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なぜ「動的シフト」に注目すべきなのか
エフェクチュエーションとコーゼーションは、しばしば対立的な概念として語られる。しかし、実際のイノベーションプロセスにおいて、起業家や新規事業担当者がどちらか一方のロジックだけで行動し続けるケースは稀である。現実のイノベーションプロセスは、エフェクチュエーションとコーゼーションが動的に切り替わりながら進行するのであり、その切り替えのメカニズムを理解することは、理論と実務の双方にとって決定的に重要である。
Sarasvathy(2001)の原著論文は、エフェクチュエーションとコーゼーションを理念型(ideal type)として提示した。理念型とは、現実の複雑さを捨象して理論的に純粋な形を描き出すものであり、現実そのものの記述ではない。理念型は現実を理解するためのレンズであり、レンズ自体が現実ではない(Sarasvathy, 2001, p. 245)。しかし、理念型の提示が二項対立的な理解を助長してしまった側面は否めない。2010年代以降、研究者たちはこの二項対立を乗り越え、両者の動的な相互作用に焦点を当てるようになった。
Berends et al.(2014)の縦断研究——新製品開発プロセスでのロジック切替
Berends, Jelinek, Reymen, & Stultiëns(2014)は、エフェクチュエーションとコーゼーションの動的シフトを実証的に捉えた先駆的研究である。彼らはオランダの中小企業5社における新製品開発(NPD)プロセスを、平均2年以上にわたり縦断的に追跡調査した。この研究デザインの特徴は、横断的なスナップショットではなく、時間の経過とともにロジックがどう変化するかをリアルタイムで観察した点にある。
調査の結果、3つの重要な知見が得られた。
発散と収束のサイクル
第一に、新製品開発プロセスは**「発散」と「収束」のサイクルを繰り返しながら進行していた。発散フェーズでは、起業家は手持ちの手段から出発し、パートナーとの対話を通じて多様な可能性を探索する。この段階ではエフェクチュエーション的なロジックが支配的であり、目標は明確に定まっておらず、手段が機会の方向性を規定する。一方、収束フェーズでは、探索の結果得られた情報に基づいて選択肢を絞り込み、具体的な計画を策定する。この段階ではコーゼーション的なロジックが前面に出る**(Berends et al., 2014, p. 619)。
重要なのは、このサイクルが一度で終わるのではなく、複数回にわたり反復される点である。収束フェーズで策定された計画が実行される過程で、予期せぬ事象——新たな顧客ニーズの発見、技術的障壁の出現、パートナーからの予想外の提案——が生じると、再び発散フェーズに移行する。プロセスは直線的ではなく、螺旋的に進展するのである。
不確実性レベルの変化とロジック選択
第二に、ロジックの切り替えは不確実性のレベルの変化と密接に連動していた。プロジェクトの初期段階では、技術的実現可能性も市場の受容性も不明であり、不確実性は最高水準にある。この段階ではエフェクチュエーションが自然に選択される。プロトタイプの完成、初期顧客からのフィードバック獲得、特許出願などの「マイルストーン」を経るたびに、特定の次元での不確実性が低減し、その次元においてコーゼーション的な計画策定が可能になる(Berends et al., 2014, p. 623)。
しかし、Berends et al.が強調するのは、不確実性は一様に低減するわけではないという点である。技術的な不確実性が解消されても、市場の不確実性は依然として高いかもしれない。あるいは、市場参入の見通しが立っても、サプライチェーンの構築に関する新たな不確実性が浮上するかもしれない。イノベーションプロセスにおける不確実性は多次元的であり、各次元が異なるタイミングで変動するのである。
切り替えのトリガー
第三に、ロジック切り替えのトリガーが特定された。主なトリガーとして、(1)外部からの予期せぬ情報の流入、(2)既存の計画の行き詰まり、(3)新たなステークホルダーの参入の3つが観察された。外部情報の流入は発散フェーズを再開させ、計画の行き詰まりはコーゼーションからエフェクチュエーションへの回帰を促し、新たなステークホルダーの参入は手段の集合を拡張して可能性の空間を広げる(Berends et al., 2014, pp. 625-627)。
組織的両利き(Ambidexterity)との理論的接点
エフェクチュエーションとコーゼーションの動的シフトは、経営学における「組織的両利き(organizational ambidexterity)」の議論と深い理論的親縁性を持つ。March(1991)は、組織が長期的に存続するためには、「探索(exploration)」と「活用(exploitation)」の両方を同時に追求する能力が必要であると論じた。探索は、新しい可能性の発見、実験、変動、リスクテイクを含み、活用は、既存の能力の洗練、効率化、実行、選択を含む。探索なき活用は陳腐化を招き、活用なき探索は成果の刈り取りに失敗する(March, 1991, p. 71)。
この探索と活用の関係は、エフェクチュエーションとコーゼーションの関係と構造的に相同である。エフェクチュエーションは探索に、コーゼーションは活用に、それぞれ理論的に対応する。エフェクチュエーション的なロジックは、手持ちの手段から多様な可能性を広げ、偶然の出来事を取り込み、新たなパートナーとの協働を通じて未知の領域を探索する。コーゼーション的なロジックは、特定された目標に向かって最適な手段を選択し、計画を実行し、効率的に資源を配分する。
