理論 | 論文 NEW

S-Dロジックの5公理とエフェクチュエーション——制度化プロセスの精緻化

Vargo & Lusch(2004, 2016)の11の基本前提と5公理を詳細に解説。Kaartemo et al.(2018)による制度化プロセスへのエフェクチュエーション統合を論じる。

約14分
目次

11の基本前提から5つの公理へ——理論の成熟過程

Service-Dominant Logic(S-Dロジック)は、2004年の提唱以来、世界中の研究者との学際的対話を通じて精緻化を重ねてきた。Vargo & Luschは当初10の基本前提(Foundational Premises: FPs)を提示したが、2008年にFP10を追加して11の基本前提に拡張し、さらに2016年のアップデートで、その中核となる5つの**上位公理(Axioms)**を抽出した(Vargo & Lusch, 2016)。

この理論的整理は単なる学術的形式の問題ではない。5つの公理への集約は、S-Dロジックが個別の二者間取引(ダイアド)を超えて、複雑なシステムレベルでの価値共創メカニズムを説明するメタ理論へと進化したことを示している。特に2016年のアップデートで追加された第5公理(FP11)は、**制度(institutions)サービス・エコシステム(service ecosystems)**という概念を導入することで、理論の射程を飛躍的に拡張した。

5つの公理の詳細分析

第1公理(FP1):サービスは交換の根本的基盤である

すべての経済的・社会的アクターは、自身の物理的および精神的スキル(オペラント資源)を用いて他者に奉仕し、その見返りとして他者の適用されたスキルによる奉仕を受け取っている。貨幣や有形製品を介した間接的な交換は、この根本的な**「サービス対サービス(service-for-service)」**の交換を覆い隠しているに過ぎない(Vargo & Lusch, 2004)。

この公理の実践的含意は深い。自動車メーカーは「車」という有形財を売っているのではなく、「移動」というサービスを提供している。ソフトウェア企業は「コード」を売っているのではなく、「業務プロセスの効率化」というサービスを提供している。マーケターに求められるのは、自社が販売している物理的製品の背後にある真の提供サービスを再定義することである。

第2公理(FP6):価値は常に複数のアクターによって共創される

企業単独で価値を創造し、それを顧客へ一方的に伝達することは論理的に不可能である(Vargo & Lusch, 2004)。企業ができることは、潜在的な価値の約束である**価値提案(value propositions)**を市場に提示することのみである(FP7)。実際の価値は、顧客がその価値提案を受け入れ、自らの生活空間や業務プロセスの中で他の資源——時間、関連知識、インフラなど——と結びつけ、使用するプロセスにおいて初めて顕在化する。

この公理は、マーケティングにおける「価値の伝達(value delivery)」という表現自体が誤解を含むことを示唆する。企業は価値を「届ける」のではなく、顧客が価値を創出するための**ファシリテーター(促進者)**として機能する。

第3公理(FP9):すべての経済的・社会的アクターは資源統合者である

価値共創のネットワークにおいて、企業も顧客もサプライヤーも政府機関も、本質的な役割は同一である。すべての主体は市場(企業提供物)、公共(インフラ、法律)、および個人(個人的スキル、社会的関係)の多様なソースから資源を獲得し、それらを統合することで独自の価値を生み出す資源統合者として機能する(Vargo & Lusch, 2016)。

この認識は、B2B・B2C・C2Cといった従来の区分を無効化する。すべてのアクターが資源統合者であるという前提に立てば、市場における関係性はすべて**A2A(Actor-to-Actor)**のネットワークとして再概念化される。この水平的なアクター観は、エフェクチュエーションの「クレージー・キルトの原則」——顧客、サプライヤー、競合者の区別なく、コミットメントを示すすべてのステークホルダーをパートナーとして受け入れる——と深い構造的親和性を持つ(Sarasvathy, 2008)。

第4公理(FP10):価値は常に受益者によって独自かつ現象学的に決定される

価値は製品のスペックや投下された労働量によって客観的に測定されるものではない。価値の認識は、サービスを受ける受益者の特定の状況、文化的背景、過去の経験、および個人的な文脈に深く依存して現象学的に構築される(Vargo & Lusch, 2016)。

同じクラウドサービスであっても、ITリテラシーの高いユーザーが効率化を実感する場合と、技術に不慣れなユーザーが混乱を感じる場合とでは、創出される価値は正反対である。この公理は、企業にパーソナライゼーションと文脈への深い適応を要求すると同時に、価値の標準化や均質化が本質的に不可能であることを理論的に裏付ける。

第5公理(FP11):価値共創はアクターが生成した制度によって調整される

2016年のアップデートで追加されたこの公理は、S-Dロジックにとって最も重要な理論的拡張である。サービス・エコシステムとは、サービスの交換を通じて共有された「制度」によって結びついたアクターのネットワークであり、この「制度」は公式な法律や規則だけでなく、インフォーマルな社会規範、信念、意味づけ、シンボル、ヒューリスティクスなどの**制度的取り決め(institutional arrangements)**を包括する概念である(Vargo & Lusch, 2016)。

市場は単なる取引の場ではなく、協働と調整のための制度的インフラストラクチャとして再定義される。価値共創は真空状態で行われるのではなく、制度的ルールに準拠しながら、あるいは既存のルールを破壊し新たなルールを構築しながら進められる。

2016年アップデートの理論的意義

第5公理の追加は、S-Dロジックに3つの重要な理論的進展をもたらした。

第一に、分析のレベルがダイアド(二者間関係)からエコシステム(多者間ネットワーク)へと拡張された。価値共創を企業と顧客の一対一の関係として理解するのではなく、多数のアクターが制度的取り決めを通じて協調するシステムレベルの現象として捉えることが可能になった。

