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国際化における両利きの経営——コーゼーションとエフェクチュエーションの動的統合

国際アントレプレナーシップにおけるアンビデクステリティ(両利き)の実践を論じる。事業フェーズと制度的文脈に応じた論理の使い分けを提示。

約14分
目次

二項対立を超えて

エフェクチュエーション理論の発展史において、コーゼーション(因果論理)との関係は常に中心的な議論の対象であった。Sarasvathy(2001)がエフェクチュエーションを提唱した当初、両者は対照的な意思決定論理として位置づけられた。コーゼーションは目標を所与とし最適な手段を選択する論理であり、エフェクチュエーションは手段を所与とし新たな目標を創発させる論理である。しかし、国際アントレプレナーシップ(IE)の実証研究が蓄積されるにつれ、実際の起業家や企業がこの二つの論理を排他的にではなく、補完的かつ動的に使い分けていることが繰り返し確認されてきた(Laine & Galkina, 2017; Karami, Wooliscroft & McNeill, 2019)。

本稿では、コーゼーションとエフェクチュエーションの二項対立を超克する理論的枠組みとして**「アンビデクステリティ(Ambidexterity:両利きの経営)」**の概念を導入し、国際化プロセスにおける両論理の動的統合のメカニズムを論じる。

アンビデクステリティの理論的背景

組織の両利き

アンビデクステリティの概念は、もともとMarch(1991)の「探索(Exploration)」と「活用(Exploitation)」の議論に端を発する。探索とは新たな知識や機会を追求する活動であり、活用とは既存の知識や能力を効率的に展開する活動である。March(1991)は、長期的に成功する組織はこの二つの活動を同時に遂行できる「両利き」の能力を持つと主張した。

O’Reilly & Tushman(2004)はこれを発展させ、組織的アンビデクステリティを既存事業の効率的運営(活用)と新たな事業機会の開拓(探索)を同時に行う能力として定式化した。国際アントレプレナーシップに適用すると、コーゼーションは「活用」、エフェクチュエーションは「探索」の論理として対応づけられる。すなわち、状況に応じて両論理を柔軟に使い分ける能力がIEにおけるアンビデクステリティである。

Laine & Galkina(2017)は、ロシアのSMEの国際化プロセスにおいて、制度的不確実性の高い局面ではエフェクチュエーションが優勢となり、制度環境が安定した局面ではコーゼーションが優勢となるという動的な切り替えパターンを実証的に明らかにした。この知見は、両論理が静的に対立するのではなく、制度的文脈に埋め込まれた動的なプロセスとして理解されるべきであることを示している。

事業ライフサイクルに応じた論理の動的切替

初期参入フェーズ:エフェクチュエーション優位

国際化の初期段階——すなわち、未知の海外市場に初めて足を踏み入れるフェーズ——では、企業が直面する不確実性は最も高い。市場に関する経験的知識が皆無であり、現地のネットワークも存在せず、製品やサービスの市場適合性も検証されていない。Sarasvathy et al.(2014)が指摘するように、この段階の不確実性は確率分布さえ未知なナイトの不確実性に該当し、統計的予測が原理的に不可能である。

このフェーズにおいては、エフェクチュエーションの各原則が最も強力に機能する。

手中の鳥の原則——市場データが存在しないため、手元の手段(技術、人脈、知識)から出発する。許容可能な損失の原則——期待収益の計算が不可能なため、ダウンサイドの管理が唯一の合理的なリスク評価基準となる。レモネードの原則——初期参入で頻発する想定外の事態を、学習と機会創出の源泉として活用する。

成長・拡大フェーズ:コーゼーションの統合

初期参入で市場の足場を確立し、プロダクト・マーケット・フィットが検証された段階に入ると、企業の意思決定環境は質的に変化する。市場データの蓄積、顧客基盤の可視化、競合環境の理解が進むことで、不確実性が「リスク」(確率分布が既知の不確定性)へと変質する

この段階では、コーゼーション的なアプローチの有効性が増大する。

目標設定と計画立案——市場シェア目標、売上成長率、利益率といった定量的目標を設定し、それを達成するための具体的な施策を計画的に実行する。

効率的な資源配分——蓄積されたデータに基づいて、最も高いROIが期待される市場や顧客セグメントにリソースを集中的に配分する。

プロセスの標準化とスケーリング——初期参入で発見された成功パターンを標準化し、組織的に再現可能なプロセスとして展開する。

しかし重要なのは、コーゼーションの統合がエフェクチュエーションの完全な「置換」を意味するのではないという点である。成長フェーズにおいても、新たな地域への拡張、新規サービスの投入、予期せぬ競合環境の変化といった局面では、再びエフェクチュエーション的な論理が必要となる。Karami, Wooliscroft & McNeill(2019)は、この現象を**「論理の振り子(pendulum of logics)」**と表現している。

