目次
- English
- S. Venkataraman
- 肩書
- 教授
- 所属
- バージニア大学ダーデン経営大学院
- 役割
- 研究者教授博士論文指導教員
アントレプレナーシップを「独立した研究領域」として確立した先駆者
2000年代以前、アントレプレナーシップ研究は経営学・経済学・社会学のさまざまな分野に分散しており、独立した研究領域としての確立が急務とされていた。Scott Shane と Sankaran Venkataraman(2000)が Academy of Management Review に発表した論文「The Promise of Entrepreneurship as a Field of Research」は、この状況を変えた画期的な論文である。アントレプレナーシップとは「機会と個人の研究」であるという定式化は、その後20年以上にわたって研究者が共有する中心的な枠組みとなった(Shane & Venkataraman, 2000, p. 218)。
バージニア大学ダーデン校における知的基盤
サンカラン・ベンカタラマン(S. Venkataraman)は、バージニア大学ダーデン経営大学院(Darden School of Business, University of Virginia)の教授であり、同校のアントレプレナーシップ研究の中核を担ってきた研究者である。彼の研究は、機会の発見・評価・活用というプロセスを中心に展開しており、なぜある人物が特定の機会を認識し、他の人物は認識しないのかという問いに対して、情報の非対称性と事前知識の役割を軸に説明を与えている(Venkataraman, 1997)。
Shane & Venkataraman(2000):機会理論の核心
Shane & Venkataraman(2000)が提示した機会理論(Opportunity Theory)のエッセンスは3点に整理できる。
- 機会の存在: 市場は均衡状態にあらず、常に未発見の機会が存在する。これはオーストリア学派経済学、特に Kirzner(1973)のアービトラージ論に源泉を持つ
- 機会の発見: すべての人が同じ機会を見つけるわけではない。事前知識(prior knowledge)と認知的枠組みの違いが、誰が機会を発見するかを決定する
- 機会の活用: 発見された機会をどのように事業として形にするかは、個人の特性・リソース・環境によって異なる
この枠組みは、アントレプレナーシップを「特別な人物の特別な行為」ではなく、「機会という客体と起業家という主体の相互作用」として捉え直した点で革命的だった。
サラスバシーとの師弟関係:エフェクチュエーション誕生の背景
ベンカタラマンとエフェクチュエーション理論の関係は、Sarasvathy の博士論文指導教員(dissertation advisor)としての役割に遡る。Sarasvathy がカーネギーメロン大学で博士課程に在籍していた際、ベンカタラマンは彼女の研究を深く支持し、「熟達した起業家の意思決定プロセスを実証的に明らかにする」という研究方向を後押しした(Sarasvathy, 2008, p. ix)。
この師弟関係は、単なる指導の関係を超えた知的対話でもあった。Shane & Venkataraman(2000)が「機会は発見されるもの」という立場に立っていたのに対し、Sarasvathy の研究は「機会は創造されるもの」という対照的な結論に至った。師の理論を超えようとする弟子の挑戦は、Sarasvathy(2001)の原著論文で明示的に論じられており、Saras Sarasvathy の項で詳述した「機会発見から機会創造へ」の転換は、ベンカタラマンの機会理論との対話から生まれたものと見ることができる。
機会理論とエフェクチュエーションの緊張と相補
Shane & Venkataraman の機会理論とエフェクチュエーション理論は、対立関係にあるようで、実は相補的な関係にある。
対立する点: 機会理論は「機会は客観的に存在し、起業家はそれを発見する」という前提に立つ。エフェクチュエーションは「機会は行為と相互作用の中で構築される」という前提に立つ。この対立は、アントレプレナーシップ研究における最重要の論争の一つとなっている(Alvarez & Barney, 2007)。
相補する点: 両理論は適用領域が異なる。既存市場での新規参入(需要が既知)には機会発見モデルが有効であり、市場自体が未定義の状況(需要が未知)にはエフェクチュエーションモデルが有効だという分業的理解が、現在の研究者の間で共有されつつある(Sarasvathy, 2008, pp. 212–218)。
主要な学術的貢献
Venkataraman(1997)の論文「The Distinctive Domain of Entrepreneurship Research」は、Shane & Venkataraman(2000)の前身となる論文であり、アントレプレナーシップ研究が独立した研究領域として成立するための概念的基盤を提示したものである。機会の発見・活用に関わる「なぜ」「誰が」「どのように」という問いを研究領域の定義として示したこの論文は、Shane & Venkataraman(2000)と並んでアントレプレナーシップ研究の最頻引用文献の一つである。
ベンカタラマンの研究が示す視点
ベンカタラマンの研究から得られる最大の示唆は、「起業家を特別な人物として神話化するのではなく、機会という概念を分析の中心に置く」ことの重要性である。誰が機会を認識するかは事前知識の関数であるという視点は、起業家教育において「正しい知識の蓄積こそが起業家的認識力を育む」という実践的な含意を持つ。
この知見は、エフェクチュエーションの手中の鳥の原則——「自分が知っていること(what I know)」を手段の一つとして捉える視点——と深く共鳴する。ベンカタラマンが示した「事前知識による機会認識」とサラスバシーが示した「知識の手段化」は、同じ問いへの異なる切り口だと言えるだろう。
引用・参考文献
- Venkataraman, S. (1997). The distinctive domain of entrepreneurship research. Advances in Entrepreneurship, Firm Emergence and Growth, 3(1), 119–138.
- Shane, S., & Venkataraman, S. (2000). The promise of entrepreneurship as a field of research. Academy of Management Review, 25(1), 217–226.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Alvarez, S. A., & Barney, J. B. (2007). Discovery and creation: Alternative theories of entrepreneurial action. Strategic Entrepreneurship Journal, 1(1–2), 11–26.
- Kirzner, I. M. (1973). Competition and Entrepreneurship. University of Chicago Press.