目次
「どちらが優れているか」という問いの誤り
エフェクチュエーションとコーゼーション(因果論的意思決定)の比較は、しばしば「どちらのアプローチが優れているか」という問いに収束しやすい。起業家教育の文脈では、エフェクチュエーションが「イノベーションに適した新しいロジック」として紹介され、コーゼーションが「旧来の限界ある思考」として位置づけられる傾向がある。
しかし、これはSarasvathyの原典の意図とは異なる。Sarasvathy(2008)は明示的に「エフェクチュエーションとコーゼーションは対立するのではなく、文脈依存的に使い分けるべき補完的ロジックである」と述べている(Sarasvathy, 2008, p. 12)。
本稿の目的は、2つのロジックが持つ適用限界——すなわち境界条件(boundary conditions)——を原典と後続の実証研究に基づいて整理し、「再考」の視座を提供することである。
原典が示す境界条件の原型
Sarasvathy(2001)の原著論文は、2つのロジックの適用領域を「予測可能性」という軸で区別している。
“To the extent that we can predict the future, we can control it. To the extent that we can control the future, we do not need to predict it.”
— Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), p. 252.
この引用が示す論理は単純明快だ。将来が予測可能な場合はコーゼーション(最適な手段の選択)が有効であり、将来の制御可能性が高い場合はエフェクチュエーション(手中の手段からの可能性の発散)が有効になる。
原典ではさらに、「不確実性のレベルが高くなるほど、エフェクチュアルなロジックの適用比率が増す」という動的な関係が示されている(Sarasvathy & Dew, 2005, p. 543)。これは時間的な変化にも適用される。事業の初期段階(不確実性が高い)ではエフェクチュエーションが優位であり、成長段階(予測可能性が高まる)ではコーゼーションの比率が増すという流れが、熟達した起業家の実践に観察される(Read et al., 2009)。
後続研究が明らかにした境界条件の精緻化
原典の公表(2001年)から20年以上が経過し、エフェクチュエーション研究は実証的に蓄積された。Reymen et al.(2015)は、新規事業創造プロセスにおける意思決定の縦断的研究を通じ、エフェクチュエーションとコーゼーションは単線的に移行するのではなく、事業の発展段階に応じてダイナミックに行き来することを示した(Reymen et al., 2015, pp. 365–371)。
この知見は境界条件の議論に重要な含意を持つ。「ステージ0はエフェクチュエーション、ステージ1以降はコーゼーション」という単純な移行モデルは、現実を捉えきれない。不確実性の高い局面が成長段階にも繰り返し訪れるため、両ロジックを状況に応じて使い分ける「コードスイッチング能力」が熟達した実践者の特徴として浮かび上がる(Sarasvathy, 2008, p. 102)。
さらに、Chandler et al.(2011)はエフェクチュエーションの測定尺度を開発し、5原則ごとの独立性を確認した。この研究の副産物として、組織的文脈と個人的文脈でエフェクチュエーションの適用パターンが異なることが明らかになった(Chandler et al., 2011, p. 387)。個人起業家が使うエフェクチュエーションと、組織内でのイントラプレナーシップにおけるエフェクチュエーションは、外見が似ていても構造的な差異を持つ。これは境界条件の議論に「行為主体の性質」という新しい軸を加える。
「再考」に必要な3つの問い
原典と後続研究を踏まえると、コーゼーション vs エフェクチュエーションの議論において再考すべき点が3つ浮かび上がる。
問い1:不確実性はどの次元で高いのか。
実務に翻訳すると、「不確実性が高いからエフェクチュエーション」という判断は粗すぎる。Knight(1921)が区別したように、不確実性には複数の次元がある。技術的不確実性(製品が機能するか)、市場不確実性(顧客が存在するか)、組織的不確実性(実行できるか)、制度的不確実性(規制・制度が整合するか)——それぞれの次元で不確実性の高さと性質が異なる。
どの次元の不確実性が優勢かによって、エフェクチュエーションのどの原則が有効かも変わる。技術的不確実性が主因ならば「許容可能な損失」による実験設計が、市場不確実性が主因ならば「クレイジーキルト」によるステークホルダーとの共同探索が、それぞれ重点的に機能する。
問い2:「コードスイッチング」はどの時点で起きるか。
Reymen et al.(2015)が示した「動的な行き来」は、実践者にとってどの時点で切り替えを判断するかという問いを生む。原典では明示的な切り替え基準は示されていないが、Sarasvathy & Dew(2005)の議論からは、「ステークホルダーとのコミットメントが積み重なった段階」がコーゼーション移行の自然な契機になるという示唆を読み取れる(Sarasvathy & Dew, 2005, p. 542)。
