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起業家的レジリエンス研究の系譜と体系化の必要性
レジリエンス(resilience)という概念は、心理学、生態学、工学、災害管理など多様な学問分野で用いられてきた。しかし、起業家精神(entrepreneurship)の文脈でレジリエンスがいかに機能するかについては、長らく体系的な整理が不足していた。個別の研究が「起業家の心理的タフネス」「失敗からの再起」「地域経済の復興」といった異なる切り口からレジリエンスを論じてきたものの、それらを横断的に統合する理論的枠組みは存在しなかったのである。
Korber & McNaughton(2018)は、この学術的空白を埋めるべく、経営学・心理学・社会学・災害管理にまたがる文献を網羅的に精査した体系的文献レビュー(Systematic Literature Review: SLR)を実施した。同研究の最大の意義は、起業家的レジリエンスを単一の特性や能力として捉えるのではなく、複数の学問的視座が交差する多層的・動的なプロセスとして再定義した点にある。
レジリエンス概念の限界と再定義
従来のレジリエンス研究における支配的な定義は、「逆境やショックから元の状態に復帰する力」、すなわちBouncing Backであった。この定義は、災害後の物理的インフラの復旧や、心理的トラウマからの回復といった文脈では有効に機能する。しかし、起業家的行動の分析においては、根本的な限界を抱えている。
起業家が直面する危機——市場の崩壊、パンデミック、技術的破壊——は、しばしば「元の状態」そのものを消滅させる。店舗型ビジネスの物理的前提が崩れ、国際航空輸送の需要が蒸発し、サプライチェーンの構造が不可逆的に変化した状況において、「元に戻る」という目標設定自体が非合理的となる。Korber & McNaughton(2018)は、この問題を正面から捉え、レジリエンスをBouncing Forward——すなわちショックを吸収し、環境に適応し、さらにビジネスモデルを根本から変革して新たな次元へ進化する動的プロセス——として再概念化した。
この再定義は、エフェクチュエーション理論との接続において決定的な意味を持つ。Sarasvathy(2001)が提唱したエフェクチュエーションは、予測不可能な未来を「コントロールと行動によって創り出す」という思考様式に基づく。Bouncing Forwardの概念もまた、危機以前の均衡状態への回帰ではなく、危機を契機とした新たな均衡の創出を志向する。両者は、不確実性を所与の前提としたうえで、行為主体(エージェント)の能動的な行動によって未来を形成するという認識論的基盤を共有しているのである。
6つの学術的対話(Research Streams)の構造
Korber & McNaughton(2018)のフレームワークの中核をなすのが、レジリエンスと起業家精神が交差する**6つの学術的対話(Research Streams)**の特定と構造化である。各ストリームは異なる分析レベルと理論的関心を持ちながら、相互に補完し合う関係にある。
第1ストリーム:起業家・企業の特性としてのレジリエンス
第1の対話は、レジリエンスを創業者や組織に内在する心理的資本として捉える視座である。自己効力感、楽観主義、決意、忍耐力といった個人的特性が、危機下における意思決定の質と速度を規定する。COVID-19パンデミック初期の極度の混乱において、経営者の高い自己効力感と不確実性への耐性が、組織全体の意思決定麻痺を防ぐ原動力となった事例は数多く報告されている。
第2ストリーム:起業家的意図を誘発するトリガー
第2の対話は、危機そのものが新たな事業創造のプッシュ要因として機能するメカニズムを探求する。失業、市場崩壊、経済的困窮は、必ずしも起業家精神を抑制するわけではない。むしろ、既存の雇用や事業の消失が、生存戦略としての起業を促進する。パンデミック下でのレイオフを契機に、サイドビジネスやスピンオフ事業が多数創出された現象は、このストリームの実証的裏づけとなっている。
第3ストリーム:組織レジリエンスを高める起業家的行動
第3の対話は、エフェクチュエーション理論の実践と最も直接的に対応するストリームである。イノベーション、プロアクティブな機会認識、効果的なリソース再配分といった起業家的行動が、組織全体の回復力と適応力を強化するメカニズムを解明する。既存の枠組みにとらわれないビジネスモデル革新(BMI)を通じて混乱を乗り切る行動原理は、手中の鳥原則やレモネード原則の発露そのものである。
第4ストリーム:マクロレベルのレジリエンスへの貢献
第4の対話は、個々の起業家やSMEが自社の利益を超えて地域社会やコミュニティのレジリエンスを構築する役割に注目する。パンデミック下での医療用防護具の不足に対する製造業の異業種連携や、地域飲食店によるデリバリーネットワークの共同構築は、企業が社会的課題の解決を通じてマクロレベルの復元力に貢献した事例である。
第5ストリーム:失敗からの学習と再起
第5の対話は、事業の失敗や深刻な挫折からの心理的・財務的回復プロセスに焦点を当てる。強制的な閉業を経験した起業家が、異なる業態(ゴーストレストランやオンライン専業)で再起を図るプロセスは、二重ループ学習——行動の修正だけでなく、行動の前提そのものを問い直す学習——を伴う。Khurana et al.(2022)が蒸留所の事例で示した起業家的学習のメカニズムは、このストリームの延長線上に位置づけられる。
第6ストリーム:回復と変革のプロセスとしてのレジリエンス
第6の対話は、レジリエンスを時間軸に沿って継続的に変化する動的プロセスとして位置づける。一時的なビジネスモデルのピボットが恒久的なデジタルトランスフォーメーション(DX)へと昇華する現象は、レジリエンスが単発の反応ではなく、環境への継続的適応のプロセスであることを示している。
ミクロ・メソ・マクロの多層的相互作用
Korber & McNaughton(2018)のフレームワークが提供するもう一つの重要な洞察は、起業家的レジリエンスがミクロ(個人の心理的資本)、メソ(組織のルーティンと戦略的行動)、マクロ(地域・経済システム)の3つのレベルで相互に作用しながら構築されるという多層的視座である。
