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社会的インパクトとエフェクチュエーション:NPO・社会起業家の意思決定原則

Sarasvathyの理論がソーシャルセクターにどう適用されるかを解説。Corner & Ho(2010)等の社会的起業家研究を引用し、「利益最大化」ではなく「インパクト創出」が目的の場合のAffordable Lossの再定義と実践的含意を論じる。

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目次

「利益最大化」を目的としない起業家理論

起業家理論の多くは、経済的利益の創出を中心に設計されている。期待リターンの最大化、市場シェアの拡大、Exit戦略の設計——こうした概念は、利益最大化を目的とするビジネス起業家を想定したモデルだ。では、NPO・社会的企業・コミュニティ組織など、「インパクト創出」を目的とする起業家にはどの理論が適用できるか

この問いに対して、エフェクチュエーション理論は興味深い答えを提示する。Corner & Ho(2010)は、社会的起業家の意思決定プロセスを分析し、エフェクチュエーション的な行動パターンが社会的起業においても観察されることを示した(Corner & Ho, 2010, pp. 635–637)。社会的起業家は、市場機会の認識から出発する経済的起業家とは異なり、社会問題との偶発的な出会いと既存の手段の組み合わせから機会を構築するプロセスを取ることが多い。

Sarasvathy(2001)が提唱したエフェクチュエーション理論の核心は「コントロールできる限り、予測する必要はない」という命題だ(Sarasvathy, 2001, p. 245)。社会問題の解決という不確実性の高い目標を持つ社会起業家にとって、この命題は特に強い意味を持つ。エフェクチュエーション全体の概要は「エフェクチュエーションとは何か」で確認されたい。

社会起業家における「手中の鳥」の特徴

Sarasvathy(2008)が定義する手中の鳥の原則は、「Who I am / What I know / Whom I know」の3カテゴリから出発する(Sarasvathy, 2008, pp. 15–16)。社会起業家の文脈では、これらの手段が持つ意味合いが経済的起業家とは異なる。

Who I amとしての当事者性。 社会起業家の多くは、解決しようとする問題の当事者または近接者だ。障害を持つ子どもの親が特別支援教育の問題を解決しようとする、貧困地域出身者が就労支援の課題に取り組む——この「当事者として知っている痛み」は、市場調査では得られない深い理解だ。当事者性こそが社会起業家の最も強力な「Who I am」の手段になる。

What I knowとしての問題の内側の知識。 社会問題は複雑な構造を持ち、「外側から見えるもの」と「内側にいて初めて分かるもの」の乖離が大きい。子ども食堂を運営する社会起業家は、「貧困家庭の食の問題」の統計データより、「なぜ支援が届かないか」という運用上の障壁を現場で知っている。この暗黙知が、解決策の設計に決定的な影響を与える。

Whom I knowとしての当事者コミュニティ。 社会起業家が持つネットワークは、経済的起業家が持つ業界人脈とは構造が異なることが多い。当事者コミュニティ、支援者グループ、関連NPO、地域の協力者——これらは「投資家の紹介が得られる」ような弱い紐帯ではないが、「この問題を本当に解決したい」という強いコミットメントを持つパートナー候補だ。Corner & Ho(2010)が観察したのも、社会的起業家が「自発的コミットメントを持つ人々との協働から機会を構築する」というクレイジーキルト的なプロセスだった(Corner & Ho, 2010, pp. 640–642)。

Affordable Lossの再定義:「損失」の意味が変わる

許容可能な損失の原則の核心は、**「最悪の場合に失うものが許容できる範囲かどうかで意思決定する」**ことにある(Sarasvathy, 2008, pp. 37–41)。この原則を社会起業に適用するとき、「損失」の意味が根本的に変わる。

金銭的損失の再定義。 NPOや社会的企業は「利益最大化」を目的としないため、「失っていい金額」の計算が経済的起業とは異なる。補助金・助成金の申請コスト、ボランティアの時間、寄付者からの信頼——これらすべてがAffordable Lossの金銭的軸に含まれる。重要なのは、**「このプロジェクトが失敗したとき、次の活動の資源が残るか」**という問いだ。一つのプロジェクトの失敗が組織全体の持続可能性を危うくする規模の投資は、許容可能な損失を超えている。

時間的損失の再定義。 社会起業家は多くの場合、経済的報酬より少ない条件で長時間働く。時間的な許容可能な損失は、「バーンアウトなく活動を続けられるか」を基準に設定する必要がある。Corner & Ho(2010)が指摘するように、社会的起業家の持続可能性を脅かす最大のリスクは資金より「熱意の消耗」だ(Corner & Ho, 2010, pp. 648–650)。

