目次
Uppsalaモデルの成立と理論的基盤
企業がどのように国境を越えていくのか。この問いに対し、国際ビジネス研究で最も影響力を保持してきた枠組みが、Johanson & Vahlne(1977)のUppsalaモデルである。スウェーデン製造業の国際化パターンの実証観察から生まれたこのモデルは、国際化を段階的(incremental)なプロセスとして描き出した。
1977年オリジナルモデルの骨格
オリジナルのUppsalaモデルが提示した国際化の基本メカニズムは、「知識の蓄積」と「コミットメントの漸増」の循環プロセスである。企業はまず、言語・文化・政治制度が自国と類似した「サイキック・ディスタンス(心理的距離)」の近い市場から輸出を開始する。知識の蓄積に比例してリソース投入を段階的に深め、間接輸出→直接輸出→販売子会社→現地生産拠点というエスタブリッシュメント・チェーンを登っていく(Johanson & Vahlne, 1977)。
この枠組みの根底には、**外国市場の無知(liability of foreignness)**こそが国際化の最大障壁であるという認識がある。不利を解消するには経験的学習が不可欠であり、国際化は必然的に漸進的なものとなる。
2009年改訂モデル:部外者としての負債への転換
Uppsalaモデルは2009年に大幅な改訂が行われた。この改訂の最大の意義は、国際化における障壁の本質が**「外国であることの負債」から「部外者としての負債(liability of outsidership)」へとパラダイム・シフトした**点にある(Johanson & Vahlne, 2009)。グローバル化とネットワーク経済の深化により、個別市場の知識を段階的に蓄積すること以上に、関連するビジネス・ネットワークの内部者(insider)であるかどうかが国際化の成否を決定づける変数として浮上した。
改訂版では、ネットワーク外部の企業は暗黙知や機会情報にアクセスできず取引コストが増大する一方、内部者は知識共有を通じて不確実性を緩和できるとされた(Karami, Wooliscroft & McNeill, 2019)。
コーゼーション・Uppsala・エフェクチュエーション:三軸比較
Uppsalaモデルの理論的進化を踏まえたうえで、コーゼーション(因果論理)、Uppsalaモデル、エフェクチュエーションの3つの意思決定論理を体系的に比較すると、それぞれの存在論的前提と実践的含意の差異が鮮明になる。
| 比較次元 | コーゼーション | Uppsalaモデル(2009年改訂版) | エフェクチュエーション |
|---|---|---|---|
| 存在論的前提 | 目標は所与であり、手段を最適化する | 行動と学習が目標を漸次的に明確化する | 手段が所与であり、目標は創発する |
| 未来観 | 予測可能であり、計画によって到達できる | 部分的に予測可能であり、学習で精緻化される | 本質的に予測不可能であり、行動で構築する |
| 不確実性への対処 | データ分析と予測による「低減」 | 段階的コミットメントと知識蓄積による「低減」 | コントロール可能要素への集中と偶発性活用による「利用」 |
| 機会の性質 | 客観的に存在し、分析で「発見」される | ネットワーク内学習で「発見」される | ステークホルダーとの相互作用で「共創」される |
| ネットワーク構築 | 事前に評価・選定した相手との取引 | 既存ネットワークへの「インサイダー化」 | 自己選択的パートナーとの「クレイジーキルト」 |
| リスク管理 | 期待収益の最大化 | 知識とコミットメントのバランスによる段階投資 | 許容可能な損失の範囲内での投資 |
この三軸比較から浮かび上がる重要な知見は、Uppsalaモデルがコーゼーションとエフェクチュエーションの中間的位相に位置するという点である。Uppsalaモデルは行動と学習の循環を重視する点でコーゼーションの静的な合理性を超えているが、機会を「発見」するものと捉える点ではエフェクチュエーションの「共創」パラダイムには到達していない(Mainela & Puhakka, 2009)。
ネットワーク構築メカニズムの根本的差異
インサイダー化:Uppsalaモデルのアプローチ
改訂版Uppsalaモデルにおけるネットワーク構築は、**既存のビジネス・ネットワークへの参入(insidership)**を核心とする。企業は現地の顧客、サプライヤー、政府機関、業界団体といった既に確立されたネットワークの内部に入り込み、そのネットワーク内での相互作用を通じて暗黙知を獲得し、信頼関係を構築していく。このプロセスは時間的な漸進性を内包しており、ネットワーク内部での地位の確立には相当の時間と資源の投入が必要となる(Johanson & Vahlne, 2009)。
しかし、このアプローチには構造的な制約が存在する。設立間もないスタートアップや初期リソースが決定的に乏しい中小企業にとって、見知らぬ海外市場における既存の強固なネットワークに「インサイダー」として受容されることは極めて困難である。既存ネットワークは往々にして排他的であり、新参者が信頼を獲得するまでの「参入障壁」が高い。
クレイジーキルト:エフェクチュエーションのアプローチ
エフェクチュエーションのクレイジーキルトの原則は、ネットワーク構築の論理を根本から転換する。エフェクチュアルな起業家は、既存の確立されたネットワークへの参入を目指すのではなく、**自らのビジョンに賛同し自発的にリソースを提供する自己選択的なステークホルダー(self-selected stakeholders)**と次々にパートナーシップを結ぶ(Sarasvathy, 2008)。
この手法の本質的な革新性は、ネットワークを「所与の構造」として扱うのではなく、「創出される構造」として捉える点にある。起業家は既存ネットワークの部外者であるという不利を、自らが中心となって創り出した新たなクレイジーキルト・ネットワークによって代替する。結果として、Uppsalaモデルが示す「部外者としての負債」は事実上無効化される。Galkina & Chetty(2015)の実証研究は、国際化するSMEがUppsalaモデルの示すような計画的なネットワーク参入ではなく、偶発的に発生した機会を足掛かりにして新たな国際ネットワークをゼロから構築していく過程を明らかにしている。
