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Baker & Nelsonの実証研究——「無から有を生み出す」起業的ブリコラージュ

Baker & Nelson(2005)の29ベンチャー企業フィールドワークを詳細に分析。5つのドメイン(物理的投入物・労働力・スキル・顧客・制度)での実践と「ブリコラージュの罠」を解説。

約16分
目次

人類学的メタファーから経営学の実証理論へ

Lévi-Strauss(1962)が『野生の思考』で提示したブリコラージュの概念を、起業家精神(Entrepreneurship)の研究領域に本格的に導入し、実証的な理論へと昇華させたのが Baker & Nelson(2005)の画期的な研究「Creating Something from Nothing: Resource Construction through Entrepreneurial Bricolage」である。

この研究は、資源開発のプロセスを探索するうえで、従来の線形的で因果論的なアプローチに異を唱えた。資源が枯渇した新興企業がいかにして環境の乱気流を緩衝し、連続的に成長するのか。その問いに対し、29の小規模ベンチャー企業を対象とした徹底的なフィールドワークによって答えを示した研究である(Baker & Nelson, 2005)。

本稿では、Baker & Nelson の定義する起業的ブリコラージュの構造を精査し、5つのドメインにおける具体的事例を詳細に分析したうえで、ブリコラージュの時間的ダイナミクスとその限界を論じる。

「無から有を生み出す」メカニズムの構造

起業的ブリコラージュの再定義

Baker & Nelson は、同様の客観的環境に直面しながらも全く異なる対応を見せた29の小規模ベンチャー企業の縦断的フィールドワークを実施し、その結果に基づいて**起業的ブリコラージュ(Entrepreneurial Bricolage)**を次のように定義した——「手持ちの資源の組み合わせを新しい問題や機会に適用し、何とかやり遂げること(making do by applying combinations of the resources at hand to new problems and opportunities)」(Baker & Nelson, 2005, p. 333)。

この定義の中核には、構成主義的な資源観がある。起業家が直面する資源環境は、客観的に固定されたものではなく、社会的に構築される(socially constructed)。主流派の企業が「無価値」「時代遅れ」「規格外」として拒絶あるいは無視するインプットを、起業家は独自の視点で再評価し、創造的に再構成することで「無から有を生み出す」能力を発揮する(Baker & Nelson, 2005)。

「なだめすかし(Coaxing)」という行為

Baker & Nelson の研究において繰り返し登場する特徴的な行動が**「なだめすかし(coaxing)」**である。これは、素材や設備から本来の物理的限界を超える性能や寿命を引き出す実践を指す。老朽化した機械を精密に操作し、摩耗した部品から追加のサービスを搾り出すこの行為は、Lévi-Strauss が描いたブリコルールが断片と「対話」するプロセスの経営学的具現化といえる(Baker & Nelson, 2005)。

なだめすかしは、単なる節約術ではない。資源が本来持っていた設計上の目的を意図的に無視し、全く新しい用途に転用することで、環境が押し付ける資源的限界の制定を断固として拒否する行動である。この点において、起業的ブリコラージュは受動的な「やりくり」とは質的に異なる、能動的な資源構築のメカニズムとして位置づけられる。

5つのドメインにおける実践——フィールドからの報告

物理的投入物(Physical Inputs)

George Love の事例は、物理的投入物におけるブリコラージュの典型を示す。Love は標準以下の老朽化した住宅を販売するビジネスを展開していた。摩耗し、寿命が尽きかけ、時代遅れとなった建築資材を「なだめすかし」、追加のサービスや寿命を引き出すことでコストを極限まで抑えた(Baker & Nelson, 2005)。

Love が用いた資材は、通常の不動産市場の基準では使用に耐えないものであった。しかし Love は、これらの断片が持つ残存価値を独自の目で見抜き、標準的な品質基準とは異なる文脈——支払い能力が限られた顧客層への住宅提供——においてそれらを再定義した。ここに、Baker & Nelson が強調する資源環境の社会的構築性が端的に表れている。

労働力(Labor)

