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エフェクチュエーションとファミリービジネス — 事業承継への応用

エフェクチュエーション理論をファミリービジネスの事業承継プロセスに適用する。後継者の手中の手段の再評価から始まるエフェクチュアルな承継戦略の理論的枠組みと実践的指針を論じる。

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目次

事業承継という「手段としての遺産」

ファミリービジネスにおける事業承継は、経営学において固有の研究領域として発展してきた。その多くは「どのように先代のビジョンを継承するか」「どのように株式・資産を移転するか」という計画志向の問いを中心に構成されている。この問いの立て方は、目標を先に設定し手段を逆算で探す因果論的(causal)思考と親和的である(Sarasvathy, 2008, pp. 12–17)。

しかし現実の承継プロセスは、計画通りには進まない。先代の突然の引退や死去、市場環境の激変、後継者候補の意向変化、家族内の対立——これらの予期せぬ出来事は事業承継を、典型的なナイトの不確実性(Knightian Uncertainty)が支配する領域に置く。確率的に予測できない事態が連続する環境では、精緻な承継計画そのものが実行不能になりうる。

エフェクチュエーション理論はこの問いに対して、異なる出発点を提供する。「先代が何を遺したか(手段)」を起点に、後継者が持つ独自のリソースと組み合わせることで、 先代のビジョンを模倣するのではなく、次世代の現実から新しい事業の未来を構築する アプローチが、エフェクチュアルな事業承継の本質である。

ファミリービジネス研究とエフェクチュエーション理論の接点

Goel & Jones(2016)は、ファミリービジネス研究にエフェクチュエーション理論を接続した先駆的な研究において、ファミリービジネスが本質的にエフェクチュアルな性格を持つことを論じた。その核心は「 ファミリーキャピタル(family capital) 」の概念にある。

ファミリーキャピタルとは、ファミリービジネス特有の3種類の資源の束である。①人的資本(家族成員の専門知識・スキル)、②社会的資本(世代をまたいで蓄積された人脈・評判・信頼関係)、③財務資本(家族が蓄積した事業資産と個人資産)。このファミリーキャピタルは、手中の鳥原則が示す「WHO I am / WHAT I know / WHOM I know」の構造と対応する(Sarasvathy, 2008, pp. 31–35)。

後継者はファミリーキャピタルという形で、他のいかなる起業家も持たない独自の「手中の手段」を相続する。この手段を起点にしてどのような未来を構築するかという問いが、エフェクチュアルな事業承継の出発点となる。

後継者の3類型とエフェクチュアルな対応

Wiltbank et al.(2006)が示した予測志向と非予測志向という軸は、事業承継における後継者の戦略志向を分類する枠組みとしても機能する。承継に際して後継者が取りうる立場を以下の3類型に整理し、それぞれに対応するエフェクチュアルな戦略を検討できる。

類型1:継承者(継続中心型)

先代のビジョン・戦略・組織文化を可能な限り忠実に継続しようとする後継者。この立場は予測志向(causation)と親和的であり、市場が安定している局面では有効に機能する。しかし市場環境が不連続に変化した場合、先代モデルへの固執が柔軟な適応を阻害するリスクを持つ。

エフェクチュアルな視点からは、継承者であっても 定期的に手中の手段の棚卸しを行い、先代の方法論ではなく先代が蓄積したリソース(人脈・評判・技術)を起点に 戦略を更新することが求められる。

類型2:革新者(変革中心型)

先代のビジネスモデルを抜本的に変革することを目指す後継者。この立場はイノベーション志向が強く、エフェクチュアルな可能性も高いが、ファミリービジネス特有の課題——先代や家族成員との関係、既存の取引先や従業員の信頼——との摩擦を生みやすい。

エフェクチュアルな視点からは、革新者が変革の規模を「許容可能な損失の範囲内で設計する実験」として捉えることが求められる。一気の全面変革ではなく、ファミリーキャピタルを毀損しない範囲での段階的な革新が、承継リスクを管理しながら変革を実現する。

類型3:起業者(新規事業型)

既存事業を誰かに委ねながら、ファミリーキャピタルを活用して隣接する新規事業を立ち上げる後継者。この立場は最もエフェクチュアルな性格を持ち、手中の手段(ファミリーキャピタル)を起点に新しい市場を創造するアプローチと直接対応する。

事業承継プロセスの4段階モデル

Nordqvist et al.(2013)の研究と Sarasvathy のエフェクチュエーション理論を統合すると、エフェクチュアルな事業承継の4段階モデルを導出できる。

