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飲食業が直面した構造的危機とビジネスモデル革新の圧力
飲食業(NAICS分類 722:フードサービスおよび飲料業)は、COVID-19パンデミックによって最も直接的かつ壊滅的な影響を受けた産業の一つである。ソーシャルディスタンス規制、営業時間の短縮、度重なるロックダウンは、飲食業のビジネスモデルの根幹——物理的空間における対面での飲食体験の提供——を根底から否定した。
しかし、この危機は旧態依然とした業界構造においてビジネスモデル・イノベーション(BMI)を加速させる「るつぼ(Crucible)」としても機能した。平時には変化への抵抗が強く、デジタル化の進展が遅れていた飲食業界が、数週間のうちに劇的な事業転換を余儀なくされたことで、エフェクチュエーション理論の実践を検証する格好のフィールドが出現したのである。
fsQCA研究の設計と分析手法
Monllor et al.(2022)は、ドイツ・ミュンスター地方の飲食起業家143名を対象として、パンデミック下でのビジネスモデル・イノベーション(BMI)の高低をもたらす条件構成を探求する研究を実施した。同研究が採用したfsQCA(ファジィ集合質的比較分析)は、従来の回帰分析とは異なるアプローチを取る。回帰分析が「ある変数がアウトカムに対して正の効果を持つか否か」を検証するのに対し、fsQCAは「どのような条件の組み合わせがアウトカムを生み出すか」を特定する。
この手法が本研究において特に有効であったのは、コーゼーション(因果論的アプローチ)とエフェクチュエーション(実効論的アプローチ)が相互排他的ではなく、多様な構成(configuration)として共存しうることを実証できた点にある。
デジタル・ビアガーデン——12社協働のクレイジーキルト実践
fsQCA研究において高レベルのBMIを実現した特筆すべき事例が、**12のパートナー企業が連携して立ち上げた「デジタル・ビアガーデン」**である。この事例は、エフェクチュエーションの複数の原則が高度に統合された実践として、学術的に極めて重要な位置を占める。
単独行動の限界と協働の必然性
パンデミック下において、各店舗が個別にテイクアウトや自前での配達を行うことには、構造的な限界があった。人件費、配達用車両の確保、注文管理システムの構築、衛生基準の遵守といったコストは、個々のSMEにとって許容可能な損失の範囲を容易に超過する。大手デリバリープラットフォーム(Uber Eatsやdeliveroo等)への加盟は手数料が高額であり、利益率の薄い中小飲食店にとっては持続可能な選択肢とはなりにくい。
この構造的な行き詰まりに対して、ミュンスターの飲食起業家たちが選んだ解決策は、個別の最適化ではなく、パートナーシップによる共創であった。
ビジネスモデルの構造
デジタル・ビアガーデンのビジネスモデルは、以下の要素で構成されている。12の参加レストランが、デジタルプラットフォーム上で共通の注文・決済システムを構築した。顧客は一つのインターフェースから複数店舗の料理を同時に注文でき、各店舗が調理した料理は自転車による配達ネットワークを通じて一括して届けられる。
この仕組みは、エフェクチュエーションの複数の原則が同時に作動した結果として解釈できる。手中の鳥原則においては、各店舗がすでに保有する調理能力、既存の顧客基盤、食材の仕入れネットワークが「手持ちの手段」として活用された。クレイジーキルト原則においては、12の企業が競合関係を超えて自発的にパートナーシップを形成し、不確実性とコストを共有した。許容可能な損失原則においては、各店舗が負担するコストはプラットフォームへの参加費用に限定され、個別にデリバリー体制を構築する場合の投資リスクと比較して大幅に低減された。
自転車配達というイノベーション
配達手段として自転車が選択されたことも、エフェクチュエーション的観点から注目に値する。自動車やバイクによる配達と比較して、自転車は初期投資が低く、パンデミック下での密を避けた非接触型の配達に適しており、ミュンスターのような中規模都市の地理的スケールにも合致する。大規模な物流インフラの構築(コーゼーション的アプローチ)ではなく、手元にある手段で実行可能な範囲から始めるというエフェクチュエーションの本質が体現されている。
Ever/Reve Burger——アイデンティティの再定義を伴うピボット
シカゴのファインダイニングレストラン「Ever」の事例は、レモネード原則の適用がブランドアイデンティティの根本的な再定義を伴いうることを示す事例である。
高級テイクアウトの限界
Everは、ミシュラン3つ星レストラン「Grace」の元シェフが率いる高級レストランであった。パンデミック発生時、同店は当初、既存のブランドイメージに沿った高級テイクアウトメニューへの移行を試みた。しかし、このアプローチは速やかに壁に突き当たった。
広大なダイニング施設の維持費、高度なスキルを持つスタッフの雇用コスト、高級食材の仕入れ費用は、テイクアウト価格帯の売上では到底カバーしきれない。ファインダイニングのビジネスモデルは、高い客単価と座席回転率の組み合わせによって成立しており、テイクアウトという形態との構造的な不整合は解消不可能であった。
ファストフードへの劇的転換
Everの経営者は、高級レストランとしてのブランドアイデンティティ——コーゼーションに基づく既定の目的——に固執することなく、「Reve Burger」というファストフードスタイルのハンバーガー事業を新たに導入するという劇的なピボットを断行した。
