エフェクチュエーション vs ブリコラージュ

エフェクチュエーションとブリコラージュの理論的区別と重複を解説。Baker & Nelson (2005) の起業的ブリコラージュ概念、Fisher (2012) の3概念比較、そして概念的境界の曖昧さの問題を論じる。

約13分
目次

「手持ちの資源から始める」という共通点の奥にある断層

エフェクチュエーションとブリコラージュは、いずれも手持ちの資源から出発するという行動原理を共有し、起業家研究においてしばしば混同される。エフェクチュエーションの「手中の鳥」の原則については「手中の鳥の原則」で解説している。しかし両者は異なる学問的伝統に根ざし、異なる問いに答えるための理論である。表面的な類似性の奥にある概念的断層を正確に理解することが、理論の適切な実務応用に不可欠となる。

ブリコラージュの知的起源:ブリコルールとエンジニアの対比

**ブリコラージュ(bricolage)の概念は、フランスの構造主義人類学者 Claude Lévi-Strauss の『野生の思考』(Lévi-Strauss, 1962)に遡る。Lévi-Strauss は人間の思考様式を説明するために、「ブリコルール(bricoleur)」と「エンジニア(engineer)」**という二つのメタファーを対置した。

エンジニアは目標から手段へと演繹的に進む。プロジェクトの全体像を事前に構想し、要件に合致する専門の道具と材料を外部から調達・設計する。一方、ブリコルールはあり合わせの道具と材料——本来は別の目的のために蓄積されたもの——を新たな状況に応じて転用・再配置し、目前の課題を解決する「器用仕事」の担い手である(Lévi-Strauss, 1962, pp. 16–22)。

デリダによる脱構築的批判

哲学者 Jacques Derrida は、この対比自体を脱構築の俎上に載せた。Derrida によれば、何人たりとも言語や構文の全体性を無から構築することはできず、純粋なエンジニアという存在自体がブリコルールによって創り出された「神話」にすぎない。すべての有限な知的営為は、多かれ少なかれ歴史的遺産からの借用に基づくブリコラージュに縛られている(Derrida, 1967)。この批判は、エンジニアとブリコルールの絶対的差異を揺るがし、両者の境界が本質的に流動的であることを示唆した。

Baker & Nelson(2005):29社のフィールド調査と5つのドメイン

Lévi-Strauss の人類学的概念を起業家研究に本格的に導入したのが Baker & Nelson(2005)である。資源制約に苦しむ29の小規模ベンチャー企業を対象とした縦断的フィールド調査に基づき、起業的ブリコラージュを「手持ちの資源の組み合わせを新しい問題や機会に適用し、何とかやり遂げること」と定義した(Baker & Nelson, 2005, p. 333)。

調査から、ブリコラージュが実践される5つのドメインが特定された。

5つのドメインと具体的事例

ドメインメカニズム具体的事例
物理的投入物廃棄物や老朽化した資材の転用・再利用George Love は標準以下の建築資材を「なだめすかし(coaxing)」、追加の寿命を引き出して低コスト住宅を販売した
労働力非正規のネットワークを低コストの労働力として活用Compton は放棄されたトレーラーを自力修理する条件で貧困層に無料居住を提供し、互恵的な労働関係を構築した
スキル専門資格に依存せず、独学や現場経験で培ったスキルを適用Terry Starr は老朽化したバックホーの限界を熟知し、油圧システムを破壊せずに精密作業を行う「なだめすかし」のスキルを駆使した
顧客・市場既存市場から排除された層に独自基準でサービスを提供George Love や Compton は、支払い能力が低く既存の不動産市場から排除された顧客層をターゲットとした
制度・規制法規制のグレーゾーンで独自の解決策を実行Compton は所有権なしでトレーラーを運用。地元保安官が「移動許可証」のみ確認するという法執行の盲点を活用した

並行的ブリコラージュと選択的ブリコラージュ

Baker & Nelson(2005)は、ブリコラージュの適用パターンとして2類型を発見した。**並行的ブリコラージュ(parallel bricolage)は、利用可能な資源が生じるたびに複数のプロジェクト間を飛び移る行動様式である。初期の生存には寄与するが、老朽設備の維持や未経験技術の学習に膨大な時間を消費し、妥協の蓄積が成長を阻害する。これが「ブリコラージュの罠」**である(Baker & Nelson, 2005, pp. 353–356)。