Compton の事例は、労働力のブリコラージュを鮮やかに描き出す。モバイルホーム(トレーラーハウス)パークを運営する Compton は、伝統的な住宅市場から排除された貧困層の顧客に対し、敷地内に放棄された最悪の状態のトレーラーを自ら修理することを条件に、無料で居住させるという取り決めを構築した(Baker & Nelson, 2005)。

この仕組みにおいて、顧客は単なるサービスの受け手ではなく、同時に無給の労働力でもある。Compton は、顧客、サプライヤー、あるいは周囲の「取り巻き(hangers-on)」といった非正規のネットワークを、プロジェクトの低コスト労働力として巻き込む互恵的な社会的構造を創出した。従来の雇用関係の枠組みでは捉えきれない、ブリコラージュ特有の資源動員メカニズムである。

スキル(Skills)

Terry Starr の事例は、スキルのブリコラージュにおける「なだめすかし」の極致を示す。Starr は老朽化した旧式のバックホー(掘削機)を運用していた。機械の限界に関する極めて親密な理解を持ち、油圧システムを破壊することなくバケットを正確にどの高さまで上げられるかという繊細な感覚によって、最新鋭の機械に匹敵する精密作業を実現した(Baker & Nelson, 2005)。

Starr が発揮したのは、専門的な資格や高度な訓練に基づくスキルではない。現場で身につけた独学の技能——機械との長期にわたる「対話」を通じて蓄積された暗黙知——である。Baker & Nelson は、このようなアマチュアの技術や現場経験によるスキルの許容と積極的な適用が、ブリコラージュの重要な構成要素であることを指摘した。

顧客・市場(Customers/Markets)

George Love や Compton の事例に共通して見られるのが、顧客・市場のブリコラージュである。支払い能力が低く、既存の不動産市場から相手にされない層をターゲットとし、彼らの特殊な状況を「ビジネス要件の制約」ではなく「新たな価値提供の機会」として再定義した(Baker & Nelson, 2005)。

貧困やサービスの供給不足により既存の市場メカニズムから排除されている層に対し、独自の基準でサービスや製品を提供する。この行為は、市場の境界そのものを再構築する実践であり、資源の社会的構築性が最も明確に表れるドメインである。

制度・規制(Institutional and Regulatory)

Compton の事例は制度のブリコラージュにおいても示唆に富む。Compton は放棄されたトレーラーの法的な所有権(title)を保有していなかった。しかし、地元の保安官がトレーラーの「移動許可証(moving permit)」しか確認しないという法執行の盲点を突き、所有権を持たないまま合法的な枠組みの中で事業を展開した(Baker & Nelson, 2005)。

業界の「標準」や法的規制の限界を拒絶し、規則が不明確、強制力がない、または認知されていない領域(グレーゾーン)で独自の解決策を試みる。制度のブリコラージュは、既存の制度的定義に挑戦し、その隙間を創造的に活用する実践として、5つのドメインのなかでも最も争議的な性質を持つ。

パラレル・ブリコラージュとセレクティブ・ブリコラージュ

「ブリコラージュの罠」の構造

Baker & Nelson の研究がもたらした重要な発見の一つは、ブリコラージュがベンチャー企業に無限の恩恵をもたらすわけではないという指摘である。企業の成長曲線とブリコラージュの適用方法の間には、明確な時間的ダイナミクスが存在する(Baker & Nelson, 2005)。

第一のパターンである**パラレル・ブリコラージュ(Parallel Bricolage)**は、部品や資源が入手可能になるたびに、その場の関心や機会に応じて複数のプロジェクト間を絶え間なく飛び移る行動様式を指す。このアプローチは仕事の絶え間ない流れを生み出し、企業の初期の生存(サバイバル)には大きく寄与する(Baker & Nelson, 2005)。

