目次
“Effectuation processes … do not constitute the ‘one best way’ to create new ventures. Both effectual and causal logic could and should be used in combination.”
— Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation. Academy of Management Review, 26(2), p. 251.
なぜ「再考」が必要か
エフェクチュエーション理論は、2001 年に Saras D. Sarasvathy が Academy of Management Review に発表した “Causation and Effectuation” 論文(Sarasvathy, 2001, Vol. 26, No. 2, pp. 243–263)で世に出た。それから20年以上が経過し、同理論は世界中の起業家研究・MBA 教育・実務に浸透した。
ところが、その普及の過程で、ある重要な誤解が定着した——「コーゼーションは古い、エフェクチュエーションは新しい」という二項対立的な解釈である。
この解釈は、原典の主張から遠い。Sarasvathy(2001)は最初の論文の段階で既に、両者を「対立する選択肢」ではなく「補完的に併用すべき認知モデル」として位置づけている(p. 251)。さらに、2009 年に Read, Song, Smit が Journal of Business Venturing に発表したメタ分析(Read, Song, & Smit, 2009, Vol. 24, No. 6, pp. 573–587)は、エフェクチュエーション原則と新規事業のパフォーマンスの関係について、条件付きの実証エビデンスを提供した。
本記事では、原典の比較定義に立ち返り、Read et al.(2009)のメタ分析結果を踏まえ、ハイブリッド戦略の動的切替アルゴリズムを提示し、両利き経営(ambidexterity)議論との接続を整理する。「コーゼーション vs エフェクチュエーション」を、10年越しの実証研究の知見を統合して再構築することが目的である。
原典に戻る——Sarasvathy 2001 の比較定義
再考を始める出発点は、Sarasvathy(2001)の原典定義である。
コーゼーションの定義
“Causation processes take a particular effect as given and focus on selecting between means to create that effect.”
— Sarasvathy, 2001, Academy of Management Review, 26(2), p. 245.
「コーゼーション・プロセスは、特定の効果(effect)を所与とし、その効果を生み出す手段(means)の選択に焦点を当てる」——これがコーゼーションの中核定義である。MBA 教育で教えられる戦略立案ツール(市場規模推定、競合分析、NPV 計算、ロードマップ)は、すべてこの認知構造の上に構築されている。
エフェクチュエーションの定義
“Effectuation processes take a set of means as given and focus on selecting between possible effects that can be created with that set of means.”
— Sarasvathy, 2001, Academy of Management Review, 26(2), p. 245.
「エフェクチュエーション・プロセスは、手段(means)のセットを所与とし、その手段で生み出せる可能性のある効果(effect)の選択に焦点を当てる」——これがエフェクチュエーションの中核定義である。
Sarasvathy(2001)が論文の同じページで明示しているのは、両者は「同じ意思決定空間における異なる方向性」という関係であって、優劣の関係ではないという点だ(p. 245)。コーゼーションは「効果 → 手段」、エフェクチュエーションは「手段 → 効果」——矢印の向きが反転しているだけで、両者は意思決定の認知構造を切り取る2つのスライスである。
Sarasvathy 自身の補完性宣言
しばしば見落とされるが、Sarasvathy(2001)は同論文 p. 251 で次のように述べている。
“Both causal and effectual reasoning are integral parts of human reasoning that can occur simultaneously, overlapping and intertwining over different contexts of decisions and actions.”
