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両利き経営——コーゼーションとエフェクチュエーションの統合

コーゼーションとエフェクチュエーションの二項対立を超えた統合的視座を解説。組織的両利き経営(ambidexterity)の枠組み、併用条件、動的切替モデルを論じる。

約12分
目次

二項対立を超えて

エフェクチュエーションとコーゼーションは、しばしば対立する2つの意思決定ロジックとして紹介される。目標駆動か手段駆動か、予測かコントロールか、計画か行動か——こうした二項対立は概念の理解には有用であるが、実際の起業行動や組織運営はそれほど単純ではない。熟達した起業家は両方のロジックを状況に応じて使い分けている。この「使い分け」の構造を理論的に捉える枠組みとして、組織的両利き経営(organizational ambidexterity)の議論が重要な示唆を提供する。

March の探索と活用:原型的議論

組織的両利き経営の知的基盤を築いたのは、March(1991)による**探索(exploration)と活用(exploitation)**の古典的論文である。March は、組織が長期的に存続するためには、既存の知識・技術・市場の活用(exploitation)と、新しい可能性の探索(exploration)の両方を同時に追求する必要があると論じた(March, 1991, pp. 71–73)。

活用に偏重した組織は短期的な効率性を高めるが、環境変化への適応力を失い、やがて**「能力の罠(competency trap)」**に陥る。一方、探索に偏重した組織は新しいアイデアを次々と試すが、どれも十分に発展させることができず、資源を浪費する「失敗の罠(failure trap)」に陥る。組織の持続的成功は、この2つの活動の適切なバランスにかかっている(March, 1991, pp. 73–75)。

O’Reilly & Tushman の組織的両利き経営

March の議論を組織設計の観点から発展させたのが、O’Reilly & Tushman(2004)の**組織的両利き経営(organizational ambidexterity)の理論である。彼らは、探索と活用のバランスを組織レベルで実現するための具体的な構造として、「両利き型組織(ambidextrous organization)」**を提唱した。

両利き型組織では、既存事業の活用を担う部門と、新規事業の探索を担う部門が構造的に分離されつつ、上位の経営層において戦略的に統合される。探索部門は既存事業の効率性の論理に縛られることなく、独自の文化・プロセス・評価基準を持つことが許容される。しかし、両部門は完全に切り離されるのではなく、経営チームによる戦略的ビジョンの共有と資源配分の調整を通じて統合される(O’Reilly & Tushman, 2004, pp. 78–82)。

この議論で注目すべきは、探索と活用が異なる組織能力と異なるマネジメントの論理を必要とするという認識である。活用は効率性、標準化、漸進的改善を重視し、探索は柔軟性、実験、急進的イノベーションを重視する。一つの組織内で両方の論理を同時に運用することの困難さこそが、両利き経営の核心的な課題である。

エフェクチュエーション=探索、コーゼーション=活用

ここで、エフェクチュエーションとコーゼーションの対比が、March の探索と活用の対比と構造的に対応することに気づく。

コーゼーション(因果論的ロジック)は活用(exploitation)と親和性が高い。明確な目標設定、最適手段の選択、期待リターンの最大化、競争分析に基づく戦略立案——これらはいずれも、既知の市場・技術・顧客に関する既存知識を効率的に活用するためのアプローチである。事業計画書に基づく経営、KPI 管理、PDCA サイクルといった実務慣行は、コーゼーション的ロジックの組織的表現である(Sarasvathy, 2001, pp. 245–250)。

エフェクチュエーション(実効論的ロジック)は探索(exploration)と親和性が高い。手持ちの手段からの出発、許容可能な損失に基づくリスク管理、パートナーシップを通じた資源獲得、偶然の活用——これらはいずれも、未知の可能性を開拓し、新しい市場や製品を創造するためのアプローチである。不確実性が高く、既存の知識だけでは対処できない状況で、探索的に行動するための論理がエフェクチュエーションである。

次元コーゼーション / 活用エフェクチュエーション / 探索
対象既知の市場・技術未知の可能性
志向効率性・最適化柔軟性・実験
リスク管理期待リターン計算許容可能な損失
組織文化標準化・規律自律性・創造性
成功指標ROI・市場シェア学習・新たな手段の獲得

