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G-DロジックからS-Dロジックへ——マーケティングの存在論的転換

Goods-Dominant LogicからService-Dominant Logicへのパラダイムシフトを多次元比較表で解説。交換価値から使用価値へ、企業中心からアクター中心への転換を論じる。

約12分
目次

産業革命が生んだ「モノ中心主義」の論理

マーケティング理論の根底には、200年以上にわたって暗黙の前提として機能してきたパラダイムが存在する。**Goods-Dominant Logic(G-Dロジック)**と呼ばれるその思考枠組みは、産業革命以降の経済学とマーケティングを支配し、「有形財(モノ)の効率的な生産と市場での交換こそが富の創出である」という世界観を形成してきた(Vargo & Lusch, 2004)。

G-Dロジックにおいて、価値は企業の製造プロセスの中で製品に「埋め込まれる(embedded)」ものとして理解される。原材料(オペランド資源)に労働や技術が加えられることで製品の価値が増大し、その価値は市場における取引——すなわち交換価値(value-in-exchange)——として価格という形で実現される。ここでの顧客は、企業が創出した価値を購入し「消費(あるいは破壊)」する受動的な存在に過ぎない。

オペランド資源への依存

G-Dロジックが競争優位の源泉として重視するのは、オペランド資源(operand resources)——すなわち操作の対象となる有形資産、天然資源、設備、在庫などの物理的リソースである。この視座において、企業の戦略的関心は「いかに効率的にモノを作り、いかに大量に市場へ流通させるか」という最適化問題に集約される。McCarthyの4P(Product, Price, Place, Promotion)に代表されるマーケティング・ミックスは、まさにこの企業中心的な操作変数の体系である(McCarthy, 1960)。

「顧客へのマーケティング」という一方向性

G-Dロジックのマーケティング視座は、企業から顧客への一方向的な働きかけ——Marketing to customers——として特徴づけられる。企業はターゲット市場を特定し、製品を最適にポジショニングし、プロモーション活動によって顧客の購買行動を誘導する。この構図において、顧客はマーケティング活動の「対象(target)」であり、価値創造プロセスへの能動的な参加者としては想定されていない。

S-Dロジックの登場——サービスと共創への転換

2004年、Vargo & LuschはJournal of Marketingに発表した論文”Evolving to a New Dominant Logic for Marketing”において、マーケティング理論の存在論的な転換を提起した。Service-Dominant Logic(S-Dロジック)と名付けられたこの新たなパラダイムは、すべての経済活動の根本的基盤を「他者の利益のための知識とスキルの適用」すなわちサービスであると再定義した(Vargo & Lusch, 2004)。

有形財は「媒体」に過ぎない

S-Dロジックの革新性は、有形財の位置づけを根本的に転換したことにある。製品はそれ自体が経済活動の最終目的ではなく、サービスを提供し知識やスキルを伝達するための**物理的メカニズム(媒体)**に過ぎない。ドリルを購入する顧客が本当に求めているのはドリルという「モノ」の所有ではなく、「穴を開ける」というサービスへのアクセスである。

交換価値から使用価値へ

G-Dロジックが価格という形で顕在化する交換価値を重視するのに対し、S-Dロジックでは価値は顧客が資源を使用する過程で独自の文脈において決定される**使用価値(value-in-use)として認識される(Vargo & Lusch, 2004)。同じ製品やサービスであっても、使用される文脈——顧客の知識水準、文化的背景、生活状況——が異なれば、創出される価値は全く異なるものとなる。この認識は、価値が製品に内在する客観的属性ではなく、受益者の経験を通じて現象学的(phenomenologically)**に構築されるものであることを意味している。

顧客の再定義——受動的受容者から資源統合者へ

S-Dロジックがもたらした最も重要な転換の一つは、顧客の役割の根本的な再定義である。G-Dロジックにおける顧客は「製品と価値の受動的な受容者」であったが、S-Dロジックでは顧客は**能動的な資源統合者(resource integrators)**として位置づけられる。顧客は自らの持つ個人的資源——時間、知識、労力、社会的ネットワーク——と企業が提供する市場資源を統合し、自らの目的を達成するプロセスにおいて価値を共創する存在である(Vargo & Lusch, 2016)。

多次元比較——二つのパラダイムの構造的差異

G-DロジックからS-Dロジックへの転換は、個別の概念の修正ではなく、マーケティングの存在論そのものの書き換えである。以下の多次元比較表は、両パラダイムの構造的差異を体系的に整理したものである。