ミクロレベルでは、起業家個人の不確実性への耐性や自己効力感がエフェクチュエーション的行動の心理的基盤を形成する。Nelson & Lima(2020)が指摘した「ディズエフェクチュエーション」——トラウマにより行動が凍りつく現象——は、ミクロレベルの心理的資本が欠如した場合にメソレベルの戦略的行動が起動しないことを実証的に示している。
メソレベルでは、手中の鳥原則による既存リソースの柔軟な活用、クレイジーキルト原則によるステークホルダーとのパートナーシップ構築、レモネード原則による偶発性の機会変換といったエフェクチュエーションの諸原則が、組織の具体的な戦略的行動として機能する。
マクロレベルでは、個別企業の行動が集積することで、地域経済やサプライチェーン全体のレジリエンスが形成される。ドイツ・ミュンスター地方のデジタルビアガーデン事例(Monllor et al., 2022)は、12の飲食企業がクレイジーキルト原則に基づいて連携し、地域全体のデリバリーインフラを共創したケースであり、メソレベルの行動がマクロレベルのレジリエンスに昇華した好例である。
エフェクチュエーションとの理論的接続
この多層的構造とエフェクチュエーション理論との接続は、以下のように整理できる。パンデミックのようなマクロレベルのシステミック・ショックに対して、企業が事前に完璧な事業継続計画を用意することは不可能である。したがって、起業家はミクロレベルでの心理的レジリエンスを基盤としつつ、メソレベルでの行動論理としてエフェクチュエーションを採用する。エフェクチュエーションの諸原則は、Korber & McNaughtonが提唱した抽象的な「レジリエンス」という概念を、極限状況下における具体的な戦略的行動メカニズムへと変換する実務的なフレームワークとして機能するのである(Bosatto & Lima, 2023)。
Bouncing Forwardの実践的含意
Korber & McNaughton(2018)のフレームワークが学術的・実務的に重要であるのは、レジリエンスの目標を「復旧」から「進化」へと転換させた点にある。この転換は、COVID-19後の実証研究によって繰り返し確認されている。
Radziwon et al.(2022)が分析したAirAsiaの事例では、フリートの98%が地上待機となった危機を契機に、航空会社からデジタル・ライフスタイル企業への転換が実行された。同社は元の航空事業に「戻る」のではなく、危機以前には存在しなかった新たな事業領域へと「前方に跳躍」した。この行動は、Bouncing Forwardの概念を大企業レベルで実証した最も説得力のある事例の一つである。
同様に、イタリアのホスピタリティSME 80社を対象としたPLS-SEM研究は、コーゼーションによる準備態勢とエフェクチュエーションによるアジリティの統合がレジリエンスを生むことを統計的に証明し、Bouncing Forwardが単なる理念ではなく、測定可能な組織能力であることを示した。
Korber & McNaughtonの理論フレームワークは、起業家的レジリエンスの研究において、散在していた知見を統合し、今後の研究と実践の双方に対して明確な方向性を提供している。エフェクチュエーション理論の実践者にとって、同フレームワークは、自らの行動がいかなるレベルで、いかなるメカニズムを通じてレジリエンスに寄与するかを理解するための不可欠な知的基盤となるであろう。
関連記事として「レモネードの原則」、「エフェクチュエーションと危機管理」も参照されたい。
参考文献
- Korber, S., & McNaughton, R. B. (2018). Resilience and entrepreneurship: A systematic literature review. International Journal of Entrepreneurial Behavior & Research, 24(7), 1129–1154.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Nelson, R. E., & Lima, E. (2020). Effectuations, social bricolage and causation in the response to a natural disaster. Small Business Economics, 54(1), 281–300.
- Bosatto, R., & Lima, E. (2023). Effectuation and entrepreneurship facing crises: A review. Revista de Empreendedorismo e Gestão de Pequenas Empresas, 12(3), e2250.
- Radziwon, A., Bogers, M., Chesbrough, H., & Minssen, T. (2022). Ecosystem effectuation: Creating new value through open innovation during a pandemic. R&D Management, 52(2), 376–390.
- Monllor, J., Pavez, I., & Pareti, S. (2022). Effectuation and causation configurations for business model innovation in the gastronomic industry during the COVID-19 pandemic. Frontiers in Psychology, 13, 786948.
- Khurana, I., Dutta, D. K., & Ghura, A. S. (2022). Crisis and arbitrage opportunities: The role of causation, effectuation and entrepreneurial learning. International Journal of Entrepreneurial Behavior & Research, 28(5), 1258–1282.
- Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.