クレイジーキルトの原則(Crazy Quilt)——競争ではなくパートナーシップで事業を創る

エフェクチュエーション第四原則「クレイジーキルト」を解説。競争分析よりも、コミットメントを持つパートナーとの協力関係を構築して不確実性を縮減する方法を論じる。

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「競合に勝てるのか」という問いの罠

新規事業の提案をすると、ほぼ例外なく聞かれる質問がある。「競合はどこか」「差別化要因は何か」「参入障壁はあるか」——Porter の Five Forces に代表される競争分析のフレームワークは、ビジネスパーソンの思考に深く染み込んでいる。

しかし、まだ市場が存在しない段階で競合分析を行うことに、どれほどの意味があるのだろうか。そもそも「競合」とは既存市場における概念であり、これから市場を創造しようとする段階では、分析すべき競合自体が存在しない場合が多い(Sarasvathy, 2008, p. 67)。エフェクチュエーション全体の枠組みは「エフェクチュエーションとは何か」で解説している。

にもかかわらず、競争優位の確立を最優先課題とする思考パターンは、新規事業担当者の視野を狭め、本来もっとも重要な活動——すなわち、事業を共に創る仲間を見つけること——を後回しにさせてしまう。

「一人では限界がある」と気づいたあの日

事業を始めてしばらくすると、誰もがある壁にぶつかる。一人でできることには明確な限界があるという現実である。

技術には自信があるが営業が苦手、アイデアは豊富だが資金がない、情熱はあるが業界の人脈がない——こうした経験は起業家の間で普遍的に共有されている。Sarasvathy が研究した熟達起業家27名も、その多くが事業の初期段階で同様の課題に直面していた(Sarasvathy, 2008, pp. 68–69)。

興味深いのは、彼らの対処法である。不足しているリソースを市場で「調達」しようとするのではなく、手持ちの手段を持って人に会いに行き、相手が何をコミットしてくれるかによって事業の方向性を決めていた。この発見が、エフェクチュエーション第四の原則——クレイジーキルトの原則——の核となった。

クレイジーキルトの原則:パートナーシップで不確実性を縮減する

クレイジーキルトとは何か

クレイジーキルト(Crazy Quilt)とは、パッチワークキルトの一種で、あらかじめデザインを決めずに、手元にある様々な形・色・素材の布を縫い合わせて作るキルトのことである。通常のキルトが完成図を描いてからそれに合う布を選ぶのに対し、クレイジーキルトは持ち寄られた布の特性に応じてデザインが決まっていく。Sarasvathy はこのメタファーを、起業家がパートナーを獲得するプロセスに適用した(Sarasvathy, 2008, pp. 70–71)。事業のデザインがパートナーを決めるのではなく、パートナーが持ち込むリソースが事業のデザインを決めるのである。

自己選択的コミットメントの力

クレイジーキルト原則の中核にあるのは、「自己選択的コミットメント(self-selecting commitment)」という概念である(Sarasvathy, 2008, pp. 72–75)。これは、起業家がパートナー候補に事業のアイデアを提示したとき、「この事業に参加したい」「こういう形で貢献できる」と自発的に名乗り出てくれる人々のコミットメントを指す。

従来のアプローチでは、まず事業計画を策定し、その計画を遂行するために必要な役割を定義し、その役割に合致する人材を「探して」「選んで」「採用する」。これはコーゼーション的なロジックである。一方、エフェクチュエーション的なアプローチでは、起業家が自分の手段(Who I am / What I know / Whom I know)を持って人に会い、その人が「自分はこういう貢献ができる」と自発的にコミットメントすることで、事業の方向性と内容が共に形成されていく(Sarasvathy, 2008, pp. 74–75)。

Wiltbank et al.(2006)は、この自己選択的コミットメントが不確実性の縮減に重要な役割を果たすと指摘している。クレイジーキルト原則がステークホルダー・ネットワークの形成においてどう機能するかは「クレイジーキルトとステークホルダー・ネットワーク」でさらに詳しく論じている。パートナーがリソースをコミットすることで、事業環境の不確実性の一部が「コントロール可能な要素」に変換されるからである(Wiltbank et al., 2006, pp. 990–992)。

