用語集

手中の鳥の原則

目標から逆算するのではなく、手持ちの手段(Who I am / What I know / Whom I know)から出発するエフェクチュエーションの第一原則。

目次

しゅちゅうのとりのげんそく

Bird in Hand Principle手中の鳥バードインハンド

「何をやりたいか」が決まらないと動けないのか

起業やキャリアの転換を考えるとき、多くの人がまず「何をやりたいか」「どんなビジョンを実現したいか」という問いから出発する。自己啓発書は「明確な目標を持て」と説き、MBAの授業では「ビジョンから逆算して戦略を立てよ」と教える。しかし現実には、「やりたいことが見つからない」「ビジョンが描けない」という理由で一歩を踏み出せない人が少なくない。目標が定まらなければ戦略が立てられず、戦略がなければ行動できない——この因果論的な思考の連鎖が、多くの人を「考えるだけで動けない」状態に閉じ込めている(Sarasvathy, 2008, p. 15)。

熟達した起業家は「手持ちの手段」から始める

Sarasvathy(2008)が27名の熟達した起業家を対象に実施したシンク・アラウド・プロトコル実験において、最も顕著に観察されたパターンが「手段から出発する」というアプローチであった(Sarasvathy, 2008, pp. 15–16)。起業家たちに架空の製品アイデアを提示し、「この製品で会社を立ち上げるとしたらどうしますか」と尋ねたところ、ほとんどの起業家が市場分析やビジネスプランの策定から始めるのではなく、「自分が誰を知っているか」「自分の経験で何ができるか」という手持ちの手段の棚卸しから始めたのである。

手中の鳥の原則(Bird in Hand Principle)は、エフェクチュエーションの5つの原則の中でも最初に位置する第一原則であり、「目標から手段を逆算する」のではなく、「手持ちの手段から可能な結果を想像する」というアプローチである(Sarasvathy, 2008, p. 15)。

手段の3つのカテゴリー

Sarasvathy(2008)は、起業家が出発点とする手段を3つのカテゴリーに整理した(pp. 15–16)。

  1. Who I am(自分は何者か): 自分のアイデンティティ、価値観、性格特性、情熱。たとえば「自分は内向的だが文章を書くのが得意」「テクノロジーに対する好奇心が強い」「社会的な不公正に対して強い関心がある」といった自己認識
  2. What I know(何を知っているか): 教育、訓練、職業経験を通じて蓄積した知識やスキル。「プログラミングができる」「金融業界で10年の経験がある」「食品衛生の専門知識がある」といった具体的なケイパビリティ
  3. Whom I know(誰を知っているか): 個人的・職業的なネットワーク。「大企業の調達担当者と知り合いである」「投資家とのつながりがある」「地域の農家コミュニティに属している」といった社会関係資本

これら3つの手段は、すべての人がすでに持っているものである。「何も持っていない」と感じることがあるかもしれないが、それは手段の棚卸しを行っていないだけであり、実際にはどんな人でもこの3つのカテゴリーにおいて何らかのリソースを保有している。

「A bird in the hand is worth two in the bush」の意味

この原則の名称は、英語の諺「A bird in the hand is worth two in the bush(手中の一羽は藪の中の二羽に値する)」に由来する。藪の中にいるかもしれない鳥(不確実な将来のリターン)を追うよりも、今手の中にいる鳥(確実に保有している手段)を活かすほうが賢明だという知恵である(Sarasvathy, 2008, p. 15)。

この比喩はコーゼーションとエフェクチュエーションの違いを端的に示している。コーゼーションは「藪の中にいる特定の鳥」を目標に設定し、それを捕獲するための最適な手段を考える。エフェクチュエーションは「手の中にいる鳥」から出発し、この鳥で何ができるかを創造的に考える。

手段ドリブンはなぜ不確実性に強いのか

Read et al.(2009)は、手段ドリブンのアプローチが不確実性の高い状況で有効である理由を以下のように説明している。第一に、手段は既に存在するため不確実性が低い。目標が実現するかどうかは不確実だが、自分が何を持っているかは確実に把握できる。第二に、手段から出発することで複数の可能な結果が見えてくるため、一つの目標に固執するリスクが減る。第三に、行動の結果として新たな手段が獲得され、それがさらに新しい可能性を生むという好循環が生まれる(Read et al., 2009, pp. 4–6)。

手中の鳥を実践する3つのステップ

  1. 手段の棚卸しを行う: ノートを3つの列に分け、「Who I am(自分のアイデンティティ・価値観・情熱)」「What I know(知識・スキル・経験)」「Whom I know(知人・ネットワーク・コミュニティ)」をそれぞれ書き出す。最低でも各カテゴリー10項目を目指す
  2. 手段の組み合わせから可能な行動を想像する: 書き出した手段を眺め、「これらの手段を使って、今すぐ始められることは何か」を考える。重要なのは「何をやるべきか」ではなく「何ができるか」という問いの立て方である
  3. 最も許容損失が低い行動から実行する: 想像した行動の中から、失うものが最も少ない(許容可能な損失の原則)ものを選び、実行に移す。その結果が新たな手段を生み、次の行動の選択肢を広げてくれる

この原則が特に有効な人

  • 「やりたいこと」が見つからず、キャリアや起業の方向性が定まらない人
  • 手持ちのリソースが限られていると感じている初期段階の起業家
  • 異動や転職によって新しい環境に置かれ、何から始めればよいか迷っている人
  • 社内で新規事業のアイデアを求められているが、目標設定に苦慮しているイントレプレナー
  • 起業家教育において、受講者に「最初の一歩」を踏み出させたい教育者

今夜、3つの問いに答えてみよう

「Who I am / What I know / Whom I know」——この3つの問いに対する答えを、今夜15分かけて書き出してみることを勧める。完璧を目指す必要はない。思いつくままに書けばよい。この15分の棚卸しが、「やりたいことが見つからないから動けない」という停滞を打ち破る突破口になる。手の中の鳥は、すでにそこにいるのである。エフェクチュエーションを実践する起業家の多くは、この棚卸し作業を起点に、クレイジーキルトの原則で述べるような自己選択的ステークホルダーとの協力関係を構築していく。


引用・参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Read, S., Dew, N., Sarasvathy, S. D., Song, M., & Wiltbank, R. (2009). Marketing under uncertainty: The logic of an effectual approach. Journal of Marketing, 73(3), 1–18.
  • サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.

関連用語

エフェクチュエーション 手段ドリブン コーゼーション