目次
えふぇくちゅえーしょんのどうけいせいもんだい
同型性 効果論——なぜ新しい組織は既存組織に似ていくのか
新規事業や起業の現場で繰り返し観察される現象がある。「先行事例」を参照した事業計画が出来上がり、既存の成功フォーマットに沿って組織が設計され、業界標準と呼ばれる手順が当然のように採用される。個々の判断者は合理的に行動しているにもかかわらず、組織の形はどこか似通っていく。この現象を制度派組織論は「制度的同型化(institutional isomorphism)」として理論化した(DiMaggio & Powell, 1983, p. 147)。
エフェクチュエーションを実践する起業家の多くは、この同型化圧力を意識しないまま受けている。「なぜ競合と同じフォーマットの事業計画書を作っているのか」と問われると、答えに詰まることが多い——「そういうものだから」という規範的同型化の産物であるにもかかわらず、まるで合理的な選択であるかのように感じているからだ。
エフェクチュエーション研究との接点で重要なのは、Sarasvathy(2001)が定式化した起業家的意思決定のプロセスが、この同型化圧力に対する構造的な対抗論理を内包しているという点だ。両理論の交差を整理することは、エフェクチュエーションが「なぜ」コーゼーション的発想と根本的に異なるのかを制度的文脈から照射する試みでもある。
DiMaggio & Powell(1983):制度的同型化の3類型
Paul J. DiMaggio と Walter W. Powell は 1983 年の論文「The Iron Cage Revisited: Institutional Isomorphism and Collective Rationality in Organizational Fields」において、Weber の「鉄の檻(iron cage)」概念を継承しつつ、現代組織がなぜ画一化するかを分析した(DiMaggio & Powell, 1983, American Sociological Review, 48(2), 147–160, ISSN 0003-1224, DOI 10.2307/2095101)。
彼らが提示した制度的同型化の3類型は次のようなものだ。
1. 強制的同型化(Coercive Isomorphism)
政府規制、法的要件、親組織からの要求など、外部の権威による強制的な圧力から生じる同型化だ。規制産業への参入や上場審査対応が典型例で、組織はコンプライアンスとして特定の形式を採用せざるを得ない(DiMaggio & Powell, 1983, p. 150)。
2. 模倣的同型化(Mimetic Isomorphism)
不確実性に直面した組織が、成功していると見なされる他組織を模倣することで生じる同型化だ。「業界標準」「ベストプラクティス」「先行事例」の参照行動がこれに該当する。DiMaggio & Powell(1983)は、不確実性が高いほど模倣行動が強まると指摘した(p. 151)。コンサルタントや業界団体が標準化されたモデルを普及させる役割を担う点も強調されている。
3. 規範的同型化(Normative Isomorphism)
主に専門職化(professionalization)の進行から生じる同型化だ。大学・専門大学院・業界認定機関を通じた職業訓練が「適切な組織のあり方」に関する共通規範を形成し、同じ訓練を受けた専門家が組織横断的に規範を伝播させる(DiMaggio & Powell, 1983, pp. 152–153)。MBA教育で普及したDCF(割引キャッシュフロー)分析や事業計画書フォーマットの均一化は、規範的同型化の産物として解釈できる。
なお DiMaggio & Powell(1983)は、これら3類型は現実の場面では混在・重複しており、厳密に分離して観察されるわけではないと注記している(p. 153)。
Meyer & Rowan(1977)との接続:セレモニーとしての合理性
制度的同型化を理解する上で、DiMaggio & Powell(1983)と並んで参照される先行研究がある。John W. Meyer と Brian Rowan は1977年の論文「Institutionalized Organizations: Formal Structure as Myth and Ceremony」において、組織の公式構造が技術的効率性ではなく、社会的正当性を獲得するための「神話(myth)」と「セレモニー(ceremony)」として機能することを論じた(Meyer & Rowan, 1977, American Journal of Sociology, 83(2), 340–363)。
組織が同型化するのは「賢明で近代的な組織」として認められるためであり、制度的圧力は実際の業務効率とは切り離されたレベルで作用する。起業家が「それらしい事業計画書」を作成することと実際の事業創造プロセスとの乖離を説明する際に、この知見は有用な視座を提供する。
エフェクチュエーションと同型化圧力の緊張関係
Sarasvathy(2001)は、熟達した起業家27名のプロトコル分析を通じて、エフェクチュエーション的意思決定とコーゼーション的意思決定を対比した(Academy of Management Review, 26(2), 243–263, ISSN 0363-7425, DOI 10.5465/AMR.2001.4378020)。
この対比を制度的同型化の文脈に置き直すと、3つの構造が浮かび上がる。