「コーゼーションとエフェクチュエーションは、人間の推論に不可欠な要素であり、異なる意思決定・行動の文脈において同時に発生し、重なり、絡み合いうる」——これが Sarasvathy 自身の補完性宣言である。
つまり、原典の段階で既に「対立か補完か」の議論は決着している。論点は「どのような条件下で、どちらのロジックが優位に作動するか」「両者をどう組み合わせるか」——という運用の問いに移行すべきだった。次節で扱うのは、この運用の問いに実証的に答えた Read et al.(2009)のメタ分析である。
Read et al. 2009 メタ分析が示した実証エビデンス
Read, Song, Smit(2009)は Journal of Business Venturing 24(6), pp. 573–587 に “A meta-analytic review of effectuation and venture performance” を発表した。これは、エフェクチュエーション理論に関する複数の実証研究(n = 9,897 起業家データ、48 の独立サンプル)を統合し、4つのエフェクチュエーション原則と新規事業のパフォーマンスとの関係を検証した、初の大規模メタ分析である(Read et al., 2009, p. 573)。
メタ分析は、エフェクチュエーションの 4 つの構成要素(手段、コミットメント、許容可能な損失、レバレッジング・コンティンジェンシー)と、新規事業のパフォーマンスとの相関を統計的に推定した。
主要な実証結果
Read et al.(2009)が報告した主要な知見は以下の通りである(pp. 580–584)。
- 手段(means)の活用、コミットメント形成、レバレッジング・コンティンジェンシー(予期せぬ事象の活用)はパフォーマンスと正の相関を示した。
- 計画立案(コーゼーションの典型的活動)も、新規事業のパフォーマンスと正の相関を示した。
- しかし許容可能な損失(affordable loss)とパフォーマンスの相関は、計測上の課題から有意水準に達しなかった。
- これらの効果は新規事業のステージや業界環境によって調整される——不確実性の高い文脈ほどエフェクチュエーション原則の効果が強まる傾向が観察された。
「どちらかが正解」ではないという実証
Read et al.(2009)の結果が示したのは、決定的な事実だ——エフェクチュエーション原則も、コーゼーション的な計画立案も、それぞれ独立して新規事業パフォーマンスに寄与する(pp. 583–584)。
これは「コーゼーションは古い、エフェクチュエーションが新しい正解」という二項対立的解釈を、データレベルで否定する結果である。両者は競合しない。新規事業の成否を予測するモデルにおいて、エフェクチュエーションとコーゼーションは独立した正の予測因子として共存する——これが2009年メタ分析の最も重要な含意だった。
ただし第二の知見として、両者の効果は文脈依存である。不確実性が高い文脈ではエフェクチュエーション原則の寄与が大きく、安定した文脈では計画立案(コーゼーション)の寄与が大きい。この文脈依存性こそが、次節で扱う「動的切替」議論の起点となる。
境界条件——いつ、どちらが優位か
Sarasvathy(2008)は、エフェクチュエーションとコーゼーションの境界条件を、4つの軸で整理している(pp. 73–88)。
軸1:環境の予測可能性
コーゼーション優位:過去データから合理的な未来予測が可能な環境。市場規模推定が信頼できる、競合の反応が予測可能、顧客行動の傾向が安定している。
エフェクチュエーション優位:ナイト的不確実性が支配的な環境。過去データの外挿が機能しない、新興市場・破壊的イノベーション・前例のない顧客ニーズが対象。
軸2:目標の所与性
コーゼーション優位:目標が外部から固定的に与えられている文脈。例:上場企業の中期計画、官公庁プロジェクトの仕様要件達成、既存事業の効率化。
エフェクチュエーション優位:目標自体を発見・形成する必要がある文脈。例:新規事業創造、未踏領域の研究開発、ブランド・コンセプトの発明。
軸3:資源の充足度
コーゼーション優位:必要な手段を外部から調達できる文脈。資金、人材、技術、ネットワークがアクセス可能。
エフェクチュエーション優位:手段が限られた起業初期段階。手元の資源を最大活用する以外に選択肢が少ない状況。
軸4:失敗コストの構造
コーゼーション優位:失敗時の影響が限定的で、計画を修正して再実行できる文脈。例:A/Bテスト可能なマーケティング施策、可逆的な投資判断。
エフェクチュエーション優位:失敗が不可逆で、回復に長期を要する文脈。許容可能な損失の事前設計が判断の質を決定的に左右する場面。
これら4軸は独立ではなく、相互に絡み合う。実際の意思決定状況は、4軸のスペクトル上で位置を変動させる。重要なのは「環境を観察してロジックを選ぶ」という運用態度であり、特定のロジックに固執することではない。
ハイブリッド戦略——動的切替のアルゴリズム
理論上の「補完性」と実証上の「両者ともパフォーマンスに寄与」という知見を踏まえ、実務的な問いは「両者をどう組み合わせるか」に移る。
ここで提示するのは、動的切替(dynamic switching)のアルゴリズムである。これは Sarasvathy(2008)の境界条件論と、Reymen et al.(2015, Strategic Entrepreneurship Journal, 9(4), pp. 351–379)の「効力的・因果的意思決定の経時的シフト」研究を統合したフレームワークである。
ステップ1:環境の不確実性レベルを評価する
意思決定対象の環境を、以下の3レベルに分類する。
- Level 1(リスク):確率分布が既知で、期待値計算が機能する。