比較次元G-DロジックS-Dロジック
経済活動の中心有形財の効率的な生産と交換サービス(知識・スキルの適用)の交換
価値創造のメカニズム企業が製造過程で製品に価値を埋め込むアクター間の動的な相互作用により共創される
価値の根本概念交換価値(市場取引時点で実現)使用価値(顧客の文脈で現象学的に決定)
製品の役割経済活動の最終目的物サービスを伝達するための媒体
顧客の位置づけ価値の受動的な受容者・ターゲット能動的な資源統合者・協働パートナー
企業の役割価値の唯一の創造者・流通の統制者価値提案(value propositions)の提示者
競争優位の源泉オペランド資源(有形資産・原材料)オペラント資源(知識・専門性・関係性)
マーケティングの方向顧客「へ」の一方向的マーケティング顧客・パートナー「と」の双方向的マーケティング

オペラント資源への重心移動

S-Dロジックにおける競争優位の源泉は、G-Dロジックが重視した有形資産(オペランド資源)から、**オペラント資源(operant resources)**へと完全にシフトする。オペラント資源とは、他の資源を操作し変換する能力を持つ無形資源——知識、専門性、技能、組織的ケイパビリティ、ステークホルダーとの関係性——を指す(Vargo & Lusch, 2004)。

この転換は、企業の持続的競争優位が工場設備や原材料の保有量ではなく、学習能力、イノベーション力、顧客との関係構築力といった動的なケイパビリティに依存することを宣言するものである。エフェクチュエーション理論が「手中の鳥の原則」で強調する3つの手段——「自分が何者であるか(アイデンティティ)」「何を知っているか(知識・経験)」「誰を知っているか(ネットワーク)」——は、まさにこのオペラント資源の具体的な内容に他ならない(Sarasvathy, 2008)。

「to」から「with」へ——マーケティング視座の転換

G-DロジックにおけるMarketing to customersからS-DロジックにおけるMarketing with customersへの転換は、単なるコミュニケーション手法の変更ではない。それは、マーケティングの目的そのものの再定義を意味する。

Marketing toのパラダイムでは、企業が市場を分析し、最適な製品を設計し、効果的なプロモーションによって顧客の行動を制御することが目標となる。一方、Marketing withのパラダイムでは、企業と顧客を含むすべてのアクターが**A2A(Actor-to-Actor)**のネットワーク上で資源を統合し合い、相互作用を通じて価値を共創するプロセスそのものがマーケティングの本質となる(Vargo & Lusch, 2016)。

この視座の転換は、エフェクチュエーション理論の「クレージー・キルトの原則」と深く共鳴する。競合分析に基づくポジショニング戦略ではなく、自己選択的に参加するステークホルダーとの事前コミットメントを通じて市場を共に構築していくアプローチは、Marketing withの思想を実践レベルで体現するものである(Read et al., 2009)。

存在論的転換が意味するもの

G-DロジックからS-Dロジックへのパラダイムシフトは、「サービス産業のための特殊理論」の出現ではない。製造業を含むあらゆる産業に適用可能な普遍的枠組みの登場であり、市場とは何か、価値とは何か、企業と顧客の関係とは何かという存在論的な問いに対する回答の根本的な書き換えである。

この転換が不確実性の高い現代のビジネス環境において特に重要性を増すのは、予測不可能な市場においてこそ、手元のオペラント資源を起点としたステークホルダーとの共創——エフェクチュエーションが説く非予測的コントロールの論理——が有効に機能するからである。S-Dロジックという存在論的基盤の上に、エフェクチュエーションという実践的行動原理が接続されることで、不確実性の時代における新たなマーケティングのパラダイムが形成されつつある。

関連記事として「エフェクチュエーションと価値共創」「エフェクチュエーションとマーケティング」も参照されたい。


参考文献

  • McCarthy, E. J. (1960). Basic Marketing: A Managerial Approach. Richard D. Irwin.
  • Read, S., Dew, N., Sarasvathy, S. D., Song, M., & Wiltbank, R. (2009). Marketing under uncertainty: The logic of an effectual approach. Journal of Marketing, 73(3), 1–18.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Vargo, S. L., & Lusch, R. F. (2004). Evolving to a new dominant logic for marketing. Journal of Marketing, 68(1), 1–17.
  • Vargo, S. L., & Lusch, R. F. (2016). Institutions and axioms: An extension and update of service-dominant logic. Journal of the Academy of Marketing Science, 44(1), 5–23.

参考書籍

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