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日本電産——モーター一筋の技術者が3人の仲間と世界一を目指すまで

永守重信がモーター技術の専門知識と3人の創業仲間を手段に、日本電産を自宅の納屋から世界最大の精密モーターメーカーへ育てた事例をエフェクチュエーションの「手中の鳥」原則で分析する。

約9分
目次

導入——「回るもの」に賭けた人生

電気モーターは現代社会のあらゆる場所に存在する。ハードディスク、自動車、エアコン、ロボット——一人の人間が一日に接するモーターの数は数十個に及ぶとされる。その精密モーター分野で世界トップの地位を築いたのが日本電産(現・ニデック)である。

しかし1973年の創業時、永守重信が持っていたのはモーター技術の知識と、彼の夢に賛同した3人の仲間だけであった。資本金も設備も販路もない。エフェクチュエーション理論の「手中の鳥(Bird in Hand)」原則——手持ちの手段から出発するアプローチ——が、日本電産の創業と急成長の過程を鮮やかに説明する。

企業・人物の概要——モーターに魅せられた青年

永守重信は1944年、京都府向日市に生まれた。幼少期から機械への関心が強く、モーターの分解・組み立てに夢中になった。職業訓練大学校(現・職業能力開発総合大学校)で機械工学を学び、音響機器メーカーのティアック、精密機器メーカーの山科精器で技術者として働いた。

ティアックではテープレコーダー用のモーターに関わり、山科精器では精密機器の開発に従事した。これらの経験を通じて、精密モーターの設計・製造・品質管理に関する実務的な知識を蓄積していった。

1973年、28歳の永守は自宅の納屋を作業場として日本電産を創業した。共に創業したのは3人の仲間であった。資本金は個人の貯蓄から出した少額のものであり、設備は最小限であった。永守は後に「一流の技術と、泥臭い営業、それだけが資本だった」と振り返っている。

イノベーションの経緯——納屋から世界一へ

最初の製品と3Mとの取引

創業直後の日本電産が開発したのは、精密小型モーターであった。永守はモーターの設計・試作を自ら行い、品質で差別化することを徹底した。

最初の大口顧客は米国3M社であった。3Mはフロッピーディスクドライブ用のスピンドルモーターを探しており、日本電産の品質が評価された。永守自身が渡米し、直接プレゼンテーションを行って受注を勝ち取った。大企業の営業部隊ではなく、技術者である創業者本人が顧客と直接向き合ったのである。

ハードディスク用モーターでの世界一

1980年代、コンピュータ産業の成長に伴い、ハードディスクドライブ(HDD)用のスピンドルモーターの需要が急拡大した。永守は精密モーター技術の蓄積を活かし、HDD用モーターに集中投資する決断を下した。

「回るもの、動くもの」は全てモーターが動かしている——この確信が、HDD用モーターへの資源集中を支えた。結果として、日本電産はHDD用スピンドルモーターで**世界シェア約80%**を獲得するに至った。

M&Aによる技術領域の拡大

日本電産の成長を加速させたのは、積極的なM&A戦略であった。2024年までに約70社を買収し、モーター技術の適用範囲を車載、家電、産業用ロボットへと拡大した。

しかし、M&Aの対象選定には一貫した基準があった。モーター技術との技術的シナジーがある企業のみを買収対象とした。手持ちの技術を起点に、その技術が活かせる領域を拡張するという論理は、創業時から変わっていない。

車載モーターへの転換

2010年代以降、電気自動車(EV)の普及が加速した。永守は**「EVの心臓はモーターであり、日本電産のモーター技術が自動車産業の中核を担う」**と確信し、車載用トラクションモーターの開発に経営資源を集中させた。

HDD市場の縮小リスクを見据えた戦略的転換であったが、その出発点はやはり**「モーター技術」という手持ちの手段**であった。

エフェクチュエーション原則の分析——「手中の鳥」から世界一へ

Who I am:モーター技術者としてのアイデンティティ

Sarasvathy(2001)が定義する「手中の鳥」の第一要素——「自分は誰か」——において、永守のアイデンティティは生涯を通じて「モーター技術者」であった(Sarasvathy, 2001, p. 250)。

「世の中に回るものがある限り、日本電産は成長する」——この永守の信念は、アイデンティティに基づく事業定義の極みである。モーターという専門領域から一歩も外れることなく、その専門領域の適用範囲を最大化するアプローチをとった。

What I know:精密モーターの設計・製造知識

永守がティアックと山科精器で培った精密モーターの設計、製造、品質管理の知識が、日本電産の出発点であった。特に、ナノメートル単位での回転精度と振動制御に関する技術は、HDD用モーターの世界シェア80%という圧倒的地位の基盤となった。

Sarasvathy(2008)が指摘する通り、エフェクチュエーション的起業家の知識は行動の出発点であり、行動を通じてさらに深化する(Sarasvathy, 2008, p. 16)。永守の場合、フロッピーディスク→HDD→車載という技術の進化は、知識が応用を通じて拡張された過程そのものである。

Whom I know:3人の創業仲間

京セラの稲盛和夫と同様に、日本電産の創業も人間のコミットメントから始まった。永守と共に創業した3人は、大企業を辞めてまで永守の夢に賭けた人物たちであった。

Sarasvathy(2008)の「クレイジーキルトの原則」——既存のステークホルダーのコミットメントから事業を形成する——が、創業メンバーの決断に表れている(Sarasvathy, 2008, pp. 15–16)。4人の技術者が納屋に集まったという事実が、日本電産の全ての出発点であった。

因果論との対比

因果論的アプローチであれば、まず精密モーター市場の規模と成長性を分析し、競合他社のポジショニングを調査し、参入戦略を策定してから事業を開始する。永守はモーター技術という手段から出発し、その技術が最も価値を発揮できる市場を順次見つけていった。Sarasvathy(2001)が述べる**「手段から出発し、可能な結果を模索する」**プロセスの典型例である(Sarasvathy, 2001, p. 245)。

実務への示唆——「一つの技術」を徹底的に深める

日本電産の事例が実務家に提示する教訓は3つある。第一に、一つの技術領域を徹底的に深めることが、最も堅固な「手中の鳥」を生む。永守は50年間モーター一筋であった。その深さが世界シェア80%という参入障壁を築いた。手持ちの手段を広く浅く増やすのではなく、一つを極めることの価値を示している。

第二に、技術の「適用先」は時代と共に変わる。フロッピーディスク→HDD→EVという変遷は、モーター技術という手段は同じでも、その適用先が時代のニーズに応じて変化したことを示す。手持ちの手段を固定的に見るのではなく、新たな適用先を常に探し続けることが重要である。

第三に、M&Aも「手中の鳥」の論理で行える。日本電産の約70件のM&Aは、「モーター技術とシナジーがあるか」という一貫した基準で選定された。手持ちの手段を拡張する手段としてM&Aを活用するアプローチは、無関連多角化のリスクを回避しつつ成長を実現する方法論である。

「手中の鳥の原則」での原則解説と「エフェクチュエーション事例集」も参照されたい。


引用・参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • 永守重信 (2017). 『成しとげる力』サンマーク出版.
  • Read, S., Sarasvathy, S. D., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.
  • 日経ビジネス編 (2020). 「永守重信の経営教室」『日経ビジネス』.

参考書籍

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