クレイジーキルト原則が機能して自発的コミットメントを持つパートナーが集まると、共有された目標が形成される。この目標の共有が「予測可能な目的地」を生み、コーゼーション的な最適化が有効になる条件を整備する。
問い3:エフェクチュエーションは「大企業」に適用可能か。
Sarasvathyの原典は熟達した起業家(experienced entrepreneurs)を対象にしており、大企業の意思決定プロセスへの適用は当初の研究範囲を超える。Dew et al.(2008)は、大企業内のR&D部門や新規事業部門がエフェクチュアルなロジックを活用するケースを分析しているが、組織階層・承認プロセス・財務報告要件という制度的文脈が、エフェクチュエーションの自由度を構造的に制約すると指摘している(Dew et al., 2008, p. 49)。
この制約はエフェクチュエーションの「適用失敗」ではなく、組織的文脈における境界条件として理解すべきである。「許容可能な損失」の設定権限が個人にあるか組織にあるか、「クレイジーキルト」のコミットメントが個人の信頼関係から生まれるか組織間の契約から生まれるか——これらの違いが実践の様相を変える。
2つのロジックを使い分ける判断マップ
以上の議論を統合し、実務での判断基準として以下の枠組みを提示する。
コーゼーション適用の指標:予測可能な市場や技術が前提となっている場合、すでに明確な目標と測定基準が設定されている場合、意思決定者が同質で目標を共有している場合、成功事例からのベストプラクティス移転が主な課題である場合。
エフェクチュエーション適用の指標:市場・技術・規制の複数次元で不確実性が高い場合、目標の定義自体が利害関係者との交渉を通じて形成される場合、失っても回復可能な小さな実験の積み重ねが可能な場合、ステークホルダーの多様性が高く予測より対話が有効な場合。
両者を往復する指標:事業が成熟段階にあっても、特定の領域(例:新製品開発、新市場参入)では不確実性が高い場合。組織全体ではコーゼーション的管理が機能しているが、特定チームやプロジェクトではエフェクチュアルな実験が必要な場合。
まとめ:対立ではなく対話として使う
コーゼーションとエフェクチュエーションは、「旧来の思考 vs 新しい思考」という優劣の軸で評価されるべきではない。Sarasvathy が原典で示したのは、2つのロジックが異なる条件下でそれぞれ有効であり、熟達した実践者はその状況判断を即時に行えるという洞察だった。
境界条件の理解は、この「状況判断」を精緻化するための理論的基盤である。不確実性の次元、コミットメントの蓄積段階、組織的文脈——これらを見極めることで、2つのロジックは対立ではなく「対話」として機能する道具になる。
原典では「起業的専門知識(entrepreneurial expertise)とは、この2つのロジックを状況に応じて使い分ける能力である」と述べられている(Sarasvathy, 2008, p. 101)。境界条件の再考は、この能力を意識的に鍛えるための出発点である。
参考文献
- Chandler, G. N., DeTienne, D. R., McKelvie, A., & Mumford, T. V. (2011). Causation and effectuation processes: A validation study. Journal of Business Venturing, 26(3), 375–390.
- Dew, N., Read, S., Sarasvathy, S. D., & Wiltbank, R. (2008). Outlines of a behavioral theory of the entrepreneurial firm. Journal of Economic Behavior & Organization, 66(1), 37–59.
- Knight, F. H. (1921). Risk, Uncertainty and Profit. Hart, Schaffner & Marx.
- Read, S., Song, M., & Smit, W. (2009). A meta-analytic review of effectuation and venture performance. Journal of Business Venturing, 24(6), 573–587.
- Reymen, I. M. M. J., Andries, P., Berends, H., Mauer, R., Stephan, U., & van Burg, E. (2015). Understanding dynamics of strategic decision making in venture creation: A process study of effectuation and causation. Strategic Entrepreneurship Journal, 9(4), 351–379.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar.
- Sarasvathy, S. D., & Dew, N. (2005). New market creation through transformation. Journal of Evolutionary Economics, 15(5), 533–565.