このピボットにおいて活用された「手中の鳥」は、高度な厨房設備と料理人の卓越した調理スキルである。ミシュランレベルの技術で作られるハンバーガーは、一般的なファストフードとは異なる付加価値を持つ。「酸っぱいレモン」であったパンデミック下の大衆デリバリー需要は、この手段との組み合わせにより、高品質なファストフードという新たな市場機会——「レモネード」——へと変換された。
コーゼーションとの決別と再統合
この事例が理論的に興味深いのは、ピボットのプロセスにおいてコーゼーション的論理が一旦明確に放棄された点にある。高級レストランとしての長期的なブランド構築計画、ターゲット顧客の綿密な分析、競合との差別化戦略——これらはすべてパンデミックによって無効化された。Reve Burgerの導入は、事前の市場調査や需要予測に基づくものではなく、「今ある手段(厨房と料理人の技術)で、今の環境(デリバリー需要の爆発)に対して何が提供できるか」というエフェクチュエーション的問いから生まれた行動である。
fsQCA研究が明らかにした等結果性
Monllor et al.(2022)のfsQCA研究は、高レベルのBMIを実現するための条件構成として、**等結果性(Equifinality)**を持つ複数のパスを特定した。この知見は、コーゼーションとエフェクチュエーションの関係性に関する従来の二項対立的な理解を根本的に修正するものである。
計画的ソリストとヘッジ型ネットワーカー
研究が特定した主要な二つのパスは、**「計画的ソリスト(Planning Soloist)」と「ヘッジ型ネットワーカー(Hedging Networker)」**と名づけられた。
計画的ソリストとは、コーゼーション的要素が相対的に強い条件構成である。既存の事業計画や分析能力を活かしつつ、比較的独立した形でBMIを実現したタイプを指す。一方、ヘッジ型ネットワーカーは、エフェクチュエーション的要素が相対的に強い条件構成であり、パートナーシップやネットワーク構築を通じて不確実性を分散させながらBMIを実現したタイプである。
デジタル・ビアガーデンの事例は、ヘッジ型ネットワーカーの典型例として位置づけられる。単独企業として将来の需要を予測する能力を行使するのではなく、相互依存的なネットワークを通じて新たなデリバリーインフラと顧客体験を共創した。
両パスの理論的含意
等結果性の発見が意味するのは、高いBMIに到達するための唯一の正解は存在しないということである。ある企業は計画的な分析能力を武器に単独でイノベーションを実現し、別の企業はネットワーク型の協働によって同等の成果を達成しうる。この知見は、イタリアのホスピタリティSME 80社を対象としたPLS-SEM研究が示した「コーゼーションとエフェクチュエーションの両利き」の重要性とも整合する。
飲食業ピボット事例からの理論的教訓
ミュンスターのデジタル・ビアガーデンとシカゴのReve Burgerは、規模も文化的背景も異なる事例でありながら、エフェクチュエーション理論の核心的メカニズムを共有している。
第一に、両事例とも手中の鳥原則を起点としている。デジタル・ビアガーデンでは各店舗の調理能力と顧客基盤、Reve Burgerでは高度な厨房設備と料理人のスキルが、ピボットの出発点となった。新たなリソースの獲得ではなく、既存リソースの用途再定義がイノベーションの源泉であった。
第二に、両事例ともパンデミックという「酸っぱいレモン」を新たな市場機会という「レモネード」へと変換するプロセスを経ている。デリバリー需要の爆発という環境変化は、回避すべきリスクではなく、活用すべき機会として捉え直された。
第三に、両事例とも許容可能な損失の範囲内で行動している。デジタル・ビアガーデンは各店舗のコストを分散し、Reve Burgerは既存の設備を転用することで初期投資を最小化した。
これらの事例は、危機下での飲食業のBMIが偶然の産物ではなく、エフェクチュエーションの行動原則に沿った体系的な意思決定プロセスの結果であることを示している。fsQCAという手法の導入により、その条件構成が定量的に可視化された点は、今後の危機対応研究に対する方法論的な貢献でもある。
「レモネードの原則」での原則解説と「エフェクチュエーション事例集」も参照されたい。
参考文献
- Monllor, J., Pavez, I., & Pareti, S. (2022). Effectuation and causation configurations for business model innovation in the gastronomic industry during the COVID-19 pandemic. Frontiers in Psychology, 13, 786948.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Khurana, I., Dutta, D. K., & Ghura, A. S. (2022). Crisis and arbitrage opportunities: The role of causation, effectuation and entrepreneurial learning. International Journal of Entrepreneurial Behavior & Research, 28(5), 1258–1282.
- Korber, S., & McNaughton, R. B. (2018). Resilience and entrepreneurship: A systematic literature review. International Journal of Entrepreneurial Behavior & Research, 24(7), 1129–1154.
- Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.