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国際起業とエフェクチュエーション

国際アントレプレナーシップにおけるエフェクチュエーションの役割を解説。born global企業、Uppsalaモデルとの比較、制度的空白での起業行動を論じる。

約15分
目次

国際起業が突きつける「予測不能」の壁

起業活動には本質的に不確実性が伴うが、国際市場への展開はその不確実性を飛躍的に増幅させる。国内市場であれば言語・商慣習・法制度について一定の既知情報があるが、国境を越えた瞬間にそれらの前提がすべて変わる。Johanson & Vahlne(2009)が指摘する**「外国であることの負債(liability of foreignness)」**に加え、為替リスク、政治リスク、異文化コミュニケーションの困難さが重層的に積み重なる。

Sarasvathy et al.(2014)は、国際起業の不確実性が確率分布の未知なナイトの不確実性に該当すると主張した。統計的予測が原理的に不可能な状況では、精緻な市場予測に基づく計画的アプローチよりも、手元のコントロール可能な手段に基づくエフェクチュエーション的行動が有効に機能する。

Uppsalaモデルとの理論的比較

Johanson & Vahlne(1977)が提唱したUppsalaモデルは、企業が文化や言語の類似した「心理的距離」の近い市場から輸出を開始し、知識蓄積に伴って販売拠点設立、現地法人設立へとコミットメントを段階的に深める過程を描く。2009年の改訂版では、国際化の最大障壁が市場の無知から**「部外者としての負債(liability of outsidership)」――関連するビジネス・ネットワークに属していないこと――へとシフトした。このモデルの背後にある論理はコーゼーション的**であり、まず知識を獲得し、それに基づいて次のステップを計画する。しかし急速にグローバル化する現代において、段階的な知識蓄積の時間的余裕は多くの企業に与えられていない。以下の比較表は両アプローチの構造的差異を整理したものである。

比較次元Uppsalaモデル(2009年改訂版)エフェクチュエーション
基本前提経験的学習による段階的関与の増大手元の手段から即座に行動し価値を共創
不確実性への対処段階的コミットメントと知識蓄積で「低減」コントロール可能な要素への注力で「活用」
機会の捉え方ネットワーク内での学習を通じて「発見」ステークホルダーとの相互作用で「共創」
ネットワークの役割既存ネットワークの内部者になる自己選択的パートナーと新たに織り成す
リスク管理知識とコミットメントのバランスで段階投資許容可能な損失の範囲内で投資

Spotify――5原則すべてを駆動させたBorn Global企業

スウェーデン発のSpotifyは、エフェクチュエーション5原則の包括的な適用事例として際立つ。

手中の鳥と許容可能な損失

Spotifyは普遍的なUI/UXと独自アルゴリズムという既存能力を起点とした。スウェーデン国内にとどまれば早期に利益を上げられたが、収益のほぼすべてをグローバル展開に再投資した。2011年の米国進出時、レコメンデーション機能は未熟だったが、完璧を待たず市場に投入し、数年後にEcho Nest社買収で技術を補完する実行優先のアプローチを取った。

クレイジーキルト:キャリアビリングと現地パートナー

著作権管理のKobaltとの提携で法的障壁を越え、欧州やアジアでは現地通信キャリアと提携し、クレジットカードを持たないユーザー向けに**キャリアビリング(携帯電話料金との合算請求)**を構築した。インドネシアではIndosatとデータ通信使い放題パッケージを提供し、日本では電通とデジタルオーディオ広告市場を共同開拓した。

レモネード:Taylor SwiftからDiscover Weeklyへ

2014年にTaylor Swiftら大物アーティストが楽曲を引き上げた際、CEOのDaniel Ekはこの危機をビジネスモデルの透明性をアピールする好機へ転換し、支払い総額と仕組みを公開してクリエイターとの信頼関係を構築した。また米国市場で受動的リスニングを好む想定外の特性に直面した際も、その発見を逆手にDiscover Weeklyという自動キュレーション機能を生み出した。

飛行機のパイロット

競合Deezerの無差別な世界同時展開とは異なり、コントロール可能な範囲で市場を選択した。CD文化が根強い日本市場へは、楽曲カタログ確保と招待制ベータテストで反応を制御できる状態になるまで意図的に参入を遅らせた。

Wise――P2P送金で金融インフラを再構築

Wise(旧TransferWise)の創業者Taavet Hinrikus(Skype初代従業員)とKristo Kaarmannは、ロンドン・エストニア間の送金手数料への不満から、互いの国内口座に送金し合い国境を越えずに資金を融通するP2Pの仕組みを友人同士で始めた。市場調査ではなく、手中の鳥からの出発である。

国際展開ではSWIFTに依存せず、各国の現地銀行に自社口座を開設して国内送金をマッチングさせるクローズド・ループ・システムを構築した。巨大インフラの整備を待たず、コントロール可能な範囲で新たな金融インフラを自ら創出する飛行機のパイロットの原則の実践であり、各国規制当局との認可取得というクレイジーキルト的パートナーシップを一つずつ築いていった。

Skype――P2Pアーキテクチャによる急速な国際化

Wiseの創業者Hinrikusの出身企業でもあるSkypeは、エフェクチュエーション原則を色濃く反映したBorn Global企業である。創業者たちはファイル共有ソフトKazaa開発で培ったP2P技術という手中の鳥を最大限に活用した。世界規模の通話サービスのために中央集権的な巨大サーバー群を構築するという天文学的コスト(許容不可能な損失)を回避し、世界中のユーザーのPCを通信ノードとする**分散型アーキテクチャ(P2Pアーキテクチャ)**を採用して限界費用を事実上ゼロに抑えた。旧来の巨大通信キャリアとの正面衝突を避けつつ、ヘッドセットメーカーや前衛的な通信事業者と自己選択的なクレイジーキルトを結び、グローバルなコミュニケーション市場そのものをパートナーと共創した事例である。

