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二項対立から統合へ——意思決定論理研究のパラダイム転換
エフェクチュエーション理論の研究史において、コーゼーション(因果論的アプローチ)とエフェクチュエーション(実効論的アプローチ)の関係性は、長らく二項対立として理解されてきた。Sarasvathy(2001)が両者を対照的な意思決定論理として提示して以来、「予測可能な環境ではコーゼーションが有効、不確実な環境ではエフェクチュエーションが有効」という条件分岐的な理解が支配的であった。
COVID-19パンデミック後の実証研究は、この二項対立的な理解を根本的に覆す知見を蓄積している。とりわけ、イタリアのホスピタリティ産業におけるSME 80社を対象としたロックダウン中の意思決定プロセスに関する研究は、コーゼーションとエフェクチュエーションの同時並行的な適用(アンビデクステリティ)こそが組織レジリエンスの必須条件であることを統計的に証明した画期的な論文である。
研究の位置づけと学術的意義
この研究が学術的に重要であるのは、コーゼーションとエフェクチュエーションの関係性を「どちらが優れているか」という比較の枠組みから、「両者がいかに統合されるか」という統合の枠組みへと転換させた点にある。さらに、両論理がレジリエンスに至る経路(path)の違いを明らかにすることで、実務家に対して具体的な行動指針を提供している。
研究デザイン——PLS-SEMとNCAの併用
調査対象と方法論
イタリアのホスピタリティ産業のSME 80社を対象として実施されたこの研究は、二つの統計的手法を組み合わせた精緻な分析を特徴とする。
**PLS-SEM(部分最小二乗構造方程式モデリング)**は、複数の変数間の因果関係を同時に推定する手法であり、比較的小規模なサンプルでも適用可能なことから、SMEを対象とした研究で広く用いられている。本研究では、コーゼーション、エフェクチュエーション、準備態勢(Preparedness)、アジリティ(Agility)、レジリエンスという変数間の直接効果と間接効果が推定された。
NCA(Necessary Condition Analysis)は、ある結果を達成するために必要な条件(necessary condition)を特定する手法であり、PLS-SEMが示す「十分な条件」の分析を補完する。NCAの導入により、「レジリエンスを達成するために、コーゼーションやエフェクチュエーションの一定水準が最低限必要であるか否か」という問いに答えることが可能となった。
ホスピタリティ産業が選ばれた理由
イタリアのホスピタリティ産業がフィールドとして選ばれた背景には、いくつかの方法論的理由がある。第一に、イタリアはヨーロッパにおけるCOVID-19の最初の大規模な流行地であり、厳格かつ長期にわたるロックダウンが実施された。第二に、ホスピタリティ産業は物理的な顧客接点に依存するビジネスモデルであり、ロックダウンの影響が直接的かつ即座に顕在化する。第三に、イタリアのホスピタリティ産業はSMEが支配的であり、大企業のリソースバッファに依存しない経営者の意思決定プロセスを純粋に観察できる。
コーゼーション→準備態勢→レジリエンスの経路
準備態勢(Preparedness)の構成要素
PLS-SEM分析の結果、コーゼーション的な意思決定論理は、組織の**準備態勢(Preparedness)**を直接的に高め、それが結果としてレジリエンスに正の影響を与えることが示された。
準備態勢とは、危機に先立って組織が保有する対応能力の蓄積を指す。具体的には、キャッシュフローの予備的管理(手元流動性の確保)、従業員の安全確保に関するプロトコル、サプライチェーンの代替経路の事前検討、顧客データベースの整備、法規制への準拠体制といった要素で構成される。
これらの要素に共通するのは、過去のデータや経験に基づいて予測可能な範囲内の事態に対処するという、コーゼーション的論理の特性である。パンデミックの具体的な発生を予測していた企業は皆無に等しいとしても、「何らかの危機が発生した場合の基本的な対応能力」を事前に構築していた企業は、初動の速度と質において明確な優位性を持っていた。
コーゼーションの不可欠性
