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クレイジーキルト:ステークホルダーネットワークの構築法

エフェクチュエーションのクレイジーキルト原則に基づくステークホルダーネットワーク構築の実践法を解説。競合分析よりもコミットメントの獲得を優先するアプローチの理論と実装を論じる。

約9分
目次

競合分析に何ヶ月も費やして、まだ動き出せないのか

新規事業を始めるとき、MBAの教科書が最初に指示するのは市場分析と競合分析である。市場規模を推定し、競合のポジショニングを調べ、差別化戦略を策定する。既存市場への参入においてこのアプローチは合理的だが、まだ市場が存在しない領域ではこの作業は永遠に終わらない。分析対象となるデータが存在しないからである。

Sarasvathy(2008)が発見したのは、熟達した起業家の多くが競合分析を後回しにし、代わりに「誰が一緒にやってくれるか」を先に探していたという事実である(Sarasvathy, 2008, pp. 67-82)。この行動パターンを体系化したのが、エフェクチュエーション5原則の一つであるクレイジーキルトの原則である。

クレイジーキルトとは何か

クレイジーキルトとは、不揃いな布の端切れを縫い合わせて作るパッチワークキルトのことである。同じサイズ・同じ色の布を計画的に配置するのではなく、手元にある素材を組み合わせて、予想外の模様を生み出す。Sarasvathyはこのメタファーを、起業家がステークホルダーとの関係を構築するプロセスに適用した。

原則の核心は、市場調査や競合分析に時間を費やすよりも、事業のアイデアに共感しコミットメントしてくれるパートナーを早期に見つけることを優先するという点にある。各パートナーが持ち寄るリソース——資金、技術、ネットワーク、知識——によって事業の形が決まっていく。「パートナーを計画に合わせる」のではなく、**「パートナーのリソースに応じて計画が変わる」**のがクレイジーキルト的アプローチである(Sarasvathy, 2008, p. 70)。

コミットメントの2つの効果

効果1:不確実性の削減

新規事業の最大の不確実性は「顧客が存在するかどうか」である。しかし、**潜在顧客がパートナーとしてコミットした時点で、少なくとも「最初の顧客は確保されている」**ことになる。同様に、サプライヤーがコミットすれば調達の不確実性が、投資家がコミットすれば資金の不確実性が削減される。コミットメントの一つひとつが、不確実性を具体的に縮減していく。

効果2:手段の拡張

エフェクチュエーション・サイクルにおいて、新しいパートナーのコミットメントは起業家の「手段」を拡張する。起業家が当初持っていた手段(Who I am / What I know / Whom I know)に、パートナーの手段が追加されることで、達成可能な目標の範囲が広がる。目標がプロセスの起点ではなく帰結であるというエフェクチュエーションの根本思想は、このメカニズムに支えられている。

ステークホルダーネットワーク構築の5つのステップ

ステップ1:手段の棚卸しから始める

まず手中の鳥の原則に従い、自分が持っている手段を書き出す。**「自分は何者か」「何を知っているか」「誰を知っているか」**の3カテゴリで棚卸しを行う。この棚卸しが、最初にアプローチすべきステークホルダーの候補を決定する。

ステップ2:「売り込み」ではなく「対話」でアプローチする

クレイジーキルト的アプローチでは、完成した事業計画を売り込むのではなく、「こういうアイデアがあるが、あなたならどう考えるか」という対話から始める。この対話は2つの機能を持つ。相手の反応からアイデアの妥当性を検証する機能と、相手がコミットする可能性を探る機能である。

ステップ3:コミットメントの形を柔軟に受け入れる

ステークホルダーのコミットメントは、資金の出資とは限らない。技術的助言、顧客の紹介、試作品のテスト利用、原材料の優先提供——コミットメントの形は多様であり、その多様性がクレイジーキルトの「不揃いな布」に相当する。重要なのは、事前に定義した「理想のパートナー像」にこだわらず、実際にコミットしてくれた人のリソースに応じて事業を形作っていく柔軟さである。

ステップ4:コミットメントの連鎖を設計する

最初のパートナーが参加すると、その事実自体が次のパートナーへの信頼シグナルになる。「Aさんがすでにコミットしている」という情報は、Bさんのコミットメントへの心理的障壁を下げる。この連鎖を意識的に設計する。最初にコミットしてくれる人は、事業の成功確率を見て判断しているのではなく、起業家との個人的な関係や共感に基づいて動いていることが多い。

ステップ5:ネットワークの形に応じて目標を更新する

5人のパートナーが集まったとき、彼らが持ち寄ったリソースの組み合わせが、当初のアイデアとは異なる事業の形を示唆することがある。クレイジーキルト原則に忠実であれば、この示唆を受け入れて目標を更新するのが正しい判断である。パッチワークの模様は、縫い始める前に決まるのではなく、布を縫い合わせる過程で現れるのだから。

陥りやすい3つの罠

  1. 「コミットメント」と「関心」を混同する: 「面白そうですね」は関心であり、コミットメントではない。コミットメントとは、具体的なリソースの投入を約束することである。時間、資金、技術、ネットワーク——何かしらの具体的な投入がなければ、クレイジーキルトの布にはならない
  2. パートナーの多様性を恐れる: 同質的なパートナーばかりを集めると、手段の拡張効果が限定される。異なる業界、異なるスキルセット、異なるネットワークを持つパートナーが参加するほど、達成可能な目標の範囲は広がる
  3. 最初から「理想のチーム」を組もうとする: エフェクチュエーション的アプローチでは、チームは計画に基づいて採用するのではなく、コミットメントに基づいて自然に形成される。完璧なチーム編成を待っていたら、永遠に動き出せない

特にこの原則が有効な人

  • 単独で事業を進めているが、リソースの限界を感じている起業家
  • ネットワーキングイベントに参加しているが、関係が深まらないと感じている人
  • 共同創業者を探しているが、「条件に合う人がいない」と感じているスタートアップ
  • オープンイノベーションの推進を担当しているが、社外パートナーとの関係構築に苦戦している企業担当者

今週中に3人と「対話」してみよう

自分のアイデアや取り組みについて、今週中に3人と対話してみてほしい。売り込みではなく対話である。「こんなことを考えているのだが、あなたの視点からどう思うか」——この問いかけから始まる会話の中に、最初の「布の端切れ」が見つかる可能性がある。クレイジーキルトは、一枚の布から始まるのである。


引用・参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.

参考書籍

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