事例研究 | その他

PlayStation——任天堂との決裂から生まれた、異端のゲーム機プロジェクト

久夛良木健がソニー社内の孤立と任天堂との破談を経て、社内外のパートナーを織り合わせPlayStationを実現した経緯をクレイジーキルトの原則で分析する。

約11分
目次

導入:「ソニーがゲーム機を作る」という異端

1994年12月3日、ソニーはPlayStationを発売した。家電メーカーがゲーム市場に参入するという決断は、当時の業界関係者の多くを驚かせた。任天堂とセガが支配するゲーム市場に、ゲーム開発の経験がほぼゼロの企業が挑むことは、無謀とも映った。

しかしPlayStationは発売からわずか数年で1億台以上を出荷し、ゲーム産業の構造そのものを変えた。この成功は、綿密な市場分析と戦略立案の産物ではない。一人のエンジニアが社内の反対勢力を乗り越え、コミットしてくれるパートナーを一人ずつ巻き込みながら事業を形成していったプロセス——すなわちクレイジーキルトの原則——の結果であった。

企業・人物の概要:ソニーの異端児、久夛良木健

久夛良木健は1975年にソニーに入社し、デジタル信号処理の技術者としてキャリアを歩んでいた。ゲーム産業とは無縁の部署に所属しながら、娘がファミコンで遊ぶ姿を見て「この音源はもっと良くできる」と直感したことが、すべての始まりであった。

1980年代後半、久夛良木は上司に知らせずに任天堂を訪問し、スーパーファミコン用の音源チップ「SPC700」の開発を持ちかけた。ソニーの正式なプロジェクトではなく、個人的な技術への情熱から始まった越境的な行動であった。このチップは採用されたが、ソニー社内では「なぜ他社のゲーム機に協力するのか」という冷ややかな反応が大勢を占めた。

当時のソニーは映像・音響機器の高級ブランドとしての地位を確立しており、「おもちゃ」と見なされていたゲーム機事業への参入には社内に根強い抵抗があった。久夛良木が持つ手段は、デジタル信号処理の専門知識、任天堂との個人的な接点、そしてゲーム機の未来に対する揺るぎないビジョンであった。

イノベーションの経緯:決裂と再構築の連続

任天堂との「Play Station」構想と破談

1988年、ソニーと任天堂はスーパーファミコン用のCD-ROMアダプタを共同開発する契約を結んだ。久夛良木が中心となり、「Play Station」(当時は二語)と呼ばれるCD-ROM拡張機器の開発が進められた。ソニーにとって初めてのゲーム関連ハードウェアプロジェクトであった。

しかし1991年6月、任天堂の山内溥社長は突然フィリップスとの提携を発表し、ソニーとの契約を事実上破棄した。CES(Consumer Electronics Show)の場でこの発表を知ったソニー経営陣は激怒した。この「裏切り」は、ソニーのゲーム事業にとって致命的な打撃となるはずであった。

社内の孤立と大賀典雄の支持

任天堂との決裂後、ソニー社内ではゲーム事業からの撤退論が強まった。取締役会の多数派は「ゲーム機など作るべきではない」という立場であった。久夛良木は社内で孤立していた。

ここでクレイジーキルト的な転回が生じる。ソニー社長の大賀典雄が、久夛良木のビジョンに個人的なコミットメントを示したのである。大賀は「任天堂にやられたままでいいのか」と発言し、独自ゲーム機の開発を承認した。大賀の支持は戦略的分析の結果ではなく、技術者としての直感と名誉の問題として下された判断であった。

サードパーティ開発者の獲得——ナムコとの関係

ゲーム機はソフトウェアがなければ売れない。しかし当時、有力なゲーム開発会社はすべて任天堂のエコシステムに組み込まれていた。任天堂はサードパーティに対して厳格なライセンス条件を課しており、年間の発売タイトル数にも制限があった。

久夛良木は、任天堂の条件に不満を持つ開発会社を一社ずつ訪問した。最初にコミットしたのがナムコであった。ナムコは任天堂との関係に不満を抱えており、PlayStationの3D描画性能に技術的な可能性を見出した。ナムコの参入は、他の開発会社にPlayStationへの参入を検討させるシグナルとなった。

続いてスクウェア、コナミ、カプコンといった大手が相次いでPlayStation向け開発にコミットした。久夛良木は開発会社に対して、任天堂よりも有利なライセンス条件と開発環境を提供した。CD-ROMの採用によるソフトウェアの低コスト生産も、開発会社にとっての大きなインセンティブとなった。

流通革命——既存小売を超えた販路拡大

従来のゲーム機販売は玩具店が主要チャネルであった。久夛良木は家電量販店やコンビニエンスストアなど、ゲーム業界の従来の流通チャネル外のパートナーにもアプローチした。PlayStationをゲーム機ではなく「エンターテインメントシステム」として位置づけることで、より広い年齢層の消費者にリーチする流通網を構築した。