- Level 2(曖昧性):確率分布の前提となる情報が不完全。仮定を置けば計算可能。
- Level 3(ナイト的不確実性):確率分布そのものが定義不能。前例外の事象。
ステップ2:環境レベルに応じて初期ロジックを選択
- Level 1 → コーゼーションを初期モードとする
- Level 2 → 部分的コーゼーション + 部分的エフェクチュエーション(並行運用)
- Level 3 → エフェクチュエーションを初期モードとする
ステップ3:プロジェクトのステージに応じて切替
Reymen et al.(2015)が示した経時的シフト現象は、起業のステージごとに優位ロジックが移行することを示唆する(pp. 363–372)。
- 発見フェーズ(顧客課題・市場機会の探索)→ エフェクチュエーション優位
- 検証フェーズ(仮説検証・事業モデル磨き込み)→ ハイブリッド
- 拡大フェーズ(再現可能な事業モデルの規模化)→ コーゼーション優位
ステップ4:予期せぬ事象(コンティンジェンシー)の発生時に再評価
レモネード原則の本質は、予期せぬ事象を機会化する認知である(Sarasvathy, 2008, pp. 51–66)。動的切替のアルゴリズムにおいては、コンティンジェンシーは「環境レベルの再評価トリガー」として機能する。予期せぬ事象が発生したら、ステップ1に戻り、環境レベルを再評価し、必要に応じてロジックを切り替える。
このアルゴリズムは硬直的な手続きではなく、判断者の認知的注意の配分パターンとして機能する。「いま自分はどちらのモードで考えているか」「この状況にはどちらのモードが適合するか」を意識的に問い続ける態度——それが動的切替の実装である。
5原則を「動的切替」の中で運用する
エフェクチュエーションの5原則(Bird-in-Hand, Affordable Loss, Lemonade, Crazy Quilt, Pilot-in-the-Plane)を、コーゼーションとのハイブリッド運用の文脈に置き直す。
Bird-in-Hand(手中の鳥)—— 手段の棚卸しは常に有効
「Who I am, What I know, Whom I know」(Sarasvathy, 2008, pp. 15–16)の棚卸しは、コーゼーション的な事業計画にも有効な前提作業である。コーゼーションが「目標 → 手段の調達」の論理であっても、現状の手段を正確に把握していなければ調達計画は立てられない。手中の鳥は両ロジックの基盤として機能する。
Affordable Loss(許容可能な損失)—— 不可逆な投資には必須
期待リターン最大化(コーゼーション)と許容可能な損失(エフェクチュエーション)は、意思決定基準として並存可能である。可逆的な小規模投資は期待リターンで判断し、不可逆で大規模な投資には許容可能な損失基準を併用する——これがハイブリッドの実装パターンの一つだ(Dew et al., 2009, pp. 105–110)。
Lemonade(レモネード)—— 計画外事象の意味付けロジック
レモネード原則は、計画外事象を機会化する認知パターンである(Sarasvathy, 2008, pp. 51–66)。コーゼーションの計画は「予期せぬ事象=計画からの逸脱=修正対象」と扱う傾向があるが、レモネード原則は「逸脱の中に新しい機会の信号がある」と解釈する。両者は「予期せぬ事象を見たときの解釈レンズの違い」として共存可能である。
Crazy Quilt(クレイジーキルト)—— 競合分析と並走するパートナーシップ
競合分析(コーゼーション)とパートナーシップ形成(エフェクチュエーション)は対立しない。競合分析は「市場ポジションの把握」に有効であり、パートナーシップ形成は「自社の境界を動かす」操作として機能する(Sarasvathy, 2008, pp. 67–82)。両者を並走させることで、市場理解とリソース拡張が同時に進む。
Pilot-in-the-Plane(飛行機のパイロット)—— 予測と制御の統合
予測(コーゼーション)と制御(エフェクチュエーション)も対立しない。予測可能な部分は予測に従い、予測不能な部分は制御に集中する——これが Pilot-in-the-Plane 原則の実装的意味である(Sarasvathy, 2008, pp. 89–100)。「すべてを予測する」「予測を放棄する」のいずれも極端であり、現実の意思決定は両者の配分問題である。
両利き経営との接続——組織レベルでの再考
「コーゼーション vs エフェクチュエーション」の議論は、個人の認知レベルから組織レベルへ拡張すると、組織論で広く議論されてきた両利き経営(organizational ambidexterity)と接続する。
両利き経営は、O’Reilly & Tushman(2008, Research in Organizational Behavior, 28, pp. 185–206)が体系化した概念で、組織が「探索(exploration)」と「活用(exploitation)」を同時に追求する能力を指す。
- 探索(exploration):新規領域の発見、実験、イノベーション ≒ エフェクチュアル・モード
- 活用(exploitation):既存事業の効率化、規模化、改善 ≒ コーゼーション・モード
両利き経営の研究は、組織レベルで両モードを共存させる構造的・文化的条件を扱ってきた。エフェクチュエーション理論の動的切替は、この組織論の知見と整合する形で、個人の認知レベルにおける両利き運用として位置づけることができる。
具体的には、組織内で「新規事業創出を担うチーム」と「既存事業の磨き込みを担うチーム」を構造的に分離する両利き経営のアプローチに対して、個人レベルの動的切替は、同じ意思決定者が状況に応じてモードを切り替えるという補完的な視点を提供する。両者は組織と個人の異なるレベルで同じ問題を扱っており、統合的に運用することで、組織の意思決定能力を高めうる。