制度的文脈に応じた柔軟な使い分け

制度的安定性の連続体

事業ライフサイクルに加えて、進出先市場の制度的文脈もまた、両論理の適切なバランスを規定する重要な変数である。国際化する企業は、制度的に成熟した市場から制度的空白が顕著な市場まで、多様な制度的文脈に同時に直面する。

制度的に成熟した市場(例:北欧、北米)——法規制が透明で市場データが入手可能なため、コーゼーション的アプローチが有効に機能する。制度的に過渡的な市場(例:東南アジア都市部)——市場ルールが流動的であり、計画立案と偶発性対応を併存させるハイブリッドな適用が求められる。制度的空白が顕著な市場(例:サハラ以南アフリカ)——データの信頼性が低く契約履行が保証されないため、NPSが最も有効となる(Welter & Smallbone, 2011)。

同一企業内での複線的運用

グローバルに展開する企業は、複数の制度的文脈に同時に対応する必要がある。例えば、Spotifyは北欧市場ではコーゼーション的な効率化を追求しつつ、インドネシアではIndosatやDoku Walletとのクレイジーキルト的パートナーシップを構築するというエフェクチュアルな対応を同時に行っていた。このような同一企業内での複線的な論理運用は、組織的アンビデクステリティの最も高度な形態である。

動的統合の実践的フレームワーク

四象限モデル

事業ライフサイクルと制度的文脈の二つの軸を組み合わせると、論理選択の四象限モデルが浮かび上がる。

制度的に成熟した市場制度的空白が顕著な市場
初期参入フェーズエフェクチュエーション優位(市場知識の欠如)エフェクチュエーション支配的(二重の不確実性)
成長・拡大フェーズコーゼーション優位(データに基づく最適化)ハイブリッド適用(計画+偶発性対応)

このモデルが示唆するのは、「正しい論理」は一つではなく、文脈と時間の関数として変化するという点である。初期参入×制度的空白の象限(右上)ではエフェクチュエーションがほぼ支配的となり、成長フェーズ×成熟市場の象限(左下)ではコーゼーションが優勢となる。しかし、いかなる象限においても両論理が完全に排除されることはなく、常にハイブリッドな要素を含む

切り替えのトリガー

論理の切り替えを促すトリガーとしては、以下の要因が実証的に特定されている(Laine & Galkina, 2017)。

エフェクチュエーション→コーゼーションへの切り替え:市場データの蓄積、顧客基盤の安定化、現地ネットワークの確立、法規制の明確化、投資家からの計画立案要求。

コーゼーション→エフェクチュエーションへの切り替え:予期せぬ規制変更、新たな競合の出現、マクロ経済ショック、既存計画の前提崩壊、新市場への追加展開。

両利きの経営がもたらす競争優位

国際化における両利きの経営の実践は、単にリスク管理の手法にとどまらず、持続的な競争優位の源泉となりうる。コーゼーション的な論理のみに依存する企業は、計画の前提が崩れた際に硬直的な対応に陥りやすい。エフェクチュエーション的な論理のみに依存する企業は、事業規模の拡大に伴う組織的な効率性の追求に課題を抱える。

両論理を動的に統合できる企業は、不確実性の高い局面では柔軟に機会を共創し、安定した局面では効率的に資源を配分するという二重の能力を発揮する。Sarasvathy et al.(2014)は、この能力を「熟達した起業家(Expert Entrepreneur)」の特徴として描写しているが、組織レベルでこの能力を制度化することが、次世代のグローバル企業に求められる組織能力であると考えられる。

国際化という不確実な航海を真の成功に導くためには、起業家や経営層がコーゼーションとエフェクチュエーションの境界を正確に見極め、事業のライフサイクルや進出先市場の制度的文脈に応じて柔軟かつ動的に使い分けることが不可欠である。この動的な使い分けの能力こそが、多極化・高不確実性時代のグローバル競争における最大の優位性の源泉となる。

関連記事として「国際起業とエフェクチュエーション」「コーゼーションとエフェクチュエーションの両立」も参照されたい。


参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Sarasvathy, S. D., Kumar, K., York, J. G., & Bhagavatula, S. (2014). An effectual approach to international entrepreneurship: Overlaps, challenges, and provocative possibilities. Entrepreneurship Theory and Practice, 38(1), 71–93.
  • March, J. G. (1991). Exploration and exploitation in organizational learning. Organization Science, 2(1), 71–87.
  • O’Reilly, C. A., & Tushman, M. L. (2004). The ambidextrous organization. Harvard Business Review, 82(4), 74–81.
  • Laine, I., & Galkina, T. (2017). The interplay of effectuation and causation in decision making: Russian SMEs under institutional uncertainty. International Entrepreneurship and Management Journal, 13(3), 905–941.
  • Karami, M., Wooliscroft, B., & McNeill, L. (2019). Effectuation and internationalisation: A review and agenda for future research. Small Business Economics, 55, 777–811.
  • Welter, F., & Smallbone, D. (2011). Institutional perspectives on entrepreneurial behavior in challenging environments. Journal of Small Business Management, 49(1), 107–125.
  • サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.

参考書籍

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