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非予測的戦略の実践——エフェクチュエーションによる戦略論の再構築

NPS(Non-Predictive Strategy)の概念を体系的に解説。VUCA時代の戦略論をエフェクチュエーション理論から再構築する視座を提示する。

約11分
目次

戦略論の前提としての「予測可能性」への挑戦

現代の経営戦略論は、ポーターの競争戦略論、アンゾフの戦略的計画論、バーニーの資源ベース理論といった体系を基盤に持つ。これらに共通する暗黙の前提は、「企業は市場環境をある程度予測可能であり、予測に基づいて最適な資源配分を計画できる」という仮定である。5フォース分析もSWOT分析も、「未来の市場環境を推測し、それに適合する戦略を事前に策定する」というコーゼーションのパラダイムに立脚している。

しかしVUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)が常態化した現代においては、この前提そのものが揺らいでいる。ここで台頭するのが非予測的戦略(Non-Predictive Strategy: NPS)——エフェクチュエーション理論を戦略論に拡張し、「予測からコントロールへ」のパラダイム転換を企業の戦略的意思決定に適用する試みである。

NPSの定義:予測→コントロールのパラダイム転換

因果の連鎖の反転

コーゼーション的戦略論では、まず市場環境を分析・予測し(Prediction)、予測に基づき戦略を策定し(Planning)、計画を実行する(Execution)。この直線的フローでは予測の精度が戦略全体の有効性を規定し、予測が外れれば計画も実行も瓦解する。

NPSはこの因果の連鎖を反転させる。まず自らがコントロール可能な手段と資源を正確に把握し(Means Assessment)、次にそれらの手段を用いて環境に対して行動を起こし(Action)、その行動が生み出す結果とフィードバックに基づいて次の行動を決定する(Adaptive Learning)。このプロセスにおいて、「未来の市場環境がどうなるか」という予測は不要となる。なぜなら、起業家は未来を「予測する」のではなく「コントロールする」——すなわち、自らの行動によって未来を形作る——からである。Sarasvathy(2008)が示したように、「コントロール可能な範囲では予測を必要としない」という逆転のパラダイムに立脚するためである。

5原則のNPSへの翻訳

NPSにおいてエフェクチュエーションの各原則は戦略的文脈に翻訳される。手中の鳥は市場分析による機会発見ではなく「自社のコア・コンピタンスの棚卸し」を出発点とし、許容可能な損失はROI最大化に代えて「企業存続を脅かさない範囲での投資」を判断基準とする。クレイジーキルトは競合分析に基づく差別化ではなく「パートナーとの市場共創」を核とし、レモネードは偶発性の戦略的活用を志向する。パイロットの原則は「市場トレンドへの適合」ではなく「自らの行動による市場形成」を戦略的態度とする。

制度的空白環境におけるNPS実践

なぜ制度的空白でNPSが有効か

NPSが最も強力に機能するのは、Khanna & Palepu(1997)の「制度的空白(Institutional Voids)」が存在する環境である。信頼できる市場調査機関、透明な法制度、契約履行メカニズムが欠如した環境では、コーゼーション的戦略立案が依拠する「信頼可能な市場データの入手可能性」と「計画の実行可能性」がいずれも成立しない。

このような環境においてNPSは、「予測不可能な外部環境に依存しない」戦略論として極めて合理的な選択肢となる。自社がコントロール可能な手段と関係性のみを出発点とし、外部環境の変化を所与の脅威としてではなく活用すべき変数として扱うことで、制度的空白がもたらす不確実性を戦略的に「手なずける」ことが可能となる。予測が困難な環境において、企業は「飛行機のパイロットの原則」に基づき自らの統制下にある要素に注力し、「レモネードの原則」によって制度的欠陥がもたらす予期せぬショックを新たなビジネス機会へと転換するのである。

インフォーマル制度とクレイジーキルト

制度的空白環境では、フォーマルな制度の欠如を補うために家族関係、文化的紐帯、長期的取引による信頼関係といったインフォーマルな制度への依存が構造的に高まる。NPSの実践者は、このインフォーマル制度をクレイジーキルトの原則と接合させる。

