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ワークマン——職人向け作業着チェーンが「予期せぬ客」を追い風に変えた転換

職人向け作業服専門店だったワークマンが、釣り人・キャンパーによる想定外の購買を排除せず取り込み、高機能・低価格路線のまま一般客向け業態「ワークマンプラス」を生んだ過程をレモネードとクレイジーキルトの原則から分析する。

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目次

客層を広げる計画は、どこにもなかった

ワークマンは長らく、建設・製造現場で働く職人向けに防寒着や安全靴を売る専門店だった。客の9割以上が作業服を仕事着として買う男性。そういう店として、全国のロードサイドに店舗網を広げてきた。

その同じ店に、ある時期から登山用品店やアウトドアブランドの代わりに足を運ぶ客が増え始めた。目当ては防水透湿性に優れた作業用レインウェアや、真冬の屋外作業に耐える防寒インナー。価格は登山ブランドの数分の一。もともと「雨の中で何時間も働く」「氷点下の現場に立つ」という過酷な使用条件のために作られた機能が、そのまま釣りやキャンプ、バイク通勤の実用に転用できた。

この動きを事前に狙って仕掛けたわけではなく、売り場のPOSデータに現れた「説明のつかない伸び」に気づいたことが出発点だった。その気づきの先で、一般客向け業態「ワークマンプラス」が立ち上がる。この転換は、目標から逆算した新規事業開発ではなく、手元で起きた予期せぬ出来事を機会として拾い上げるエフェクチュエーションの実践として読み解ける。

手中の鳥——変えなかったのは「高機能・低価格」の一点

新業態を作るにあたり、ワークマンは製品そのものをほとんど変えなかった。防水性・耐久性・保温性といった作業着の機能基準は職人の命と安全に直結するため、一般客向けだからと品質を落とすことはできない。逆に言えば、すでに確立していた高機能・低価格の製造・調達体制こそが、新市場に差し出せる唯一無二の手段だった。

デザインを大幅に一般向けへ寄せたり、アウトドアブランドのような世界観を新たに構築したりする代わりに、既存の商品ラインをそのまま並べ、店舗の一角を「一般客が入りやすい売り場」に作り替えるという最小限の変更にとどめた。手持ちの手段(自分は誰か=作業着専門店、何を知っているか=高機能素材の調達と低価格生産のノウハウ、誰を知っているか=既存のフランチャイズ加盟店網)から出発し、そこから可能性を広げる典型的な「手中の鳥」の動きである。

レモネード——「客層のズレ」を排除せず、次の商品開発の起点にした

多くの専門店にとって、本来の客層とは異なる客が想定外の使い方で商品を買っていく状況は、品揃えを乱す雑音として扱われがちである。ワークマンはこれを新しい情報源として積極的に活用した。

具体的には、店頭やSNSで自社製品を独自の使い方で紹介する一般客・愛好家を「アンバサダー」として迎え入れ、その声を新商品の開発に直接反映させる仕組みを作った。バス釣りに使えるレインウェア、バイク乗りに向く防風ジャケットといった商品は、社内の企画会議から生まれたのではなく、店頭で実際に起きていた「意図しない使われ方」を追認する形で生まれている。

Sarasvathy(2008)はレモネードの原則を、予期せぬ出来事を資源として積極的に活用する姿勢だと説明している(Sarasvathy, 2008, pp. 88-92)。ワークマンの事例は、顧客の逸脱した購買行動という、企業が最もコントロールしにくい種類の「予期せぬ出来事」を、そのまま事業機会に転じた点で、この原則の分かりやすい実例になっている。

クレイジーキルト——アンバサダーという名の非公式パートナーシップ

ワークマンのアンバサダー制度は、契約金を払って著名人を起用する従来型の広告タイアップとは性格が異なる。すでに自発的に商品を愛用し、SNSで発信していた一般消費者・専門ブロガーに、あとから企業側が声をかける形で始まった。

Sarasvathy et al.(2008)は、クレイジーキルトの原則が「誰と組むか」を事前の市場調査ではなく、自ら進んで関わってくる相手との関係構築から立ち上げる点に特徴があるとする(Sarasvathy et al., 2008, pp. 5-8)。ワークマンのアンバサダーは、企業が声をかける前から製品を使い倒し発信していた人々であり、関わろうとする意志が顧客からブランドへと先に生まれていた。この既存の熱量を制度化しただけで、大規模な広告費をかけずに新市場への信頼を獲得できた点が、この原則の実務的な強みを示している。

実務への示唆——「本来の客層ではない需要」をどう扱うか

ワークマンの事例は、既存事業を持つ企業が新市場へ展開する際の判断軸を示している。

第一に、逸脱データを雑音として切り捨てる前に、その理由を調べる。 想定外の客層・想定外の使われ方は、多くの場合「品揃えが乱れている」サインとして無視されるが、そこに次の事業の芽が隠れていることがある。

第二に、新市場向けに製品を作り替える前に、既存の強みがそのまま通用するかを検証する。 ワークマンは作業着の機能基準を落とさなかったからこそ、価格と品質の両面で新市場に優位性を持ち込めた。

第三に、熱量のあるユーザーはすでに存在することが多い。 ゼロから広告でファンを作るのではなく、すでに自発的に発信している顧客を見つけ、その関係を制度化する方が、限られた予算のなかで信頼を築く近道になる。

「レモネードの原則」と「クレイジーキルトの原則」も参照されたい。


引用・参考文献

  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Sarasvathy, S. D., Dew, N., Read, S., & Wiltbank, R. (2008). Designing organizations that design environments: Lessons from entrepreneurial expertise. Organization Studies, 29(3), 331–350.
  • 土屋哲雄 (2020).『ワークマン式「しない経営」——4000億円の空白市場を切り拓いた秘密』ダイヤモンド社.

参考書籍

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