制度的空白とエフェクチュエーション

Khanna & Palepuの「制度的空白」概念

Khanna & Palepu(1997, 2010)は、先進国で市場取引を支える仲介機関・規制・契約履行メカニズムが新興国で欠如する状態を**「制度的空白(institutional voids)」**と定義した。予測の原材料たるデータ自体が欠如するため、コーゼーション的アプローチは機能不全に陥り、非予測的戦略が有効となる。フォーマルな制度の不在を補うように、家族・文化・地縁といったインフォーマルなネットワークが信頼基盤として機能し、エフェクチュエーション実践者はこれを深く活用する。

アフリカにおけるエフェクチュエーションの適応

サハラ以南アフリカでは「極限の制度的空白」のもと、起業家たちが独自の実践を展開している。**プルリアクティビティ(複業化)**は、同時に複数の収益源を持つことで各事業の損失を許容可能な範囲に抑える高度なリスク分散戦略である。**コンパッション(共感)**は、経済的利益を超えた社会的使命がNGOや国際機関との強固なクレイジーキルトを形成する求心力として作用する。

ネットワーク・エントリーでは、多国籍企業や移民起業家がブリッジング・ネットワークと呼ばれる企業間連携体を形成し、集団で市場に参入する。信用情報や法的保護が存在しない場合、企業間の信頼に基づくクレイジーキルトが制度的インフラの代替物として機能する。

東南アジア:Grabエコシステムとローカル・パートナーシップ

東南アジアでは法規制の不透明性と物流インフラの未発達がモザイク状に混在する。インドネシアやベトナムで急成長したスタートアップの多くは、スーパーアプリGrabの巨大エコシステムと早期に提携した。決済や物流の信頼性が欠如する市場で、既に確立された信頼ネットワークに入り込むことは、ゼロからインフラを構築する許容不可能な損失を回避するエフェクチュアルな一手である。

ベトナムの農業セクターでは、オランダのFresh Studioが「イノベーションの仲介者」として機能した。知的財産保護法制の未整備により欧州のジャガイモ品種にアクセスできなかった現地機関に対し、自らの欧州ネットワーク(手中の鳥)を活用して農家・肥料会社・多国籍企業を結ぶエコシステムを構築した。制度的空白のある市場では、パートナーと共同でサプライチェーン自体を作り上げることが最も効果的な国際起業の実践となる。

国際市場は「発見する」ものではなく「構築する」もの

伝統的なUppsalaモデルの段階的国際化は、安定した制度と市場情報が存在する環境では依然として有効である。しかし、地政学的リスクの増大や破壊的技術革新の加速に満ちた現代のグローバル環境において、事前に最適な戦略を正確に「予測」することは事実上不可能に近い。Spotify、Wise、Skypeの軌跡が示すのは、手中の鳥を起点とし、許容可能な損失の範囲で実験を繰り返し、想定外の事態をレモネードとして活用し、クレイジーキルトを編み上げることで自らの手で国際市場を「コントロール」するアプローチの有効性である。アフリカや東南アジアの事例は、制度的空白という極限環境においてこそ非予測的戦略が最も力を発揮することを示している。国際市場は分析によって「発見する」ものではなく、パートナーとの協働を通じて「構築する」ものである――この視座の転換が、国際起業の実践に新たな地平を開く。

関連記事として「国際化とエフェクチュエーション」「Uppsalaモデルとエフェクチュエーション」も参照されたい。


参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Sarasvathy, S. D., Kumar, K., York, J. G., & Bhagavatula, S. (2014). An effectual approach to international entrepreneurship: Overlaps, challenges, and provocative possibilities. Entrepreneurship Theory and Practice, 38(1), 71–93.
  • Johanson, J., & Vahlne, J.-E. (1977). The internationalization process of the firm. Journal of International Business Studies, 8(1), 23–32.
  • Johanson, J., & Vahlne, J.-E. (2009). The Uppsala internationalization process model revisited. Journal of International Business Studies, 40(9), 1411–1431.
  • Knight, G. A., & Cavusgil, S. T. (2004). Innovation, organizational capabilities, and the born-global firm. Journal of International Business Studies, 35(2), 124–141.
  • Khanna, T., & Palepu, K. G. (1997). Why focused strategies may be wrong for emerging markets. Harvard Business Review, 75(4), 41–51.
  • Khanna, T., & Palepu, K. G. (2010). Winning in Emerging Markets: A Road Map for Strategy and Execution. Harvard Business Press.
  • Karami, M., Wooliscroft, B., & McNeill, L. (2019). Effectuation and internationalisation: A review and agenda for future research. Small Business Economics, 55, 777–811.
  • Mainela, T., & Puhakka, V. (2009). Organising new business in a turbulent context. Journal of International Entrepreneurship, 7(4), 455–479.
  • Welter, F., & Smallbone, D. (2011). Institutional perspectives on entrepreneurial behavior in challenging environments. Journal of Small Business Management, 49(1), 107–125.
  • Laine, I., & Galkina, T. (2017). The interplay of effectuation and causation in decision making: Russian SMEs under institutional uncertainty. International Entrepreneurship and Management Journal, 13(3), 905–941.
  • サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.

参考書籍

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