第1段階:ファミリーキャピタルの棚卸し

承継開始時に、引き継ぐリソースの全体像を「手中の鳥」の視点から評価する。事業資産(設備・在庫・特許・ブランド)だけでなく、無形のファミリーキャピタル——顧客との信頼関係、地域コミュニティとの絆、業界内の評判、従業員の暗黙知——を可視化する。この棚卸しは後継者が「自分が何を持っているか」を理解する出発点であり、 先代が「何を目指していたか」の理解より優先される

第2段階:後継者自身の手中の鳥の確認

後継者が持つ固有のリソース——先代と異なる世代が培った人脈・知識・スキル・価値観——を棚卸しする。この段階で求められるのは、先代との差異を「課題」として捉えず、 後継者固有の「手中の手段」として再評価する ことである。デジタル技術への精通、海外ネットワーク、新しい業界知識——これらは先代が持たなかったリソースであり、継承した資産と組み合わせることで新しい可能性が開ける。

第3段階:ステークホルダーとのクレイジーキルト的合意形成

事業承継は後継者一人の意思決定ではなく、家族成員・主要顧客・金融機関・従業員・取引先といった多様なステークホルダーとの合意形成プロセスである。クレイジーキルト原則の観点から、 事前に承継計画を完成させてから承認を求めるのではなく、各ステークホルダーとのコミットメント交換を通じて承継計画そのものを共創する アプローチが有効である。

主要顧客に対しては「私が引き継いだ場合、どのような形での協力関係を続けてほしいか」と問い、顧客のコミットメントを引き出しながら承継後の事業設計に組み込む。このプロセスは、承継リスクを分散させると同時に、後継者が先代の人脈を引き継ぐための実践的な場となる。

第4段階:実験と反復による事業の再定義

承継後の最初の期間を「実験フェーズ」と位置づけ、許容可能な損失の範囲内で新しい事業仮説を試す。先代モデルから逸脱した実験が失敗しても損失が許容範囲内に収まるよう設計することで、後継者は「模倣」と「革新」の間に安全な試行空間を確保する。

Sarasvathy(2008)が示すように、エフェクチュアルな行動者は偶発的な出来事を機会として活用する(レモネード原則)。事業承継期には、先代が想定しなかった出来事が頻発する。後継者がこれらをリスクではなく、新しい事業機会として解釈する姿勢—— レモネード原則の実践 ——が、承継を単なる継続ではなく新しい価値創造の契機に変える。

日本のファミリービジネスへの含意

日本には世界最多水準の長寿企業が存在する。100年を超えるファミリービジネスが多数存在する背景には、先代のモデルを忠実に継承するだけでなく、各時代の後継者が独自のリソースを活かして事業を再定義してきた歴史がある。

しかし現代の日本では、少子化による後継者不足、デジタル変革による業界構造の変化、グローバル競争の激化が重なり、従来型の計画的承継では対応困難な状況が増えている。中小企業庁(2022)の報告によれば、事業承継を課題とする中小企業の約60%が後継者未定の状態にある。

エフェクチュアルな事業承継の発想は、この状況に新しい可能性を示す。 後継者がいない場合でも、ファミリーキャピタルを共有できる外部パートナーとのクレイジーキルト的な連携 によって、承継の形そのものを再定義できる。M&Aによる事業承継も、エフェクチュアルな視点からは「外部のリソースとファミリーキャピタルを組み合わせる新しいパターンの共創」として捉え直すことができる。

承継を「継続」ではなく「共創」として捉える

エフェクチュエーション理論がファミリービジネスの事業承継に示す最大の示唆は、 承継とは先代の遺産を守ることではなく、後継者が固有の手中の手段を持ち寄ることで生まれる共創のプロセス だという認識の転換にある。この転換は、後継者にとっての心理的な重圧を軽減すると同時に、承継に関わるすべてのステークホルダーが持つ可能性を解放する。


引用・参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Goel, S., & Jones, R. J. (2016). Entrepreneurial exploration and exploitation in family business: A systematic review and future directions. Family Business Review, 29(1), 94–120.
  • Nordqvist, M., Wennberg, K., Bau’, M., & Hellerstedt, K. (2013). An entrepreneurial process perspective on succession in family firms. Small Business Economics, 40(4), 1087–1122.
  • Wiltbank, R., Dew, N., Read, S., & Sarasvathy, S. D. (2006). What to do next? The case for non-predictive strategy. Strategic Management Journal, 27(10), 981–998.
  • Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.
  • 中小企業庁 (2022).『中小企業白書』経済産業省.

参考書籍

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