目次
- English
- William B. Gartner
- 肩書
- Bertarelli Foundation特別教授
- 所属
- バブソン大学 Bertarelli Family Entrepreneurship研究所
- 役割
- 研究者教授パラダイム転換者
「間違った問いを問い続けた40年」への異議申し立て
起業家研究の歴史は長い間、一つの問いに支配されていた。「起業家とは、どのような特性を持った人間か」。心理学的特性——リスク許容度、達成動機、内的統制感——を測定し、それらが起業家の成功を予測できるか検証する研究が大量に蓄積された。しかし40年間の研究の蓄積は、決定的な答えを生まなかった。
ウィリアム・B・ガートナー(William B. Gartner)は1988年の論文でその理由を明快に示した。「起業家とは誰か(Who Is an Entrepreneur?)という問い自体が間違っている」——これが論文のタイトルであり、命題である(Gartner, 1988, p. 11)。特性論的アプローチが結論を出せない理由は、研究の方法論ではなく、問いの設定そのものにある。起業家を「どんな人か」と問うのではなく、「何をしているか」と問い直すことで、起業家研究は新たな地平を開く——そう論じた。
この主張は、単なる方法論の提案ではない。起業家研究のオントロジー(存在論)を特性(being)からプロセス(doing)へと転換させる試みであった。
ワシントン大学から始まった経歴
ガートナーは1982年にワシントン大学でビジネスの博士号を取得した。その博士論文「起業の実証モデルと8つの起業家類型(An Empirical Model of the Business Startup, and Eight Entrepreneurial Archetypes)」は、起業プロセスを多様な変数の組み合わせとして記述しようとする野心的な試みであった(Gartner, 1985)。
博士論文の段階からすでに、彼の関心は「起業家の内面」より「起業というプロセス」に向いていた。その後、バージニア大学、ジョージタウン大学、南カリフォルニア大学、クレムソン大学、サンフランシスコ州立大学、パリのESSEC、コペンハーゲン・ビジネス・スクールと複数の機関を経て、バブソン大学に落ち着いた。現在はBertarelli Foundation特別教授(Bertarelli Foundation Distinguished Professor of Family Entrepreneurship)として、Bertarelli Institute for Family Entrepreneurshipの研究ディレクターを務めている。
1988年論文の構造と論理
「‘Who Is an Entrepreneur?’ Is the Wrong Question」(American Journal of Small Business, 1988; Entrepreneurship Theory and Practice, 1989に再録)は、ガートナーの代表作であり、起業家研究史上最も引用された論文の一つである。
論文の中核的な主張は以下の通りである。
特性論の失敗。起業家の心理的特性(trait approach)を研究する膨大な研究の蓄積にもかかわらず、「これが起業家の特性だ」という確実な結論は出ていない。達成動機が高い非起業家も存在し、リスク許容度の低い起業家も存在する。特性は起業家行動を予測しない(Gartner, 1988, pp. 11–16)。
プロセスへの転換。起業家を「特性の束」として定義しようとする限り、問いは解けない。むしろ「起業家精神(entrepreneurship)とは組織の創造である」と定義を転換すべきだ。起業家を非起業家から区別するのは、特性ではなく行動——新組織を創造するという行為——である(Gartner, 1988, pp. 18–21)。
組織創造のフレームワーク。ガートナーは起業プロセスを4つの次元で記述した。個人(individual)、組織(organization)、環境(environment)、プロセス(process)——これら4次元の組み合わせが、起業家的行動の多様性を説明する。この枠組みは、起業を「特定の人物が行うもの」から「特定のプロセスを経て実現するもの」へと再定義した。
Sarasvathyとの学術的対話
ガートナーの1988年論文とSarasvathyの2001年論文の間には、10年以上の隔たりがある。しかし両者の問題意識は深いところで共鳴している。
ガートナーは「起業家とは何者か」という問いを「起業家は何をするか」へと転換した。Sarasvathyは「優れた起業家はどのような目標から出発するか」という問いを「熟達した起業家はどのような手段から出発するか」へと転換した。どちらも、起業家の本質を「内面の特性」ではなく「外部との相互作用を通じたプロセス」に求めている。
Sarasvathy(2008)はガートナーの研究を「起業家的専門知識(entrepreneurial expertise)を理解するための先行研究」として位置づけている。起業家が「天才的な特性を持った人間」ではなく「特定の意思決定プロセスを学習した専門家」であるという主張は、ガートナーが特性論を否定することで切り開いた土台の上に立っている(Sarasvathy, 2008, p. 8)。
さらに、ガートナーが1993年に提唱した「起業を言葉で語ること(words of entrepreneurship)」という問題意識——起業家のナラティブ、すなわち語りが起業プロセスをどう形成するか——は、エフェクチュエーションのCrazy Quilt原則(自発的コミットメントを引き出すためにストーリーを語ること)と通底している。
「組織化としての起業家精神」
ガートナーの研究の中で、もう一つの重要な貢献が「組織化としての起業家精神(Entrepreneurship as Organizing)」という概念である。これはカール・ワイク(Karl E. Weick)の「イナクトメント(enactment)」理論——組織は環境を受動的に知覚するのではなく、自らの行動を通じて環境を制定する——からの直接的な影響を受けた枠組みである(Gartner, 2007)。