Tushman & O’Reilly(1996)は、組織が探索と活用を同時に実行する構造として**「両利きの組織(ambidextrous organization)」**を提唱した。この議論をエフェクチュエーション研究に接続すると、両利きの起業家あるいは組織とは、エフェクチュエーションとコーゼーションを状況に応じて意識的に切り替える能力を持つ主体であると再定義できる。
Mainela & Puhakka(2009)——国際的機会創造のダイナミクス
Mainela & Puhakka(2009)は、国際的な事業機会の創造プロセスにおけるエフェクチュエーションの役割を分析した。フィンランドのテクノロジー企業が新興国市場に進出するプロセスの事例研究を通じて、国際ビジネスにおける機会は「発見」されるのではなく、現地パートナーとの社会的相互作用を通じて「創造」されることを明らかにした。
Mainela & Puhakka が注目したのは、国際ビジネスにおける不確実性の特異性である。国内市場では、制度的環境、商慣行、顧客の嗜好について一定の予測が可能であるが、新興国市場では制度的空白(institutional void)が存在し、予測の基盤そのものが欠落している。このような環境では、市場分析に基づく計画的なアプローチの有効性は著しく制限され、エフェクチュエーション的なロジック——手持ちの手段と現地パートナーの手段を組み合わせて機会を構築するアプローチ——が適合する(Mainela & Puhakka, 2009, pp. 462-465)。
しかし、事業が軌道に乗り始め、現地市場についての知識が蓄積されると、コーゼーション的な計画策定が可能になり、また必要にもなる。国際ビジネスにおいても、ロジックの動的シフトが観察されるのであり、Berends et al.の知見が国内市場に限定されない普遍性を持つことを示唆している。
実務的示唆——フェーズに応じた意識的なロジック切替
ここまでの研究知見から、実務に対する3つの重要な示唆が導かれる。
第一に、ロジックの切り替えを意識的に行うことの重要性である。多くの実務家は、どちらか一方のロジックに無自覚に依存している。計画志向の強い大企業の新規事業部門は、不確実性が高い初期段階でもコーゼーション的な市場分析と事業計画策定を求める傾向がある。逆に、「リーン」や「アジャイル」に傾倒するスタートアップは、事業が成長段階に入ってもエフェクチュエーション的な即興に依存し続けることがある。いずれの偏りもパフォーマンスを損なう。Berends et al.の研究は、フェーズに応じた意識的な切り替えの重要性を実証的に示している。
第二に、不確実性を「多次元的」に把握する能力の重要性である。不確実性を一枚岩として捉えるのではなく、技術、市場、規制、組織といった各次元の不確実性を個別に評価し、次元ごとに適切なロジックを選択する。技術的な不確実性が低減された次元ではコーゼーション的に計画し、市場の不確実性が依然として高い次元ではエフェクチュエーション的に探索する——同一プロジェクト内でロジックを次元別に使い分けることが、効果的なイノベーションマネジメントにつながる。
第三に、ロジック切り替えのトリガーに対する感度を高めることである。予期せぬ情報の流入、計画の行き詰まり、新たなステークホルダーの出現は、ロジックを切り替えるべきシグナルである。これらのシグナルを見逃さず、柔軟にロジックを切り替えることが、不確実性の高い環境での適応力を高める。動的シフトの能力は、天賦の才能ではなく、意識的な訓練によって獲得可能なスキルなのである。
関連記事として「市場創造理論」、「エフェクチュエーションとエコシステム・イノベーション」も参照されたい。
引用・参考文献
- Berends, H., Jelinek, M., Reymen, I., & Stultiëns, R. (2014). Product innovation processes in small firms: Combining entrepreneurial effectuation and managerial causation. Journal of Product Innovation Management, 31(3), 616–635.
- Mainela, T., & Puhakka, V. (2009). Organising new business in a turbulent context: Opportunity discovery and effectuation for IJV development in transition markets. Journal of International Entrepreneurship, 7(2), 111–134.
- March, J. G. (1991). Exploration and exploitation in organizational learning. Organization Science, 2(1), 71–87.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Tushman, M. L., & O’Reilly, C. A. (1996). Ambidextrous organizations: Managing evolutionary and revolutionary change. California Management Review, 38(4), 8–30.
- サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.