目次
えふぇくちゅあるさいくる
エフェクチュエーションを「動態」として理解する
エフェクチュエーション理論は、しばしば「5つの原則」として静的に紹介される。しかし Sarasvathy(2008)が提示した理論の真の貢献の一つは、これらの原則が相互に作用しながら時間軸上で展開していくプロセスモデル——エフェクチュアル・サイクル——にある(pp. 100–120)。
エフェクチュアル・サイクルは、起業のプロセスが直線的な計画実行ではなく、拡張と収束の反復から成ることを示す。手中の手段からの行動が新たなステークホルダーのコミットメントを生み、そのコミットメントが新たな手段となり、さらに広い可能性が開かれ、次の収束点(目標・ゴール)が再設定される。このサイクルが繰り返されることで、最初の出発点から想像もできなかった事業の形が創発的に生まれる。
エフェクチュアル・サイクルの構造
Sarasvathy(2008)が示したエフェクチュアル・サイクルの基本的な構造は、以下の要素から成る。
出発点:手中の手段(Means)
サイクルは常に、起業家の手中にある手段(WHO / WHAT / WHOM)から始まる。この手段は固定したものではなく、各サイクルを経るごとに拡大・変容する。最初のサイクルでは、起業家個人のリソースのみが手段である。
手中の鳥原則が示すように、この出発点の意義は「少ないリソースから始める」ことを実践可能にする点にある。少ないリソースで動き始めるからこそ、各ステークホルダーとの接触が情報収集の機会となり、コミットメントを引き出す動機を生む。
拡張フェーズ:ステークホルダーとの相互作用
手中の手段から最初の行動を起こすと、周囲のステークホルダーとの相互作用が始まる。この相互作用の中で、自発的なコミットメントを示す主体が現れる。コミットメントは資金・スキル・人脈・顧客・供給者・パートナーシップなど、多様な形をとる(Sarasvathy, 2008, pp. 105–108)。
この段階は「拡張フェーズ」と呼ぶことができる。コミットメントが加わるにつれて、起業家が保有する手段の総量は拡大し、当初は想像できなかった可能性が視野に入ってくる。クレイジーキルト原則は、この拡張フェーズにおける行動指針を示す——自発的なコミットメントを示すすべての主体と契約し、その組み合わせから生まれるパターンを活かす。
収束フェーズ:目標と制約の再設定
拡張フェーズで蓄積されたコミットメントと手段は、新たな「目標の可能性」を生み出す。この段階で起業家は、増大した手段の中から優先事項を絞り込む「収束」を行う。これは最初に設定した目標への回帰ではなく、 ステークホルダーとの相互作用の中で発見された新しいゴールへの収束 である。
この収束は、クレイジーキルト原則が示すように、各パートナーがコミットした条件(制約)の交差点を見つける作業でもある。「Aさんはこれを条件にコミットした」「Bさんはこれを条件にコミットした」——これらの条件の集合が、次のフェーズで追求するゴールの輪郭を形成する(Sarasvathy, 2008, pp. 110–113)。
サイクルの反復:新たな手段としての蓄積されたコミットメント
収束によって設定された新しいゴールは、次のサイクルの出発点となる。このとき手中の手段は、最初のサイクル出発時よりも豊かになっている。獲得したコミットメント——新しいパートナー・資金・顧客・技術——が手段として加わり、次のサイクルでより広い範囲の行動が可能になる。
この反復構造は、エフェクチュアルな起業プロセスが「小さく始めて大きくなる」という特性を持つことを理論的に説明する。リソースが少ない出発点でも、サイクルを重ねることで手段は累積的に拡大し、当初は不可能だった目標が達成可能になっていく。
不確実性の縮減メカニズムとしてのサイクル
エフェクチュアル・サイクルが持つ重要な機能の一つは、 不確実性を縮減するメカニズムとして働く 点にある。Sarasvathy(2008)は、エフェクチュアルな起業家が不確実性を「管理(manage)」するのではなく「制御(control)」することを目指すと述べている(p. 17)。
各サイクルを通じてステークホルダーがコミットメントを示すことで、未来の一部が確定的なものになる。「Aさんが顧客になると約束した」「Bさんが技術パートナーになると表明した」——これらのコミットメントは、不確実だった未来を実現した現実に変えていく。サイクルが進むにつれて、不確実性は縮小し、起業家が制御できる領域が拡大する(Sarasvathy, 2008, pp. 115–120)。
失敗とサイクルの関係
エフェクチュアル・サイクルの重要な含意は、「失敗」の意味を変えることにある。因果論的なアプローチでは、設定した目標に達しないことが失敗である。エフェクチュアル・サイクルでは、ステークホルダーとの相互作用から何らかの学習が得られれば、それはサイクルを次の段階に進める情報として機能する。
許容可能な損失原則が重要になるのはここである。各サイクルで試みる実験の規模を許容損失の範囲内に抑えることで、失敗がサイクルを終わらせるのではなく、次のサイクルの出発点を提供するという構造を維持できる。
エフェクチュアル・サイクルの実践的活用
エフェクチュアル・サイクルを理解することで、新規事業開発の進捗評価の指標を変えることができる。「目標に対して何%達成できたか」という直線的な評価より、「どのステークホルダーのコミットメントを獲得できたか」「手中の手段はどれだけ拡大したか」「当初の目標はどのように進化したか」という観点が、エフェクチュアルなプロセスの実態を正確に捉える指標となる。
引用・参考文献
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.
- Dew, N., Read, S., Sarasvathy, S. D., & Wiltbank, R. (2008). Outlines of a behavioral theory of the entrepreneurial firm. Journal of Economic Behavior & Organization, 66(1), 37–59.
- サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.