起業家精神は「組織が生まれる瞬間の現象」だ。既存の組織の中で発生する革新(イノベーション)は重要だが、起業家精神は新組織の誕生というプロセスそのものに固有の論理を持つ。この「創発(emergence)」の研究が、ガートナーの長期的な関心の中心にある。
この視座は、Sarasvathyの市場創造理論(Sarasvathy & Dew, 2005)と深く接続している。市場は事前に存在するのではなく、起業家とステークホルダーの相互作用を通じて創発する——この主張は、組織が環境を制定するというガートナー=ワイクのフレームと同型である。
起業家ナラティブ研究への展開
ガートナーの後期研究における重要な柱は、起業家のナラティブ(物語)研究である。起業家が語る物語——なぜこのビジネスを始めたのか、どのような未来を描いているか——が、単なる過去の記述ではなく、将来のコミットメントを形成する「遂行的(performative)」な機能を持つと論じた。
この視点は実践的に重要だ。ガートナーによれば、起業家が「できごとをどう物語るか」は、パートナーのコミットメントを引き出す力に直接影響する。説得力のある起業ストーリーは、エフェクチュエーションのCrazy Quilt原則——自発的コミットメントを引き出すパートナー構築——の核心的ツールと言える。
2010年代以降、ガートナーは起業家教育においても「学習としての起業(entrepreneurship as learning)」という視点を強調している。起業は事前に「持っている才能を発揮する」ことではなく、行動と振り返りの繰り返しを通じて「学んでいく」プロセスだという主張は、Sarasvathyが実証した「熟達した起業家のスキルは学習可能だ」という命題と一致する。
バブソン大学での位置づけ
バブソン大学は「起業家教育の世界的中心」として知られ、U.S. News & World Report の起業家精神ランキングで長年1位を維持している。ガートナーはこの機関においてBertarelli Foundation特別教授として研究・教育を行いながら、家族起業家精神(family entrepreneurship)という新領域の開拓にも取り組んでいる。
また、Academy of Management(経営学会)の起業家部門(Entrepreneurship Division)は、ガートナーを起業家研究のパイオニアの一人として公式に認定しており、2013年には「新興組織の特性(Properties of Emerging Organizations, 1988)」がFoundational Paper Awardを受賞した。
ガートナーの研究を深く学ぶために
まず1988年の論文「‘Who Is an Entrepreneur?’ Is the Wrong Question」を読むことから始めることを勧める。20ページ程度の論文だが、起業家研究の問いの立て方そのものを問い直すという体験が得られる。次に1985年の枠組み論文「A Conceptual Framework for Describing the Phenomenon of New Venture Creation」を読めば、ガートナーが特性論に代えて提示した4次元フレームワークの全体像が理解できる。
そのうえでサラス・サラスバシーの2001年論文と2008年著書を読み直すと、「特性論の否定」から「プロセス論の精緻化」へという流れが、二人の学者の研究を通じて一本の線としてつながって見える。ガートナーが問いを立て直したことで、Sarasvathyが答えを探す空間が生まれた——そうした知的系譜の読み方ができる。
引用・参考文献
- Gartner, W. B. (1985). A conceptual framework for describing the phenomenon of new venture creation. Academy of Management Review, 10(4), 696–706.
- Gartner, W. B. (1988). “Who is an entrepreneur?” is the wrong question. American Journal of Small Business, 12(4), 11–32.
- Gartner, W. B. (1989). “Who is an entrepreneur?” is the wrong question. Entrepreneurship Theory and Practice, 13(4), 47–68.
- Gartner, W. B. (1993). Words lead to deeds: Towards an organizational emergence vocabulary. Journal of Business Venturing, 8(3), 231–239.
- Gartner, W. B. (2007). Entrepreneurship as organizing: Emergence, newness, and transformation. In A. Cuervo, D. Ribeiro, & S. Roig (Eds.), Entrepreneurship: Concepts, Theory and Perspective (pp. 51–73). Springer.
- Katz, J., & Gartner, W. B. (1988). Properties of emerging organizations. Academy of Management Review, 13(3), 429–441.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Sarasvathy, S. D., & Dew, N. (2005). New market creation through transformation. Journal of Evolutionary Economics, 15(5), 533–565.
- Weick, K. E. (1979). The Social Psychology of Organizing (2nd ed.). Addison-Wesley.