この知見が実務的に重要であるのは、極端な不確実性下においてもコーゼーション的アプローチが不要になるわけではないことを明確に示している点にある。エフェクチュエーション研究の文脈では、コーゼーションはしばしば「旧来の」あるいは「限界のある」アプローチとして位置づけられがちである。しかし、本研究はキャッシュフロー管理や安全確保といったコントロール可能な領域における計画的なアプローチが、レジリエンスの基盤として不可欠であることを統計的に裏づけた。
エフェクチュエーション→アジリティ→レジリエンスの経路
アジリティ(Agility)の構成要素
PLS-SEM分析のもう一方の経路において、エフェクチュエーション的な意思決定論理は、組織の**アジリティ(俊敏性、Agility)**を直接的に高め、それが結果としてレジリエンスに正の影響を与えることが示された。
アジリティとは、環境の変化に対して迅速かつ柔軟に対応する組織能力を指す。新たな顧客ニーズの探索と即応的な対応、未知のデリバリーチャネルの構築と試行、従来とは異なる価値提案の即興的な創造、パートナーシップの機動的な形成と解消といった行動がその構成要素である。
これらの行動は、手中の鳥原則(既存リソースを起点とした柔軟な行動)、レモネード原則(予期せぬ事態の機会としての活用)、クレイジーキルト原則(ステークホルダーとの即応的なパートナーシップ構築)といったエフェクチュエーションの諸原則と直接的に対応する。
アジリティとイノベーションの関係
アジリティがレジリエンスに寄与するメカニズムは、危機下でのイノベーション能力の維持にある。ロックダウンによって従来のビジネスモデルが機能停止した際、新たなサービス形態(オンライン体験、テイクアウト、バーチャルイベント等)を迅速に試行錯誤できる組織は、環境変化に対する適応速度が高い。エフェクチュエーション的論理は、この試行錯誤のプロセスを「計画→実行→検証」という直線的なサイクルではなく、「行動→学習→修正」という反復的かつ探索的なサイクルとして駆動する。
認知的・合理的な羅針盤(Cognitive-Rational Compass)
二つの経路の統合メカニズム
本研究の最も重要な発見は、コーゼーション→準備態勢→レジリエンスの経路とエフェクチュエーション→アジリティ→レジリエンスの経路が、同一の経営者の認知プロセスのなかで同時に作動することを示した点にある。
研究者らはこの統合的な認知能力を**「認知的・合理的な羅針盤(Cognitive-Rational Compass)」と名づけた。危機に際して、優れたSME経営者は、直面する課題の性質を瞬時に判別し、コントロール可能な領域には計画的手法を適用し、予測不可能な領域には柔軟な探索的手法を適用するという、二つの論理間の動的な切り替え**を行っていた。
具体的な作動メカニズム
認知的・合理的な羅針盤の具体的な作動例として、以下のようなパターンが観察された。財務面では、キャッシュフローの管理(支出の削減、政府支援の申請、銀行融資の交渉)にはコーゼーション的な計画と予測が適用された。これは準備態勢を高め、事業継続の物理的基盤を確保する行動である。
同時に、顧客との関係性の面では、ロックダウン下での新たな顧客接点の創出(SNSを活用したコミュニケーション、オンライン予約システムの導入、地域コミュニティとの連携)にはエフェクチュエーション的な実験と即興が適用された。これはアジリティを高め、環境変化への適応を可能にする行動である。
この二つのアプローチは時間的にも論理的にも相互排他的ではなく、経営者の認知プロセスのなかでシームレスに統合されていた。
ドイツfsQCA研究との符合——等結果性の実証
本研究の知見は、Monllor et al.(2022)がドイツ・ミュンスター地方の飲食起業家143名を対象としたfsQCA研究の結果と見事に符合する。Monllor et al.(2022)は、高いビジネスモデル・イノベーション(BMI)を実現した企業群が、**「計画的ソリスト(Planning Soloist)」と「ヘッジ型ネットワーカー(Hedging Networker)」**という等結果性(Equifinality)を持つ複数のパスを取りうることを明らかにした。
計画的ソリストはコーゼーション的要素が相対的に強い条件構成であり、ヘッジ型ネットワーカーはエフェクチュエーション的要素が相対的に強い条件構成である。いずれのパスも高いBMIという同一の結果に到達しうるという知見は、イタリアの研究が示した「両論理の統合」と表裏一体の関係にある。
等結果性の理論的含意