先進国でクレイジーキルトが「ビジネス上の戦略的パートナーシップ」を意味するのに対し、制度的空白環境ではフォーマルな制度インフラの代替物として機能する。信用調査機関の代わりに個人的信頼を、法的強制力の代わりに互酬性と評判に基づくガバナンスを、ベンチャーキャピタルの代わりにパートナーからの現物出資を——クレイジーキルトが信頼ネットワーク=制度的インフラ代替物として構築されるのである。

ロシアSMEの実証研究

Laine & Galkina(2017)の主要知見

Laine & Galkina(2017)は、制度的不確実性が極めて高いロシア市場のSMEを対象に、コーゼーションとエフェクチュエーションの使い分けを定量的に分析した。法規制の頻繁な変更、行政の不透明性、契約履行の不確実性が常態化した環境における意思決定論理の実態を明らかにした研究である。

分析結果は三つの重要な発見を示した。第一に、制度的不確実性が高い領域(規制の急変、新規市場参入)ではエフェクチュエーションの論理が優位に採用されていた。予測不能な規制変更に対する精緻な事業計画の無意味さを経験的に学習した経営者は、手元のリソースと信頼できるネットワークに基づくNPSを選好した。

第二に、不確実性が相対的に低い領域(既存顧客管理、社内業務最適化)ではコーゼーション的な計画と予測が有効に機能していた。同一企業内でも領域に応じて二つの論理が同時並行で用いられていたのである。

第三に、制度的不確実性が「突発的に」上昇する局面では、コーゼーションからエフェクチュエーションへの認知的切り替えが観察された。「予測に基づく計画が有効でない」と認知した瞬間に意思決定論理がシフトし、NPSへと移行する。

両利きの意思決定

この発見は、NPSが「コーゼーションに取って代わる」のではなく「コーゼーションが機能不全に陥る領域を補完する」ことを示している。イタリアのホスピタリティSME研究でも、コーゼーションが「準備態勢」を、エフェクチュエーションが「アジリティ」を高めるという補完的二重経路が確認されている。状況に応じた二つの論理の動的ブレンド——「認知的羅針盤」——が最も効果的な戦略的意思決定を実現する。

VUCA時代の戦略論への含意

NPSが戦略論に投げかけるのは、「戦略の質を決定するのは予測の精度か、コントロールの範囲か」という根本的な問いである。VUCA環境の本質は、情報量の増加が予測精度の向上につながらないという逆説にある。NPSは、「予測精度の追求」から「コントロール可能な範囲の拡大」へと戦略的注力を転換することを提案する。

また、NPSの適用可能性は制度的空白が顕著な新興国に限定されない。AIガバナンス、データプライバシー、気候変動に伴う産業構造転換——先進国の企業もまた「制度的不確実性」に直面している。9,897社のメタ分析がエフェクチュエーションの効果をハイテク産業・新興国・既存企業で特に顕著と示したように、NPSは不確実性がグローバルに常態化する時代において、あらゆる企業が備えるべき戦略的能力として位置づけられる。

関連記事として「飛行機のパイロットの原則」「エフェクチュエーションとコーゼーションの違い」も参照されたい。


参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and Effectuation: Toward a Theoretical Shift from Economic Inevitability to Entrepreneurial Contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Laine, I., & Galkina, T. (2017). The interplay of effectuation and causation in decision making: Russian SMEs under institutional uncertainty. International Entrepreneurship and Management Journal, 13(3), 905–941.
  • Khanna, T., & Palepu, K. G. (1997). Why focused strategies may be wrong for emerging markets. Harvard Business Review, 75(4), 41–51.
  • Marzocchi, C., Kitagawa, F., & Sánchez-Barrioluengo, M. (2019). The effectiveness of effectuation: a meta-analysis on contextual factors. International Journal of Entrepreneurial Behavior & Research, 25(8), 1865–1889.
  • Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.

参考書籍

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  1. 01 エフェクチュエーションと交渉戦略 — 不確実な状況での合意形成
  2. 02 エフェクチュエーションとプラットフォームビジネス構築
  3. 03 エフェクチュエーションとサステナビリティ・イノベーション
  4. 04 飛行機のパイロットの原則(Pilot in the Plane)——未来を予測するな、創造せよ