用語集

エフェクチュエーション

熟達した起業家に共通する意思決定の理論。手持ちの手段から出発し、許容可能な損失の範囲で行動するアプローチ。Saras Sarasvathy が2001年に提唱。

目次

えふぇくちゅえーしょん

Effectuation実効論エフェクチュエーション理論

「起業の正解」は本当に一つなのか

起業やイノベーションに関する書籍やセミナーでは、多くの場合「まずビジョンを描き、市場機会を分析し、戦略を立てて実行せよ」という因果論的なアプローチが推奨される。しかし現実には、この「教科書通り」のプロセスを踏んでいない成功起業家が数多く存在する。彼らは完璧な事業計画を持たず、市場調査もせず、手元にあるもので小さく始め、予想外の出来事を活かしながら事業を成長させてきた。この「成功した起業家は教科書と違うことをしている」という事実を理論的に説明したのが、エフェクチュエーションである(Sarasvathy, 2001)。

理論が生まれるまでの経緯

エフェクチュエーション(Effectuation)は、バージニア大学ダーデン経営大学院の Saras D. Sarasvathy 教授が2001年に Academy of Management Review に発表した論文で提唱した、起業家の意思決定に関する理論である(Sarasvathy, 2001)。「Effectuation」という語は「effect(実現する)」に由来し、因果関係(causation)の「cause(原因)」に対して、「何を実現できるか」という能動的な視点を意味している(Sarasvathy, 2008, p. 1)。

Sarasvathy は、カーネギーメロン大学でノーベル賞受賞者 Herbert Simon のもとで学び、人間の意思決定——とりわけ「限定合理性」の下での意思決定——に強い関心を持っていた。博士課程の研究として、売上10億円以上の企業を創業した熟達した起業家27名を対象にシンク・アラウド・プロトコル実験を実施。起業家に架空の事業課題を与え、思考プロセスを声に出しながら解いてもらった(Sarasvathy, 2008, pp. 3–12)。

実験の結果、多くの起業家に共通する意思決定パターンが浮かび上がった。それを5つの行動原則として体系化したのがエフェクチュエーション理論である。

5つの原則

エフェクチュエーションは以下の5つの原則で構成される(Sarasvathy, 2008, pp. 15–90)。

  1. 手中の鳥の原則(Bird in Hand): 目標から逆算するのではなく、「自分は何者か」「何を知っているか」「誰を知っているか」という手持ちの手段から出発する
  2. 許容可能な損失の原則(Affordable Loss): 期待リターンを最大化するのではなく、失っても許容できる範囲内で投資する
  3. レモネードの原則(Lemonade): 予期せぬ出来事をリスクとして回避するのではなく、レバレッジ可能な機会として活用する
  4. クレイジーキルトの原則(Crazy Quilt): 競争相手を分析するのではなく、早い段階でコミットメントしてくれるパートナーとの協力関係を構築する
  5. 飛行機のパイロットの原則(Pilot in the Plane): 未来を予測して適応するのではなく、コントロール可能な範囲で未来を能動的に創造する

エフェクチュエーションを実践に活かす3つのステップ

理論を実務に落とし込むには、以下の手順が有効である。

  1. 手段の棚卸し: 「Who I am / What I know / Whom I know」の3つの問いに答え、自分が持つリソースの全体像を把握する
  2. 損失許容ラインの設定: 最初のアクションに投じる時間・資金・労力について「ここまでなら失っても大丈夫」というラインを決める
  3. 小さな行動の実行: 計画書を書く前に、許容範囲内で実行可能な最初の一歩を踏み出す。その結果が次の手段を生み出す

学術的な位置づけと影響

エフェクチュエーション理論は、起業家研究の分野で大きなパラダイムシフトをもたらした。従来の起業家研究は「機会はあらかじめ存在し、優れた起業家がそれを発見する」という「機会発見(Opportunity Discovery)」モデルが支配的であった(Shane & Venkataraman, 2000)。これに対してエフェクチュエーションは「機会は起業家の行動を通じて創造される」という「新市場創造(Opportunity Creation)」の視点を提供した。

Perry et al.(2012)のレビューによれば、エフェクチュエーションに関する学術論文は2001年の提唱以降急増し、世界中のビジネススクールのカリキュラムに採用されている。日本でも、吉田満梨による翻訳(2015年)と解説書(2018年)の刊行を機に、実務家への浸透が進んでいる。

こんな場面で役立つ

  • 不確実性が高く、市場が存在するかすら分からない新規事業の初期段階
  • リソースが限られた状況でのスタートアップ立ち上げ
  • 大企業の既存資産を活用した社内ベンチャー
  • 予測が困難な社会課題の解決に取り組むソーシャルビジネス
  • キャリアの転換期における個人の意思決定

まず一歩を踏み出す

エフェクチュエーションの核心は「完璧な計画より、小さな行動」にある。この用語を知ったこと自体が、新しい「What I know(知識)」という手段を獲得したということである。次は、その知識を使って何ができるかを考え、行動に移してみることを勧める。


引用・参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Shane, S., & Venkataraman, S. (2000). The promise of entrepreneurship as a field of research. Academy of Management Review, 25(1), 217–226.
  • Perry, J. T., Chandler, G. N., & Markova, G. (2012). Entrepreneurial effectuation: A review and suggestions for future research. Entrepreneurship Theory and Practice, 36(4), 837–861.
  • サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.
  • 吉田満梨 (2018).『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』ダイヤモンド社.

関連用語

コーゼーション 手中の鳥の原則 許容可能な損失の原則 レモネードの原則 クレイジーキルトの原則