評判的損失の特殊性。 NPOや社会的企業における評判は、経済的企業より一層重要だ。寄付者・行政・受益者・コミュニティからの信頼が運営の基盤になるため、「評判的に許容できない失敗」の定義を事前に明確にすることが特に重要だ。資金の不透明な使途、受益者への不適切な対応、コミットメントの未履行——こうした失敗は、組織の存続を危うくする評判リスクだ。

レモネード原則:社会問題の「偶発性」を機会に変える

Corner & Ho(2010)が社会的起業家の研究で観察した重要な特徴の一つは、**「意図せぬ接触から機会が生まれる」**プロセスだ(Corner & Ho, 2010, p. 642)。これはSarasvathy(2008)のレモネード原則——予期せぬ出来事を避けるのではなく積極活用する——と直接対応している。

社会的起業の文脈では、レモネード原則の適用機会は特に豊富だ。当初は特定のコミュニティ向けに設計した支援プログラムが、全く異なる属性の受益者に有効だと判明する。限られた予算でやむを得ず採用したローテクな手法が、高コストのシステムより効果的だと分かる。行政の政策変更という「脅威」が、新しい連携の機会を生む——こうした転換を機会として読む感受性がレモネード原則の実践だ。

重要なのは、「計画通りに進まないこと」をプロジェクトの失敗と捉えず、手段の再定義の機会として捉えるフレームを組織文化として持つことだ。Sarasvathy(2008)が観察した熟達した起業家は、予期せぬ出来事に対して「なぜ計画が狂ったか」より「この状況で何ができるか」を先に問う(Sarasvathy, 2008, pp. 18–19)。

「インパクト」をAffordable Lossで測る:実践的フレームワーク

社会起業家向けのAffordable Loss設計を具体的に示す。経済的起業との最大の違いは、「損失の許容範囲」と同時に「インパクトの最低ライン」を定義する必要があることだ。

インパクトの最低ライン設定。 「このプロジェクトが小規模に終わっても、少なくとも何人の受益者に何の価値を届けるか」を事前に定義する。10人の子どもの食事問題を解決することに確実に貢献できる規模の活動を設計し、その範囲でAffordable Lossを計算する。「スケールすれば1万人に届く」という期待より、**「確実に10人に届く設計を作れるか」**から始める発想だ。

フェーズ分割によるリスク管理。 大きな社会変革の目標を一気に追わず、「この半年で答えを得たい問い」を1-2個に絞ったAFM(Affordable Failure Mode)設計をフェーズごとに繰り返す。各フェーズの許容可能な損失を設定し、そのフェーズで学んだことを次のフェーズの手段の棚卸しに反映する。

持続可能性を「手段」として設計する。 社会起業家が陥りやすい罠は、「インパクトのために持続可能性を犠牲にする」ことだ。資金が尽きれば活動も尽きる。「5年間活動を続けられる収益・資金構造を作ること」自体を、手中の鳥の「What I know(事業設計の知識)」として棚卸しに加える。社会的インパクトの持続性は、組織の持続性に依存する。

社会起業とエフェクチュエーション:学術的展望

Corner & Ho(2010)の研究は、社会的起業家研究にエフェクチュエーション理論を適用した先駆的な試みだが、この領域の研究はまだ発展途上だ。Sarasvathy(2008)のオリジナルの研究は経済的起業家を対象としており、社会的起業家への拡張適用については研究の蓄積が求められている

特に重要な研究課題として、以下が挙げられる。第一に、「インパクト」を目的変数とした場合の許容可能な損失の操作的定義。第二に、クレイジーキルト原則が公的セクターやコミュニティとの協働にどう機能するか。第三に、レモネード原則が政策変化や社会的危機(パンデミック等)への対応にどう現れるか。

これらの問いへの答えが蓄積されることで、「社会問題の解決を目的とした起業家」のための意思決定理論が、より精密になるだろう。現時点でも、エフェクチュエーションの5原則は、NPO・社会的企業・コミュニティ組織の実践家が「今ある手段で今日できることから始める」ための有効な思考フレームを提供している。

社会的インパクトを目指す起業家にとって、エフェクチュエーション理論の価値は「計画がなくても始められる」という解放にある。今持っている当事者性・専門知識・コミュニティとのつながりを手段として棚卸しし、許容可能な損失の範囲内で最初の一歩を踏み出す——この実践こそが、社会変革への最も確実な出発点だ。


引用・参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Corner, P. D., & Ho, M. (2010). How opportunities develop in social entrepreneurship. Entrepreneurship Theory and Practice, 34(4), 635–659.
  • Welter, F., & Smallbone, D. (2011). Institutional perspectives on entrepreneurial behavior in challenging environments. Journal of Small Business Management, 49(1), 107–125.
  • Dew, N., Sarasvathy, S. D., Read, S., & Wiltbank, R. (2009). Affordable loss: Behavioral economic aspects of the plunge decision. Strategic Entrepreneurship Journal, 3(2), 105–126.

参考書籍

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