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エコシステム・エフェクチュエーション——オープンイノベーションによる価値共創

Radziwon et al.(2022)のエコシステム・エフェクチュエーション概念を解説。大企業のプラットフォーム開放とSME巻き込みによる新たな価値ネットワーク構築を論じる。

約11分
目次

大企業はエフェクチュエーションを実践できるのか

エフェクチュエーション理論は、Sarasvathy(2001)が熟達した個人起業家の認知プロセスから導出した理論であり、資源制約下のスタートアップとの親和性が高いとされてきた。大企業(インカンベント)への適用可能性については学術的な議論が続いていた。

COVID-19パンデミックは、この議論に決定的な転機をもたらした。既存のサプライチェーンが寸断され、需要が蒸発する環境下で、Radziwon, Bogers, & Bilberg(2022)は「エコシステム・エフェクチュエーション(Ecosystem Effectuation)」という概念を提唱し、大企業がエフェクチュエーションを組織レベルで実践し、さらに自社の枠組みを超えたエコシステム全体へと拡張するメカニズムを理論化した。

「再構成」と「デザイン」——BMIの二つのモード

Massa & Tucci(2013)の枠組み

エコシステム・エフェクチュエーションの理論的位置づけには、Massa & Tucci(2013)によるビジネスモデル・イノベーション(BMI)の二分法が不可欠である。**再構成(Reconfiguration)**は、既存ビジネスモデルの構成要素——顧客セグメント、価値提案、チャネル、収益モデルなど——の組み合わせや配置を変更する漸進的イノベーションであり、既存の組織能力を基盤とするため大企業が従来得意としてきた領域である。一方、**デザイン(Design)**は、既存の枠組みにとらわれず全く新しい価値提案や収益構造をゼロから構築する急進的イノベーションである。このモードは高い創造性と不確実性への耐性を要求するため、組織的慣性(Organizational Inertia)やコア・リジディティが障壁となり、従来はスタートアップの領域とされてきた。

Radziwon et al.(2022)の概念は、大企業が危機的状況下でエフェクチュエーションの原則を駆動させることにより、「再構成」にとどまらず「デザイン」に相当する急進的BMIを実現し得ることを実証的に示した点に革新性がある。

AirAsiaの事例:5原則のエコシステム展開

危機の規模と戦略的転換

東南アジア最大のLCCであるAirAsiaは、パンデミックにより保有機体の98%が地上待機となり、本業収入が完全に途絶した。同社はコスト削減による縮小均衡ではなく、「デジタル・ライフスタイル企業」への転換という急進的BMIを選択した。

手中の鳥とパイロットの原則として、「Redbeat Academy」を通じて乗務員やパイロットをデジタル人材にリスキリングし、既存の人的資本を新領域に転用した。許容可能な損失のコントロールとして、航空事業の運営費を72%削減し、リース会社との再交渉によりエコシステム全体の生存を優先する合意形成を図った。

プラットフォーム開放というクレイジーキルト

エコシステム・エフェクチュエーションにおいて最も革新的な要素は、クレイジーキルトの原則を自社組織の内部から外部のエコシステム全体へと拡張した点にある。AirAsiaはEコマースプラットフォーム「Ourshop」を外部の中小企業(SME)に開放し、わずか1週間で1,000社以上の加盟を獲得した。航空事業で培った顧客基盤とデジタルインフラという「手中の鳥」を、外部SMEが活用できる共有プラットフォームとして提供したのである。さらに貨物およびラストマイル配送事業の「Teleport」、金融ライセンスを活用したフィンテック「BigPay」、機内食のノウハウを地上に転用したレストラン「Santan」など、既存資産の創造的な組み合わせによる新事業群を同時並行で展開した。

これらは事前の市場分析に基づくものではなく、パンデミックという「レモン」に対して手元のリソースとパートナーシップを次々に組み合わせながら、新たな価値ネットワークを創発的に編み上げるプロセスであった。航空会社という枠組みの崩壊を、東南アジアのデジタル経済圏における総合プラットフォーマーへの転換という「レモネード」に変容させたのである。

エコシステム・エフェクチュエーションの理論的意義

分析単位の拡張

Radziwon et al.(2022)の最大の貢献は、エフェクチュエーションの分析単位を「個人の起業家」から「エコシステム全体」へと拡張した点にある。大企業がハブとなり、プラットフォームを外部に開放することで、参加するSME、サプライヤー、顧客といった多様なステークホルダーが集合的にエフェクチュアルな行動を実践する構造が生まれる。

この概念は、オープンイノベーション論(Chesbrough, 2003)とエフェクチュエーション理論の接合点に位置する。オープンイノベーションが「組織の境界を越えた知識の流入と流出」を強調するのに対し、エコシステム・エフェクチュエーションは、その知識の流れが「手段ベースの共創」によって駆動されるメカニズムを明らかにする。

大企業によるBMI「デザイン」の条件

AirAsiaの事例が示すように、大企業がBMIの「デザイン」を実現するには二つの条件が重要である。第一に、既存の組織的慣性を打破するほどの外的ショック(パンデミックのような危機)である。平時においては既存事業の「深化」に最適化された組織構造やルーティンが、危機によって「解凍」され、新たな探索行動が可能になる。第二に、手中の鳥として活用可能な豊富な既存資源(顧客基盤、技術インフラ、ブランド、人的資本)の存在である。スタートアップと異なり、大企業はエフェクチュアルな行動の出発点となるリソースの厚みを持つ。この二つの条件——危機による慣性の解凍と、豊富な手中の鳥——の交差点において、エコシステム・エフェクチュエーションは発動する。

ポストパンデミック時代への示唆

コーゼーションとの補完関係

AirAsiaの事例は、エフェクチュエーションが組織全体のマネジメントを代替するものではないことも示している。運営費72%削減は緻密な財務分析に基づくコーゼーション的意思決定であった。イタリアのホスピタリティSME 80社の実証研究でも、コーゼーションが「準備態勢」を、エフェクチュエーションが「アジリティ」を高めるという補完的な二重経路が確認されている。

新たな戦略的標準

気候変動、地政学的リスク、テクノロジーの破壊的進化——不確実性がグローバルに常態化する時代において、単一企業内にリソースを抱え込む閉鎖的アプローチは構造的脆弱性を持つ。自社のインフラを外部に開放し、多様なステークホルダーと共に新たな価値を創出するエコシステム・エフェクチュエーションは、ポストパンデミック時代のビジネスモデル・デザインにおける新たな戦略的標準を提示している。Korber & McNaughton(2018)のレジリエンス・フレームワークが示す「前方への跳躍(Bouncing Forward)」を、組織レベルで可能にする実践的方法論として、その意義は大きい。

関連記事として「クレイジーキルトの原則」「市場創造理論」も参照されたい。


参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and Effectuation: Toward a Theoretical Shift from Economic Inevitability to Entrepreneurial Contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Radziwon, A., Bogers, M., & Bilberg, A. (2022). Ecosystem effectuation: Creating new value through open innovation during a pandemic. R&D Management, 52(2), 376–390.
  • Massa, L., & Tucci, C. L. (2013). Business model innovation. In M. Dodgson, D. M. Gann, & N. Phillips (Eds.), The Oxford Handbook of Innovation Management. Oxford University Press.
  • Chesbrough, H. W. (2003). Open Innovation: The New Imperative for Creating and Profiting from Technology. Harvard Business School Press.
  • Korber, S., & McNaughton, R. B. (2018). Resilience and entrepreneurship: A systematic literature review. International Journal of Entrepreneurial Behavior & Research, 24(7), 1129–1154.
  • Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.

参考書籍

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