「再考」の結論——優劣ではなく配分
「コーゼーション vs エフェクチュエーション」は、原典の段階で既に対立構造ではなかった。Sarasvathy(2001)が p. 251 で明示した補完性宣言、Read et al.(2009)のメタ分析が示した「両者ともパフォーマンスに寄与」という実証、Reymen et al.(2015)が観察した経時的シフト現象——これらの知見を統合すれば、議論の焦点は「どちらが正しいか」から「どう配分するか」へと移る。
実務的な再考の結論は、3点に集約できる。
1. 環境の不確実性レベルに応じて初期ロジックを選ぶ:リスク領域はコーゼーション、ナイト的不確実性領域はエフェクチュエーション、曖昧性領域はハイブリッド。
2. プロジェクトのステージに応じて切り替える:発見フェーズはエフェクチュアル、検証フェーズはハイブリッド、拡大フェーズはコーゼーション優位。
3. 予期せぬ事象を再評価のトリガーとする:レモネード原則は、コンティンジェンシーを「環境レベルの再評価機会」として活用する認知パターンとして機能する。
この3点は、Sarasvathy(2001, 2008)の理論枠組みと、Read et al.(2009)の実証エビデンス、Reymen et al.(2015)の経時的シフト研究を統合した実装指針である。「エフェクチュエーションかコーゼーションか」という二項対立的問いを脇に置き、「いま自分が直面している意思決定の構造は何か」「どのロジックが、どの配分で、いま必要か」と問うことが、再考後の実務的態度である。
起業家・実務家の今日の行動
理論の再考は、実務的には次の3つの行動に集約される。
1. 自分の意思決定モードを意識化する:いま自分は「目標 → 手段」と考えているのか、「手段 → 効果」と考えているのか。判断対象の前で5秒立ち止まり、自分の認知モードを言語化する。
2. 環境の不確実性レベルを見立てる:判断対象がリスク・曖昧性・ナイト的不確実性のどこにあるかを意識的に評価する。誤った見立て——確率分布が定義できない領域に NPV 計算を持ち込む、確率分布が信頼できる領域でエフェクチュアル探索に固執する——を避ける。
3. 切替の機会を逃さない:プロジェクトのステージが変わったとき、予期せぬ事象が起きたとき、環境レベルが変動したとき——これらは初期ロジックを再検討する機会である。固執は意思決定の質を下げる。
「コーゼーション vs エフェクチュエーション」を二項対立として理解する段階から、両者を運用する段階へ。これが本記事の「再考」が指す方向である。
荒井宏之 a.k.a. ピンキー
関連記事
- エフェクチュエーション vs コーゼーション——根本的差異
- エフェクチュエーションとコーゼーションの違い——徹底比較
- コーゼーション vs エフェクチュエーション——Sarasvathyの比較分析を再検討する
- エフェクチュエーション・メタ分析の文脈
- エフェクチュエーションと両利き経営
- エフェクチュエーションは予測しない——非予測戦略の論理
- エフェクチュエーションとリーンスタートアップの統合モデル——段階別使い分けの設計フレーム
関連用語
- コーゼーション(Causation)
- エフェクチュエーション(Effectuation)
- 手中の鳥(Bird-in-Hand)
- 許容可能な損失(Affordable Loss)
- 飛行機のパイロット(Pilot-in-the-Plane)
- ナイト的不確実性(Knightian Uncertainty)
引用・参考文献
- Dew, N., Sarasvathy, S. D., Read, S., & Wiltbank, R. (2009). Affordable loss: Behavioral economic aspects of the plunge decision. Strategic Entrepreneurship Journal, 3(2), 105–126.
- Knight, F. H. (1921). Risk, Uncertainty and Profit. Houghton Mifflin.
- O’Reilly, C. A., & Tushman, M. L. (2008). Ambidexterity as a dynamic capability: Resolving the innovator’s dilemma. Research in Organizational Behavior, 28, 185–206.
- Read, S., Song, M., & Smit, W. (2009). A meta-analytic review of effectuation and venture performance. Journal of Business Venturing, 24(6), 573–587.
- Reymen, I. M. M. J., Andries, P., Berends, H., Mauer, R., Stephan, U., & van Burg, E. (2015). Understanding dynamics of strategic decision making in venture creation: A process study of effectuation and causation. Strategic Entrepreneurship Journal, 9(4), 351–379.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.