パートナーのリソースが事業を形づくる

クレイジーキルト原則のもう一つの重要な側面は、パートナーが持ち込むリソースによって事業そのものの方向性が変わるという点である。たとえば、ある起業家が食品関連のサービスを漠然と構想していたとする。最初に出会ったパートナーが飲食店の経営者であれば、事業は B2B の飲食店支援サービスに向かうかもしれない。しかし、最初のパートナーが管理栄養士であれば、事業は個人向けの栄養指導サービスになるかもしれない。どちらの方向に進むかは、事前の市場分析ではなく、コミットメントしてくれるパートナーが誰であるかによって決まる(Sarasvathy, 2008, pp. 76–78)。

これは従来の経営学からすれば「計画性がない」と批判されかねないアプローチである。しかし Sarasvathy が強調するのは、不確実性が極めて高い状況において、市場分析に基づく事前の計画よりも、実際にコミットしてくれる人々と共に事業を形成していくプロセスのほうが、結果的に実行可能で持続可能な事業を生むということである(Sarasvathy, 2008, pp. 79–80)。

明日からできるクレイジーキルト構築の3つの実践

クレイジーキルトの原則を実践に移すための具体的な方法を3つ示す。

実践1:「提案する前に聴く」会話を5人と行う。 自分のアイデアや構想を一方的にプレゼンするのではなく、相手の専門性、リソース、課題意識を先に聴く。「あなたが今持っているもので、何か一緒にできることはないだろうか」という問いかけが、自己選択的コミットメントを引き出す出発点となる。

実践2:コミットメントの形を柔軟にする。 パートナーのコミットメントは、出資や共同経営だけに限らない。「月に2時間、技術的なアドバイスをくれる」「自社の顧客を3社紹介してくれる」「週末に一緒にプロトタイプを作ってくれる」など、小さくても具体的なコミットメントから始める。重要なのは相手が自発的にコミットする形を尊重することである。

実践3:キルトマップを作成する。 コミットメントしてくれた人々と、各人が持ち込んでくれるリソースを一枚の図にまとめる。この「キルトマップ」を定期的に更新しながら、各パートナーのリソースの組み合わせから事業の方向性を検討する。

こんな状況にいる人に特に有効である

実践の現場では、パートナーを「探す」行為が最初のハードルになる。しかし実際のエフェクチュエーション的アプローチは「探す」のではなく「話す」ことから始まる。手持ちのアイデアを5人に話してみると、予期せぬコミットメントが生まれることがある。

クレイジーキルトの原則は、以下のような状況にいる人にとくに有効である。

  • リソース不足に悩む単独起業家: 自分に足りないリソースを「調達する」のではなく、「持っている人と組む」という発想に切り替えることで、行動の選択肢が飛躍的に広がる
  • 新規事業チームの立ち上げを任された人: 事業計画を先に作って人を集めるのではなく、人を先に集めてから事業を共に設計するアプローチが有効である
  • 異業種コラボレーションを模索している人: クレイジーキルト的な発想は、異なる業種・分野の人々と組むことで予想外の事業が生まれることを積極的に肯定する
  • 営業や人脈構築が苦手だと感じている人: 「売り込む」のではなく「一緒に何ができるか」を探る対話は、営業的なスキルよりも好奇心と傾聴力を武器にできる
  • オープンイノベーションを推進したい企業の担当者: 社外パートナーとの協業を設計する際の理論的フレームワークとして活用できる

今週中に「一緒にやりませんか」と声をかけよう

クレイジーキルトの原則が教えてくれるのは、事業は一人で「設計」するものではなく、パートナーと共に「形成」するものであるという考え方である。競争分析に費やす時間を、パートナー候補との対話に振り替えるだけで、事業の可能性は大きく広がる(Sarasvathy, 2008, p. 82)。

今週中に、自分のアイデアや課題意識を持って、誰か一人に「一緒に何かやりませんか」と声をかけてみることを勧める。相手の反応は予測できない。しかし、その予測できなさこそが、クレイジーキルトの原則が歓迎するものである。相手が持ち込む予想外のリソースや視点が、あなたの事業を想像もしなかった方向へ導いてくれるかもしれない。


引用・参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Wiltbank, R., Dew, N., Read, S., & Sarasvathy, S. D. (2006). What to do next? The case for non-predictive strategy. Strategic Management Journal, 27(10), 981–998.

参考書籍

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