等結果性の発見は、起業家的意思決定に唯一の最適解が存在しないことを意味する。ある経営者はコーゼーション的な分析力を武器に単独で環境適応を実現し、別の経営者はエフェクチュエーション的なネットワーク構築によって同等の成果を達成しうる。さらに、本研究が示したように、同一の経営者が状況に応じて両者を使い分けることも、最も効果的な戦略となりうる。
この知見は、コーゼーションとエフェクチュエーションが相互排他的な概念ではなく、状況の不確実性度合いや経営者の認知に応じて動的にブレンドされるべき補完的な経営ツールであることを、独立した二つの研究——異なる国、異なる方法論、異なるサンプル——が収斂的に支持していることを意味する。
両利き経営の実践的含意
危機対応における段階的適用
本研究の知見を実践に翻訳すると、危機対応における意思決定は以下のような段階的構造として理解できる。
危機の初動段階では、コーゼーション的アプローチによる準備態勢の発動が優先される。キャッシュリザーブの確認、従業員の安全確保、契約上の義務の確認、法規制の把握といった、コントロール可能な領域の安定化が不可欠である。この基盤がなければ、エフェクチュエーション的な探索行動を開始する余裕が生まれない。
安定化の基盤が確保された段階で、エフェクチュエーション的アプローチによるアジリティの発動が可能となる。手元のリソースの棚卸し、パートナーとの協働可能性の探索、小規模な実験の開始といった行動が、新たな機会の発見と環境適応を促進する。
両者は時間的に厳密に分離されるわけではなく、危機の進展とともに同時並行的に作動する。認知的・合理的な羅針盤の能力は、この同時並行的な作動を可能にする高度な認知的スキルであり、経営者の経験と学習によって発達するものと考えられる。
教育的含意
両利きの意思決定能力の育成は、アントレプレナーシップ教育に対しても重要な示唆を含んでいる。従来のビジネススクール教育がコーゼーション的スキル(事業計画作成、市場分析、財務モデリング)に偏重してきた一方で、近年はエフェクチュエーション教育への転換が叫ばれている。しかし本研究は、どちらか一方への偏重ではなく、両論理を状況に応じて使い分ける認知的柔軟性の育成こそが教育の目標であるべきことを示唆している。
関連記事として「エフェクチュエーション・サイクル」、「エフェクチュエーションと企業革新」も参照されたい。
参考文献
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Monllor, J., Pavez, I., & Pareti, S. (2022). Effectuation and causation configurations for business model innovation in the gastronomic industry during the COVID-19 pandemic. Frontiers in Psychology, 13, 786948.
- Korber, S., & McNaughton, R. B. (2018). Resilience and entrepreneurship: A systematic literature review. International Journal of Entrepreneurial Behavior & Research, 24(7), 1129–1154.
- Bosatto, R., & Lima, E. (2023). Effectuation and entrepreneurship facing crises: A review. Revista de Empreendedorismo e Gestão de Pequenas Empresas, 12(3), e2250.
- Shirokova, G., Osiyevskyy, O., & Bogatyreva, K. (2020). Exploring the intention–behavior link in student entrepreneurship: Moderating effects of individual and environmental characteristics. European Management Journal, 38(4), 570–581.
- Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.