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こーぜーしょん
「戦略を立ててから動く」のは本当に正しいのか
ビジネスの世界では「まず戦略を立て、次に実行する」というアプローチが広く受け入れられている。MBA のカリキュラムでは、SWOT 分析、Five Forces、STP マーケティングなど、目標設定と計画立案を重視するフレームワークが体系的に教えられる。これらのアプローチは、市場環境が比較的安定しており、過去のデータから将来を予測できる状況では極めて有効である。しかし、市場が存在するかすら分からない新規事業の初期段階や、技術の方向性が不透明なイノベーション領域では、この「計画先行」のアプローチが逆にブレーキになることがある(Sarasvathy, 2001, p. 243)。
MBA で学んだ手法が通用しなかった経験
多くのビジネスパーソンが、MBAや経営書で学んだフレームワークを新規事業に適用しようとして壁にぶつかた経験を持っているのではないだろうか。市場調査をしても有意なデータが得られない。5年後の売上予測を求められるが、根拠のある数字を作れない。競合分析をしようにも、比較対象が存在しない。こうした場面で「計画が足りない」と自分を責めるのは間違いである。問題は計画の質ではなく、不確実な環境に因果論的アプローチを適用していることにある。Sarasvathy の研究は、この「適用範囲のミスマッチ」を理論的に解明した(Sarasvathy, 2008, pp. 25–27)。
コーゼーションとは何か
コーゼーション(Causation)は、あらかじめ明確な目標を設定し、その目標を達成するために最適な手段を論理的に選択していく意思決定のアプローチである(Sarasvathy, 2001, p. 245)。Sarasvathy はこのアプローチを「因果論」と呼び、エフェクチュエーション(実効論)と対比して論じた。
コーゼーションの基本プロセス
コーゼーションの意思決定は、以下の流れで進む(Sarasvathy, 2008, pp. 25–27)。
- 目標の設定: 達成したい成果を明確に定義する(例:3年以内に年商10億円)
- 環境の分析: 市場規模、競合、顧客ニーズ、技術トレンドなどを調査・分析する
- 最適手段の選択: 複数の戦略オプションを比較し、期待リターンが最大となるものを選ぶ
- リソースの調達: 選択した戦略の実行に必要な資金、人材、技術を集める
- 計画の実行: 策定した計画に沿って実行し、進捗を管理する
コーゼーションが有効な場面
コーゼーション的アプローチは、以下の条件が揃っている場合に特に有効である。
- 市場が明確に存在する: 顧客ニーズが明確で、市場規模を推定できる
- 過去のデータが利用可能: トレンド分析や予測モデルの構築が可能である
- 競合環境が把握できる: 主要プレイヤーとその戦略が分かっている
- 技術が安定している: 技術的な不確実性が低く、開発リスクが限定的である
既存市場でのシェア拡大、ブランド拡張、新地域への展開などは、コーゼーション的アプローチが適合する典型的なケースである。
コーゼーションを正しく使い分けるための3つの指針
- 不確実性のレベルを見極める: Knight(1921)が区別した「リスク」(確率が計算可能)と「ナイトの不確実性」(確率すら計算不可能)のどちらに直面しているかを判断する。リスクの場合はコーゼーション、真の不確実性の場合はエフェクチュエーションが適切である
- 予測の信頼度を評価する: 作成した市場予測や事業計画に、どの程度の確信が持てるかを正直に自問する。確信度が低い場合、コーゼーション的な精緻化よりも、エフェクチュエーション的な小さな実験のほうが効率的に学べる
- 段階に応じて切り替える: 事業の成長ステージに応じて、両アプローチの比重を調整する。不確実性が高い初期段階ではエフェクチュエーション、事業モデルが確立した成長期にはコーゼーションに軸足を移す
エフェクチュエーションとの関係——対立ではなく補完
Sarasvathy は、コーゼーションとエフェクチュエーションを対立概念ではなく、補完的な関係として位置づけている(Sarasvathy, 2008, p. 73)。Chandler et al.(2011)の実証研究では、起業家が両方のアプローチを同時に使用していることが確認されている。新規事業の初期段階ではエフェクチュエーションが支配的であり、事業が成長し安定するにつれてコーゼーション的なアプローチの比重が増す傾向がある(Chandler et al., 2011, p. 383)。
重要なのは、「コーゼーションが悪い」のではなく、「コーゼーションしか知らない」ことが問題だという点である。2つのアプローチを使い分けられることが、優れた起業家の特徴なのである。
こんな人にこの概念は有用である
- MBA や経営学を学んだが、新規事業で思うような成果が出ていない人
- 「計画を立てないと不安」という思考パターンから抜け出したい人
- チームや組織にエフェクチュエーション的な思考を導入する際に、対比としてコーゼーションを説明したい人
- 起業家研究やイノベーション論を学んでいる学生・研究者
2つのアプローチを意識的に使い分けよう
今取り組んでいるプロジェクトについて、「これはコーゼーション的に進めるべきか、エフェクチュエーション的に進めるべきか」を意識的に判断してみることを勧める。この問いを持つだけで、意思決定の質は確実に向上する。
引用・参考文献
- Knight, F. H. (1921). Risk, Uncertainty and Profit. Houghton Mifflin.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Chandler, G. N., DeTienne, D. R., McKelvie, A., & Mumford, T. V. (2011). Causation and effectuation processes: A validation study. Journal of Business Venturing, 26(3), 375–390.
- サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.