第二に、イノベーションの再定義が可能になった。イノベーションとは単なる技術的発明ではなく、サービス・エコシステム内における「動的な資源の新規かつ有用な統合」であり、それが機能するためには新たな市場慣行や社会的ルールの制度化が必要となる。

第三に、制度的実践(institutional work)——既存の制度を破壊する(breaking)、新たな制度を構築する(making)、既存の制度を維持する(maintaining)——という動態的なプロセスに理論的な光が当てられた。

Kaartemo et al.(2018)による制度化メカニズムの精緻化

S-Dロジックの第5公理が制度化の重要性を指摘しながらも、既存の制度を破壊し新たな制度を構築する動的プロセスがいかにしてミクロレベルの行動から生起するかという問いは、マクロ理論であるS-Dロジック単体ではブラックボックス化されがちであった。

Kaartemo, Nenonen, & Windahl(2018)は、この理論的空白をエフェクチュエーション理論によって埋めることを提案した。エフェクチュエーションの行動原則が、制度化プロセスを2つの変換メカニズムを通じて精緻化するという分析である。

実験による価値提案の創出

S-Dロジックにおける「価値提案」は、他のアクターに対して価値共創への参加を促す「招待状」として機能する。しかし、不確実性の高い環境では、どのような価値提案が受け入れられるかを事前に予測することはできない。

エフェクチュエーションの**「許容可能な損失の原則」「レモネードの原則」に基づく反復的な実験(experimentation)**は、この招待状を洗練させる不可欠なプロセスとなる(Kaartemo et al., 2018)。許容可能な損失の範囲内でスモールベットを繰り返し、予期せぬ反応や偶発的事象をテコとして活用することで、アクターはどの資源結合がエコシステムにおいて現象学的な価値を生み出すかを探索する。

交渉によるアクターのエンゲージメント

提示された価値提案が制度化されるためには、他のアクターからの合意とコミットメントが必要である。エフェクチュエーションの**「クレージー・キルトの原則」に基づく多様なアクターとの多角的な交渉(negotiation)**プロセスが、この役割を担う(Kaartemo et al., 2018)。

交渉を通じたステークホルダーの自己選択的な関与(actor engagement)が高まることで、新しい価値提案に対する支持基盤が形成される。各アクターが独自の資源を持ち寄り、事前コミットメントを交わすことで、当初想定していなかった新たな価値提案の形が立ち現れる。この支持基盤がやがてエコシステムにおける新たな「ルール」や「規範」として定着(維持:maintaining)していく。

A2Aネットワークとエフェクチュエーションの接続

第3公理が示すA2Aネットワークの視座と、エフェクチュエーションのクレージー・キルトの原則は、アクターの役割の流動性という点で深く共鳴する。

A2Aネットワークにおいて、すべてのアクターは資源統合者として対等であり、「企業」「顧客」「サプライヤー」「競合者」という固定的なラベルは本質的な区分ではなくなる。同様に、クレージー・キルトの原則では、ある場面で顧客であった主体が次の場面ではR&Dパートナーとなり、さらにはサービスの伝道者となるという役割の動的変容を積極的に許容する(Read et al., 2009)。

この構造的共鳴は、S-Dロジックが描くマクロ的な市場構造と、エフェクチュエーションが解明するミクロ的な行動原理が、異なるレベルにおいて同一の現象を記述していることを示唆している。制度化プロセスにおけるエフェクチュエーションの統合は、サービス・エコシステムがいかにして「ボトムアップ」に形成され、維持され、変革されるかを解明するための理論的架橋として機能する。マクロ理論としてのS-Dロジックの記述力と、ミクロ理論としてのエフェクチュエーションの処方力が結合することで、不確実性下における価値共創と市場形成の理解は新たな段階に入りつつある。

関連記事として「エフェクチュエーションとサービス・ドミナント・ロジック」「エフェクチュエーションと価値共創」も参照されたい。


参考文献

  • Kaartemo, V., Nenonen, S., & Windahl, C. (2018). Enhancing the understanding of processes and outcomes of innovation: The contribution of effectuation to S-D logic. In S. L. Vargo & R. F. Lusch (Eds.), The SAGE Handbook of Service-Dominant Logic (pp. 522–535). SAGE Publications.
  • Read, S., Dew, N., Sarasvathy, S. D., Song, M., & Wiltbank, R. (2009). Marketing under uncertainty: The logic of an effectual approach. Journal of Marketing, 73(3), 1–18.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Vargo, S. L., & Lusch, R. F. (2004). Evolving to a new dominant logic for marketing. Journal of Marketing, 68(1), 1–17.
  • Vargo, S. L., & Lusch, R. F. (2016). Institutions and axioms: An extension and update of service-dominant logic. Journal of the Academy of Marketing Science, 44(1), 5–23.

参考書籍

関連する記事

  1. 01 女性起業家とエフェクチュエーション:不確実性への適応が描く新しい起業モデル
  2. 02 エフェクチュエーションにおけるピボットの再解釈——偶発性の戦略的活用
  3. 03 熟達した起業家 vs 初心者:意思決定プロセスの根本的違い
  4. 04 エコシステム・エフェクチュエーション——オープンイノベーションによる価値共創
  5. 05 G-DロジックからS-Dロジックへ——マーケティングの存在論的転換
  6. 06 市場の可塑性——エフェクチュエーションとS-Dロジックが描く市場共創論