しかし、老朽化した設備の「なだめすかし」や未経験の技術の学習に膨大な時間を消費するため、時間の経過とともに非効率性が増大する。複数のドメインにわたって一貫してブリコラージュを継続することは、ステークホルダーとの間に**「妥協の蓄積(accumulation of compromises)」を生み出す。その結果、企業は成長の限界に直面し、労働集約的な現状維持から抜け出せなくなる。Baker & Nelson はこの現象を「ブリコラージュの罠(bricolage trap)」**と名づけた(Baker & Nelson, 2005, pp. 353–356)。

Bechky & Okysen(2011)の研究も裏付けるように、成長期待の低いベンチャーが運用段階(operational stage)に入った後にパラレル・ブリコラージュを乱用すると、競争力にとって有害となることが示されている。

選択的ブリコラージュという成長戦略

第二のパターンであるセレクティブ・ブリコラージュ(Selective Bricolage)は、成長を遂げた企業に共通して観察されたパターンである。無秩序にすべてをブリコラージュするのではなく、初期段階で資源制約を突破するための一時的手段として、あるいは特定の領域——たとえば革新的な製品開発の初期段階——に限定してエピソード的にブリコラージュを利用する(Baker & Nelson, 2005)。

セレクティブ・ブリコラージュの本質は、「いつブリコラージュを用い、いつ用いないか」を戦略的に判断する能力にある。ブリコラージュを選択的かつエピソード的に使用することで、妥協の蓄積を防ぎながら資源の代替効果を最大化し、その後の持続的成長に向けた強固な基盤を確立することが可能となる。

資源構築理論としての射程

Baker & Nelson の研究が起業家研究にもたらした最大の理論的貢献は、資源を所与の外生変数として扱う従来のアプローチを根本から転換した点にある。資源は「発見」されるものでも「調達」されるものでもなく、起業家の能動的な認知と行動によって**「構築」**されるものである。

この視点は、Welter, Mauer, & Wuebker(2016)による統合フレームワークにおいて、エフェクチュエーションとブリコラージュの関係を理論的に整理する基盤となった。エフェクチュエーションが不確実性への認知的対抗策であるのに対し、ブリコラージュは資源枯渇に対する実践的対抗策として位置づけられる。両者は異なる環境変数に対応しながらも、「手持ちの手段から始める」という行動原理において交差する(Welter et al., 2016)。

Baker & Nelson の29社のフィールドワークが描き出したのは、理論的な美しさではなく、泥臭い現場の知恵である。老朽化した機械を「なだめすかし」、法執行の盲点を突き、顧客を労働力に変換する。これらの実践は、Lévi-Strauss が描いたブリコルールの精神を、現代の起業家が日々の経営のなかで体現していることを実証的に示している。

その一方で、ブリコラージュの罠の発見は、この戦術の適用に明確な時間的・空間的な境界条件が存在することを突きつけた。ブリコラージュは創業期の生存戦術としては強力であるが、成長期において持続的に用いるべき戦略ではない。この認識こそが、Baker & Nelson の研究を単なる成功事例集から、理論的深度を備えた実証研究へと昇華させている要因である。

関連記事として「エフェクチュエーション vs ブリコラージュ」「手中の鳥の原則」も参照されたい。


参考文献

  • Baker, T., & Nelson, R. E. (2005). Creating something from nothing: Resource construction through entrepreneurial bricolage. Administrative Science Quarterly, 50(3), 329–366.
  • Lévi-Strauss, C. (1962). La pensée sauvage. Plon. (English translation: The Savage Mind. University of Chicago Press, 1966)
  • Bechky, B. A., & Okysen, G. A. (2011). Expecting the unexpected: How SWAT officers and film crews handle surprises. Academy of Management Journal, 54(2), 239–261.
  • Welter, C., Mauer, R., & Wuebker, R. J. (2016). Bridging behavioral models and theoretical concepts: Effectuation and bricolage in the opportunity creation framework. Strategic Entrepreneurship Journal, 10(1), 5–20.
  • Fisher, G. (2012). Effectuation, causation, and bricolage: A behavioral comparison of emerging theories in entrepreneurship research. Entrepreneurship Theory and Practice, 36(5), 1019–1051.
  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.

参考書籍

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