Smolka et al. の併用研究

Smolka et al.(2018)は、エフェクチュエーションとコーゼーションの併用(concurrent use)を実証的に検討した重要な研究である。彼らは、起業家がコーゼーションとエフェクチュエーションを排他的に選択するのではなく、しばしば同時に併用していることを大規模サーベイデータによって示した(Smolka et al., 2018, pp. 575–580)。

この研究の重要な発見は、コーゼーションとエフェクチュエーションの併用が新規事業のパフォーマンスにプラスの影響を与えるということである。どちらか一方のみを使用するよりも、両方を組み合わせた起業家の方が、事業の初期段階での成果が高い傾向がある。ただし、併用のバランスは不確実性の程度によって異なる。不確実性が高い環境ではエフェクチュエーションの比重を高め、不確実性が低い環境ではコーゼーションの比重を高めることが効果的である(Smolka et al., 2018, pp. 583–588)。

Sarasvathy 自身による「併用」の含意

Sarasvathy(2001)自身も、エフェクチュエーションとコーゼーションの関係を単純な二項対立としては捉えていない。原著論文において、**「熟達した起業家は両方のアプローチを使い分ける能力を持っている」**と明記している(Sarasvathy, 2001, p. 245)。

Sarasvathy(2008)はさらに踏み込んで、エフェクチュエーションからコーゼーションへの動的遷移モデルを提示している。新規事業の初期段階——市場が存在せず、目標も不明確な段階——ではエフェクチュエーションが支配的であるが、事業が成熟し、市場が形成され、顧客セグメントが明確になるにつれて、コーゼーション的な計画立案と最適化が合理的になる。この遷移は一方向的ではなく、新たな不確実性が生じればエフェクチュエーションに戻ることもある(Sarasvathy, 2008, pp. 101–115)。

この動的な視点は、Chandler et al.(2011)の実証研究によっても支持されている。起業プロセスの時間的展開を追跡した結果、エフェクチュエーションは事業の初期段階で支配的であり、事業の安定化とともにコーゼーション的行動の比重が増すパターンが確認されている(Chandler et al., 2011, pp. 380–385)。

組織レベルでの実装

両利き経営の枠組みをエフェクチュエーションとコーゼーションの統合に応用すると、大企業における新規事業創出の組織設計に対する具体的な示唆が得られる。

既存事業部門にはコーゼーション的なマネジメントを適用する。明確な目標設定、KPI に基づく業績管理、標準化されたプロセス、期待リターンに基づく投資判断——これらは既存市場での活用に適した運営方法である。

新規事業部門にはエフェクチュエーション的なマネジメントを適用する。手持ちの技術・人材・ネットワークからの出発、許容可能な損失に基づく小さな実験の積み重ね、パートナーとの共創によるコンセプト形成、偶然の活用を許容する組織文化——これらは探索に適した運営方法である。

そして、経営層の役割は両者の戦略的統合にある。探索部門で生まれた成果を活用部門に移管するタイミングの判断、両部門への資源配分のバランス調整、そして組織全体としてのビジョンの一貫性の維持が求められる(O’Reilly & Tushman, 2004, pp. 82–85)。

二項対立としてのエフェクチュエーション vs コーゼーションは、理論的理解の出発点としては有用であるが、実務的には統合と使い分けの視点がより重要である。両利き経営の枠組みは、この統合を組織レベルで実現するための構造的指針を提供する。

関連記事として「エフェクチュエーションとコーゼーションの違い」「エフェクチュエーションとは何か」も参照されたい。


引用・参考文献

  • March, J. G. (1991). Exploration and exploitation in organizational learning. Organization Science, 2(1), 71–87.
  • O’Reilly, C. A., III, & Tushman, M. L. (2004). The ambidextrous organization. Harvard Business Review, 82(4), 74–81.
  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Smolka, K. M., Verheul, I., Burmeister-Lamp, K., & Heugens, P. P. M. A. R. (2018). Get it together! Synergistic effects of causal and effectual decision-making logics on venture performance. Entrepreneurship Theory and Practice, 42(4), 571–604.
  • Chandler, G. N., DeTienne, D. R., McKelvie, A., & Mumford, T. V. (2011). Causation and effectuation processes: A validation study. Journal of Business Venturing, 26(3), 375–390.
  • サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.

参考書籍

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