目次
- English
- Thomas R. Eisenmann
- 肩書
- 教授
- 所属
- ハーバード・ビジネス・スクール
- 役割
- 研究者教授起業家教育者
「なぜ失敗するか」を真剣に研究した経営学者
スタートアップの成功を研究する書籍は無数にある。しかし、失敗を体系的に研究し、その構造的パターンを明らかにした研究者は少ない。**Thomas R. Eisenmann(トム・アイゼンマン)**はその数少ない例外の一人であり、ハーバード・ビジネス・スクールで20年以上にわたってスタートアップ研究を行い、2021年に『Why Startups Fail: A New Roadmap for Entrepreneurial Success』を出版した(Eisenmann, 2021)。
この研究は、エフェクチュエーション理論との交点を複数持つ。特に「許容可能な損失の無視」「手中の鳥の誤判断」「誤った確信による拡大」といった失敗パターンは、Sarasvathy(2008)が熟達した起業家の行動から導き出した原則の「逆側」として読み解くことができる。
失敗研究の方法論
2つの研究プロジェクト
Eisenmann(2021)の失敗研究は、2つの大規模な調査プロジェクトに基づいている(pp. 1–18)。
第一に、HBSで教えてきた200社以上の実際のスタートアップケーススタディの系統的な分析。第二に、HBSのNew Venture Competition(学生起業支援プログラム)に参加した200チーム以上の追跡調査。これらのデータから、失敗に至るパターンを帰納的に抽出した。
この帰納的アプローチは、Sarasvathy(2008)が27名の熟達した起業家のシンク・アラウド実験から5原則を帰納的に導いた方法論と共通している。フィールドデータから理論を構築する姿勢が両者に共通する。
6つの失敗パターン
Eisenmann(2021)は、スタートアップ失敗の主要パターンを6つに分類した(pp. 15–22)。
- Good Idea, Bad Bedfellows(良いアイデア、悪いパートナー): 共同創業者・投資家・主要顧客との不適切な関係が失敗を引き起こす
- False Starts(フォールス・スタート): 顧客検証なしに製品化を急ぎすぎる
- False Positives(偽の成功シグナル): 初期の好反応を「確信」と誤解し、過剰投資する
- Speed Traps(スピードの罠): 成長の速度を優先しすぎてコントロールを失う
- Help Wanted(人材の罠): 事業の要求に応えられない人材のもとで規模を拡大する
- Cascading Miracles(奇跡の連鎖): 複数の不確実な前提が同時に成立することを期待する事業計画
エフェクチュエーション理論との接続
False Startsと「手中の鳥」の欠如
Eisenmann(2021)が記述する「フォールス・スタート」パターン——顧客の問題を十分に理解せずに製品開発を急ぐ——は、手中の鳥原則の視点から読み解くことができる。
「自分が今持っているもの(What I know)」の棚卸しを省略し、「達成したい目標(Goal)」から逆算して製品を構築するのがフォールス・スタートの本質である。Sarasvathy(2008)の熟達した起業家は逆の順序で動いた——まず自分の手中にある知識・技術・人脈を確認し、そこから可能な製品を探索した(p. 16)。
False Positivesと「許容可能な損失」の無視
「偽の成功シグナル」パターンは、初期ユーザーの熱狂的な反応を本格的な市場需要と誤解し、許容可能な損失の範囲を超えた投資を行うことで加速する。
Eisenmann(2021)が記述した複数のケースで共通しているのは、「期待リターン」の試算が実態を大幅に上回っていたことと、「許容可能な損失の上限」を設定していなかったことである(pp. 85–110)。許容可能な損失フレームで投資判断を行う熟達した起業家は、シグナルの信頼性が確認されるまでは投資規模を抑制する——この行動が大規模な損失を防ぐ(Dew et al., 2009)。
Cascading Miraclesとコーゼーション依存のリスク
「奇跡の連鎖」パターンは、複数の不確実な前提が全て成立することを前提とした事業計画——つまり過剰なコーゼーション的計画立案の失敗形態として読み解ける。
Sarasvathy(2001)が強調したように、コーゼーション的アプローチは確率分布が推定可能なリスクの領域では機能するが、ナイトリアン不確実性の領域では機能しない。複数の不確実性を予測によって同時に解決しようとする「奇跡の連鎖」計画は、不確実性の種類の診断を誤った結果として生じる(Eisenmann, 2021, p. 162)。
「失敗研究」が起業家教育に与えた示唆
失敗のパターン化が「次の行動」を変える
Eisenmann の研究が持つ起業家教育への含意は、失敗を「特殊な事例」ではなく「構造的なパターン」として記述したことにある。パターンが明確になれば、そのパターンを回避するための具体的な行動指針を設計できる。
エフェクチュエーション理論との統合的な理解では、Eisenmann が記述した失敗パターンの多くが「許容可能な損失の設定欠如」「手中の鳥の棚卸し省略」「パートナーシップの設計ミス」という形でエフェクチュエーションの各原則の反面教師として機能する。
HBSでの起業家教育への貢献
Eisenmann はHBSで「The Entrepreneurial Manager」をはじめとする複数のMBAコースを担当し、フィールドデータに基づいたケーススタディ教育を実践してきた。起業家教育とエフェクチュエーションで論じているように、失敗のパターン学習と成功の認知パターン学習(エフェクチュエーション)は補完的に機能する——前者は「何をするなか」を教え、後者は「どう考えるか」を教える。
この研究者の視点が役立つ人
- 自分のスタートアップが失敗の兆候を示していないか確認したい創業者
- 投資判断の根拠を「期待リターン」一辺倒から脱却したい投資家・経営者
- スタートアップ支援プログラムの設計に携わる人
- エフェクチュエーション理論を「失敗回避の観点」から補完的に学びたい実務家
引用・参考文献
- Eisenmann, T. R. (2021). Why Startups Fail: A New Roadmap for Entrepreneurial Success. Currency.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Dew, N., Sarasvathy, S. D., Read, S., & Wiltbank, R. (2009). Affordable loss: Behavioral economic aspects of the plunge decision. Strategic Entrepreneurship Journal, 3(2), 105–126.
- Ries, E. (2011). The Lean Startup. Crown Business.