する起業家にまで広げる理論的根拠を提供した。社会的起業や発展途上国の起業家研究においてブリコラージュとエフェクチュエーションの統合フレームワークが参照される背景には、Baker & Nelson(2005)の問題設定がある。

起業的ブリコラージュが示した問い

ベイカーの研究が起業家研究に持ち込んだ核心的な問い直しは、「資源の豊かさ」と「起業家の創造性」の関係についての前提だった。

標準的な起業モデルは、価値ある資源への優先的アクセスが競争優位の源泉だと見なす。資源ベース論(Resource-Based View)の文脈でも、資源の希少性・模倣困難性が重要性の基準となる。しかしベイカーらが観察した起業家たちは、この前提を逆手に取っていた。主流の企業が無価値と見なした断片を、独自の視点で意味ある資源に変換する能力こそが、彼らの競争優位の源泉だったのである。

実務に翻訳すれば、この発見は「資源調達に成功してから始める」という順序の発想への根本的な疑問符だ。Baker & Nelson(2005)が示したのは、「手元にあるものから始める」という行動原理が、資源制約を「克服すべき障壁」から「創造性を引き出す触媒」へと転換する実践的可能性である。Sarasvathy(2001)が提唱した手中の鳥原則と響き合うこの認識は、エフェクチュエーション研究とブリコラージュ研究の相互参照を通じて、より豊かな理論的含意を持ち続けている。


引用・参考文献

  • Baker, T., & Nelson, R. E. (2005). Creating something from nothing: Resource construction through entrepreneurial bricolage. Administrative Science Quarterly, 50(3), 329–366.
  • Lévi-Strauss, C. (1962). La pensée sauvage. Plon. (English translation: The Savage Mind. University of Chicago Press, 1966)
  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Welter, C., Mauer, R., & Wuebker, R. J. (2016). Bridging behavioral models and theoretical concepts: Effectuation and bricolage in the opportunity creation framework. Strategic Entrepreneurship Journal, 10(1), 5–20.
  • Fisher, G. (2012). Effectuation, causation, and bricolage: A behavioral comparison of emerging theories in entrepreneurship research. Entrepreneurship Theory and Practice, 36(5), 1019–1051.