機会の発見と共創:存在論的パラダイムの分岐
両理論間の最も根源的な差異は、「機会(opportunity)」の存在論的位置づけにある。
Uppsalaモデルの枠組みでは、機会はある程度客観的な実体として外部環境に存在し、起業家はネットワーク内部での活動や経験的学習を通じてそれを**「発見(discovery)」**する。この機会発見観は、Shane & Venkataraman(2000)の起業機会理論と整合的であり、機会は情報の非対称性によって一部の主体にのみ見えるが、そこに存在すること自体は客観的であるとされる。
対照的に、エフェクチュエーションは未来が本質的に予測不可能であるという前提に立ち、機会はあらかじめ存在するのではなく、人々の行動と相互作用によって「共創(co-creation)」されるものと見なす(Sarasvathy, 2008)。国際市場という不確実性の高い環境において、エフェクチュエーション実践者は「レモネードの原則」に従い、予期せぬ事態や文化的摩擦を脅威として退けるのではなく、全く新たな機会を生み出すための資源として再解釈する。
この存在論的分岐は、国際化の実務に対して決定的に異なる行動指針をもたらす。Uppsalaモデルに従えば、企業は既存市場の機会をネットワーク内で学習・発見するために段階的に時間を投資すべきである。エフェクチュエーションに従えば、企業は手元の手段を起点にパートナーと共に機会そのものを創り出すべきであり、市場の機会が「見つかる」のを待つ必要はない。
統合的理解に向けて:対立から補完へ
Uppsalaモデルとエフェクチュエーションは決して対立する理論ではない。むしろ、Uppsalaモデルが示す段階的な学習とコミットメントのプロセスの中に、エフェクチュエーションが示す機会の共創メカニズムと非予測的な意思決定論理を統合することで、よりダイナミックで非線形なSMEの国際化プロセスを精緻に説明することが可能となる(Karami, Wooliscroft & McNeill, 2019)。
安定した制度環境と十分な市場情報が存在する場合には、Uppsalaモデルの段階的アプローチが引き続き有効に機能する。しかし、不確実性が極度に高い環境——新興国市場の制度的空白、破壊的技術革新の加速、地政学的リスクの増大——においては、段階的な知識蓄積を待つ時間的余裕がなく、エフェクチュエーションの非予測的コントロールが決定的な優位性をもたらす。
Laine & Galkina(2017)が示したように、実際の国際化プロセスでは両者の論理が静的に分離されるのではなく、事業フェーズや制度的文脈に応じて動的に切り替えられる(dynamic interplay)。Uppsalaモデルの「学習」とエフェクチュエーションの「共創」を企業がいかにハイブリッドに統合するかという問いが、今後の国際アントレプレナーシップ研究における最も重要な理論的課題の一つとなっている。
関連記事として「国際起業とエフェクチュエーション」、「国際化とエフェクチュエーション」も参照されたい。
参考文献
- Johanson, J., & Vahlne, J.-E. (1977). The internationalization process of the firm. Journal of International Business Studies, 8(1), 23–32.
- Johanson, J., & Vahlne, J.-E. (2009). The Uppsala internationalization process model revisited. Journal of International Business Studies, 40(9), 1411–1431.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Karami, M., Wooliscroft, B., & McNeill, L. (2019). Effectuation and internationalisation: A review and agenda for future research. Small Business Economics, 55, 777–811.
- Mainela, T., & Puhakka, V. (2009). Organising new business in a turbulent context. Journal of International Entrepreneurship, 7(4), 455–479.
- Galkina, T., & Chetty, S. (2015). Effectuation and networking of internationalizing SMEs. Management International Review, 55(5), 647–676.
- Shane, S., & Venkataraman, S. (2000). The promise of entrepreneurship as a field of research. Academy of Management Review, 25(1), 217–226.
- Laine, I., & Galkina, T. (2017). The interplay of effectuation and causation in decision making: Russian SMEs under institutional uncertainty. International Entrepreneurship and Management Journal, 13(3), 905–941.
- サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.