この流通戦略もまた、事前の市場分析から導かれたものではない。家電メーカーとしてのソニーが持つ既存の販売チャネルを活用するという、手元の手段を最大限に活かしたアプローチであった。

エフェクチュエーション原則の分析:「クレイジーキルト」としてのPlayStation

コミットメントの連鎖が事業を形成する

Sarasvathy(2008)は、クレイジーキルトの原則を「競合分析に基づくパートナー選択ではなく、コミットメントを示す人々とのパートナーシップが事業の方向性を決定する」と定義している(Sarasvathy, 2008, pp. 67–74)。

PlayStationの事例において、この原則は明確に機能している。最初のコミットメントは大賀典雄という社内の権力者から得られた。次にナムコが技術的な可能性に賭けてコミットし、その参入が他の開発会社のコミットメントを連鎖的に引き起こした。各段階のコミットメントが、PlayStationの事業定義そのものを変えていった。当初は「任天堂への対抗」であった事業目的が、パートナーの蓄積とともに「ゲーム産業の再定義」へと変容したのである。

手段の再定義——技術者から事業家へ

Sarasvathy(2001)が論じるように、エフェクチュエーション的起業家はパートナーとの対話を通じて自らの「手段」を再定義していく(Sarasvathy, 2001, pp. 252–253)。

久夛良木の当初の手段は「デジタル信号処理の技術知識」であった。任天堂との協業を通じて、これは「ゲーム機用チップの設計能力」へと拡大した。任天堂との決裂後、大賀のコミットメントを得ることで「ソニーのリソースを活用したハードウェア開発」へと再定義され、さらにサードパーティの獲得を通じて**「ゲーム産業のエコシステム構築」という全く新しい手段の定義**に到達した。この変容は計画されたものではなく、各パートナーのコミットメントによって段階的に生じたのである。

予測ではなくコントロール——市場を「作る」

PlayStation発売前、ソニーが3Dポリゴンに注力した判断は市場調査の結果ではなかった。ナムコの『リッジレーサー』やスクウェアの『ファイナルファンタジーVII』がPlayStationの3D性能を活用した結果、3Dゲームという新しいジャンルが市場で支持された

Sarasvathy(2008)は「エフェクチュエーションにおける市場は、パートナーのコミットメントの蓄積として形成される」と述べている(Sarasvathy, 2008, pp. 100–104)。PlayStationの成功は、3Dゲーム市場の存在を予測したから実現したのではなく、開発パートナーとの協業が3Dゲーム市場そのものを創出したのである。

実務への示唆:孤立を突破するパートナーシップの技法

PlayStationの事例から得られる実務的教訓は三つある。

第一に、社内で孤立していても、一人の有力な支持者のコミットメントが突破口になりうることである。久夛良木にとっての大賀典雄のように、組織内で権限を持つ人物のコミットメントを獲得することが、リソースへのアクセスを開く鍵となった。

第二に、既存の業界構造に不満を持つプレイヤーを見極め、彼らにとっての利益を明確に提示することである。ナムコをはじめとするサードパーティが任天堂の厳格なライセンス条件に不満を抱えていたことは、久夛良木にとって「コミットメントを引き出す余地」であった。パートナーの痛みを理解することが、クレイジーキルトの最初の布切れを獲得する手がかりとなる。

第三に、自社の既存アセット(流通網、ブランド、技術基盤)をゲーム産業という新領域に転用することである。ソニーの家電流通チャネルは、ゲーム専用の流通網がなかった同社にとって、手元にある最も強力な手段であった。

「クレイジーキルトの原則」での原則解説と「エフェクチュエーション事例集」も参照されたい。


引用・参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Asakura, R. (2000). Revolutionaries at Sony: The Making of the Sony PlayStation and the Visionaries Who Conquered the World of Video Games. McGraw-Hill.
  • 久夛良木健 (2003). 「プレイステーション開発戦記」 『日経エレクトロニクス』.
  • Gallagher, S., & Park, S. H. (2002). Innovation and competition in standard-based industries: A historical analysis of the U.S. home video game market. IEEE Transactions on Engineering Management, 49(1), 67–82.

参考書籍

関連する記事

  1. 01 エフェクチュエーションとファミリービジネス — 事業承継への応用
  2. 02 AirAsiaのエコシステム・エフェクチュエーション——航空会社からデジタル企業への転身
  3. 03 パンデミック下の飲食業ピボット——デジタルビアガーデンとファインダイニングの転身
  4. 04 ユーグレナ——ミドリムシを軸に異業種パートナーを束ねた、バイオベンチャーの共創戦略
  5. 05 松下電器——「水道哲学」と販売店網が織り上げたナショナルブランド
  6. 06 任天堂 Wii——スペック競争から離脱し「ゲーム人口拡大」で市場の定義を変えた