対照的に、選択的ブリコラージュ(selective bricolage)は、特定のプロジェクトや初期段階に限定してエピソード的にブリコラージュを用いるパターンであり、成長企業に共通して観察された。

Fisher(2012):代替テンプレート法による3概念の行動比較

Fisher(2012)は代替テンプレート(alternative templates)法を用い、6つの初期段階ベンチャー企業のケーススタディデータから、エフェクチュエーション・ブリコラージュ・コーゼーションの3つの理論に基づく行動が実際に観察可能であるかを検証した。

分析の結果、3概念は理論的には区別可能であるが、実際の起業行動においてはしばしば重複することが確認された。特に資源が枯渇し不確実性が高い初期フェーズにおいて、エフェクチュエーションとブリコラージュの行動は密接に連動していた。さらに重要な発見として、起業家は状況の変化に応じて複数のロジックを併用する「両利き(ambidexterity)」の戦略を採用していることが示された(Fisher, 2012, pp. 1025–1035)。

Welter et al.(2016):不確実性 × 資源希少性の2軸フレームワーク

Welter, Mauer, & Wuebker(2016)は、概念的境界の曖昧さの問題に正面から取り組み、「不確実性(uncertainty)」と「資源の希少性(resource scarcity)」という2つの軸でエフェクチュエーションとブリコラージュを切り分けた。

エフェクチュエーションは、未来が予測不可能なナイトの不確実性に対する認知的対抗策として発現する包括的な意思決定ロジックである。たとえ資源が豊富であっても、市場の受容性や技術の未来が不透明であれば、エフェクチュエーションの論理は完全に機能し得る(Welter et al., 2016, pp. 12–18)。

一方、ブリコラージュは物理的・制度的な資源枯渇に対する実践的対抗策としてトリガーされる。Welter et al.(2016)のフレームワークでは、ブリコラージュは独立した戦略というよりも、エフェクチュアル思考を資源制約下で実行に移すための戦術的メカニズムとして位置づけられている。

「人の論理」と「モノの論理」:Bird-in-Hand との本質的な差異

両概念の最も深層にある差異は、資源活用の焦点の違いに集約される。

比較次元Bird-in-Hand(エフェクチュエーション)起業的ブリコラージュ
資源活用の焦点「人の論理」——誰であるか・何を知っているか・誰を知っているか「モノの論理」——物質的・制度的断片が持つ固有の制約との対話
制約への対応パートナーシップによる資源基盤の拡張。制約の外側から新たなリソースを引き込む既存材料の転用と再結合による内側からの制約突破
目標の形成ステークホルダーのコミットメントによって事後的に形成手元の素材との即興的対話の中で機能と目的が出現
資源の動態動的——新たなパートナー参加のたびに手段の集合が変化固定的——与えられた断片の創造的転用に焦点
適用環境不確実性が高いあらゆる状況極度の資源枯渇環境における生存戦術

Bird-in-Hand 原則は、手持ちの人的資本・社会関係資本をテコに、不確実な未来をパートナーシップの網の目に変える拡張的戦略である。対するブリコラージュは、手元にある物理的・制度的な断片と深く対話し、その素材が持つ「声なき論理」に耳を傾けながら限界を「なだめすかして」繋ぎ合わせる局地的戦術である。

この「人の論理」と「モノの論理」の区別が、表面的に類似する二つの「手持ちの資源」理論の間に横たわる、最も本質的な概念的境界線となっている。デザイン思考との比較は「エフェクチュエーション vs デザイン思考」で、コーゼーションとの比較は「エフェクチュエーションとコーゼーションの違い」で論じている。


参考文献

  • Lévi-Strauss, C. (1962). La pensée sauvage. Plon. (English translation: The Savage Mind. University of Chicago Press, 1966)
  • Derrida, J. (1967). L’écriture et la différence. Seuil. (English translation: Writing and Difference. University of Chicago Press, 1978)
  • Baker, T., & Nelson, R. E. (2005). Creating something from nothing: Resource construction through entrepreneurial bricolage. Administrative Science Quarterly, 50(3), 329–366.
  • Fisher, G. (2012). Effectuation, causation, and bricolage: A behavioral comparison of emerging theories in entrepreneurship research. Entrepreneurship Theory and Practice, 36(5), 1019–1051.
  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Welter, C., Mauer, R., & Wuebker, R. J. (2016). Bridging behavioral models and theoretical concepts: Effectuation and bricolage in the opportunity creation framework. Strategic Entrepreneurship Journal, 10(1), 5–20.

参考書籍

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