コーゼーションと規範的同型化の親和性:コーゼーション的発想——「目標を設定し、その達成に最適な手段を選択する」アプローチは、MBA型の経営教育や戦略フレームワークの普及と構造的に接続している。DCF分析・TAM(Total Addressable Market)推計・競合分析といった「正しい事業計画の立て方」は、規範的同型化のメカニズムを通じて標準化された認知パターンだ。Sarasvathy(2001)が批判的に論じたように、コーゼーションは既知の市場・既知の手段・予測可能な将来を前提とするが、この前提自体が制度的に構築されたものと解釈できる(p. 245)。
エフェクチュエーションの脱同型化的構造:これに対してエフェクチュエーションは、「手中の鳥(Bird-in-Hand)」原則に見られるように、外部の規範的モデルではなく「自分が今持っているもの(Who I am, What I know, Whom I know)」から出発する。先行事例や業界標準を参照する前に自己の固有資源を棚卸しするという認知的姿勢は、模倣的同型化の起点となる「成功モデルの参照」を構造的に後回しにする。
模倣的同型化への「許容可能な損失」の対抗機能:DiMaggio & Powell(1983)が指摘したように、模倣的同型化は不確実性が高い状況で最も強く作用する(p. 151)。「誰かが成功した方法」に依拠する誘因が不確実性によって強まるからだ。エフェクチュエーションの「許容可能な損失(Affordable Loss)」原則は、この不確実性への対処を期待収益の最大化(=ベストプラクティス参照の動機)ではなく、失っても許容できるリスク量の制御へとシフトさせる。この認知的再フレーミングが、模倣への動機そのものを弱める。
クレイジーキルトと規範的枠組みの撹乱:「クレイジーキルト(Crazy Quilt)」原則——自発的にコミットするステークホルダーとの協力関係構築——は、事前に定義された「適切なパートナーシップの形」を問い直す。規範的同型化のメカニズムを通じて普及した契約形態・提携スキーム・資本政策の標準モデルとは異なる協力関係が、クレイジーキルト的なコミットメント交換から生まれる可能性を内包している(Sarasvathy, 2001, p. 257)。
強制的同型化は例外:エフェクチュエーションが対抗する同型化の限定
重要な留保がある。エフェクチュエーションが対抗論理として機能するのは主として模倣的同型化と規範的同型化に対してであり、強制的同型化に対しては同じ論理が必ずしも適用されない。法規制・許認可・労働法令などの強制的圧力は、組織設計の認知的パターンではなく制度的強制力に由来するものであり、エフェクチュエーション的思考によって回避できるものではない。
エフェクチュエーションの「飛行機のパイロット(Pilot-in-the-Plane)」原則が示す「予測への適応ではなく行動による未来創造」は、行為者が影響を及ぼしうる変数に対してこそ機能する。強制的同型化の文脈では制度的環境そのものへの影響力が限られる場合も多く、この境界条件の認識は理論的に重要だ。
制度派組織論とエフェクチュエーションの理論的位置づけ
DiMaggio & Powell(1983)の制度的同型化論は、組織場(organizational field)という分析単位において、なぜ組織が均質化するかという「収束の説明理論」として機能する。一方でエフェクチュエーション研究は、いかにして起業家が新しい市場・組織形態・産業を創造するかという「発散・創造の説明理論」だ(Sarasvathy, 2001, pp. 259–261)。
両理論は分析レベルと説明方向が異なるが、「制度的規範に形作られた認知パターン」という接続点において対話可能だ。エフェクチュエーションが「なぜ起業家は同型化圧力に完全に服さないのか」を説明するミクロな認知的メカニズムを提供し、制度派組織論がその認知的メカニズムの抵抗対象となる構造的圧力の性質を記述する——そういう相補的関係として理解できる。
関連項目
- エフェクチュエーション
- コーゼーション
- 手中の鳥(Bird-in-Hand)
- 許容可能な損失(Affordable Loss)
- クレイジーキルト(Crazy Quilt)
- 飛行機のパイロット(Pilot-in-the-Plane)
- ナイト的不確実性とエフェクチュエーション
引用・参考文献
- DiMaggio, P. J., & Powell, W. W. (1983). The iron cage revisited: Institutional isomorphism and collective rationality in organizational fields. American Sociological Review, 48(2), 147–160. ISSN 0003-1224. DOI 10.2307/2095101.
- Meyer, J. W., & Rowan, B. (1977). Institutionalized organizations: Formal structure as myth and ceremony. American Journal of Sociology, 83(2), 340–363.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263. ISSN 0363-7425. DOI 10.5465/AMR.2001.4378020.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.