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すてーくほるだーこみっとめんと
コミットメントとは何か——約束ではなく参加の表明
「ステークホルダーにコミットメントを得る」という言葉は広く使われるが、多くの場合それが指すのは「承認を得ること」や「同意を取り付けること」だ。エフェクチュエーション理論における「ステークホルダー・コミットメント(Stakeholder Commitment)」は、これとは本質的に異なる。
Sarasvathy(2008)がクレイジーキルトの原則の中核として示したステークホルダー・コミットメントとは、「ステークホルダーが自分自身の判断によって、あるプロジェクト・事業・アイデアに資源(時間・資金・知識・ネットワーク)を投入することを自発的に表明する」という行為を指す(pp. 70–85)。
重要なのは「自発的(voluntary)」という形容詞である。依頼や説得の結果として得られたコミットメントではなく、ステークホルダー自身が「これに関わりたい」「これに投資したい」「これと一緒にやりたい」と判断した結果としてのコミットメントが、エフェクチュエーション的な意味でのコミットメントである。
クレイジーキルト原則とコミットメントの関係
Sarasvathy(2008)が「クレイジーキルト(Crazy Quilt)」という比喩を用いたのは、起業的プロセスにおけるパートナーシップ形成が、あらかじめ設計された布地を裁断して縫い合わせる(コーゼーション的)のではなく、各参加者が自分の「切れ端(コミットメント)」を持ち寄り、それらを縫い合わせることで予期せぬパターンのキルトが生まれる(エフェクチュエーション的)というプロセスに似ているからである(pp. 70–75)。
このメタファーが示す重要な含意は3つある。
第一に、事業の方向性はコミットメントによって形成される: 起業家が事業の最終形を「設計」し、その設計に合うステークホルダーを「探す」のではない。各ステークホルダーのコミットメントが、事業の可能性と方向性を共同で形成する。これは、不確実性の高い環境では「完成形の設計」が原理的に不可能であるという認識に基づいている。
第二に、コミットメントが不確実性を削減する: Sarasvathy(2001)が論じたように、ステークホルダーのコミットメントは、事業にとって「確実な要素」を増やすメカニズムとして機能する(p. 250)。市場の反応は予測できなくても、「この顧客は最初の100個を買うとコミットしている」「このパートナーはこの技術開発に参加するとコミットしている」という事実は確実である。コミットメントの蓄積が、生成的不確実性の中での行動の基盤を形成する。
第三に、コミットメントは双方向的な変容をもたらす: ステークホルダーがコミットメントを示すと、そのステークホルダーの関与によって事業の可能性が変化する。この変化が次のステークホルダーへの磁力となり、新たなコミットメントを引き出す。この双方向的なプロセスが、クレイジーキルト的なパートナーシップの形成メカニズムである。
コーゼーション的パートナーシップとの比較
ステークホルダー・コミットメントの概念を理解するには、コーゼーション的なパートナーシップ形成と対比することが有効である。
コーゼーション的アプローチ:
- 事業目標を定義する
- 目標達成に必要なリソース・能力を特定する
- それらを提供できる最適なステークホルダーを選定する
- 選定したステークホルダーに対して参加を「交渉・説得」する
- 合意が形成されれば契約・提携
エフェクチュエーション的アプローチ:
- 自分の手中の鳥(手段)を起点に、今できることを始める
- その行動を見て「一緒にやりたい」と自発的に表明するステークホルダーを観察する
- そのコミットメントの内容(何をしたいか、何を提供できるか)を事業の可能性として取り込む
- 新しい可能性が見えてきた状態で、次のステークホルダーへの磁力が生まれる
この比較で見えてくるのは、エフェクチュエーション的なアプローチでは「説得」ではなく「磁力」によってコミットメントを引き出すという点である。誰かを説得してコミットメントを「取り付ける」より、自発的にコミットしたい人が現れる状況を作ることが、エフェクチュエーション的な実践の核心である。
自発的コミットメントを生み出す実践
では、ステークホルダーの自発的なコミットメントを引き出すためには、具体的に何をするのか。Read et al.(2016)は、エフェクチュエーション的な実践において、以下の要素がコミットメントの形成を促すと論じている(pp. 85–100)。
透明性(Transparency): 事業の方向性や課題を率直に開示することで、ステークホルダーが「自分が関与することの意味」を正確に評価できる状態を作る。完璧な計画書を示して「これに参加しませんか」と問うより、「今こういう課題があって、こう動いています。一緒に考えませんか」という開放的な姿勢の方が、自発的なコミットメントを引き出す。
非対称な価値提案(Asymmetric Value): ステークホルダーが関与することで得られるもの(資源・学習・ネットワーク・意義)が、自分たちの都合だけでなくステークホルダーの観点から明確であること。クレイジーキルト原則は、一方的な「勧誘」ではなく相互的な価値交換を前提とする。
最初の一歩の低い敷居(Low Threshold Entry): 最初のコミットメントへの参入障壁を低く設定することで、「試しに関わってみる」という形での小さなコミットメントから始まり、それが深まる経路を設計する。
ステークホルダー・コミットメントが特に重要な文脈
- スタートアップの初期段階: 顧客・パートナー・投資家の最初のコミットメントが、事業の方向性を形成する
- コーポレートイノベーション: 社内ステークホルダーの自発的な参加が、イノベーションプロジェクトの推進力となる
- エコシステム構築: 多様なプレイヤーの自発的コミットメントの連鎖が、エコシステムの核を形成する
- 非営利・社会起業: 資源が限られる中で、共感に基づいた自発的コミットメントが事業を支える
引用・参考文献
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.
- Sarasvathy, S. D., & Dew, N. (2005). New market creation through transformation. Journal of Evolutionary Economics, 15(5), 533–565.
- サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.