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プロトコル分析法と起業家認知研究

Sarasvathyが用いたシンク・アラウド・プロトコル分析の方法論的意義を解説。認知科学における位置づけ、実験デザインの革新性、後続研究への影響、そして方法論的限界と対応策を論じる。

約14分
目次

プロトコル分析法とは何か

エフェクチュエーション理論の独創性は、その内容だけでなく、理論を導出した方法論そのものにも宿っている。Saras Sarasvathy が博士論文研究で採用した「シンク・アラウド・プロトコル分析(think-aloud protocol analysis)」は、認知科学の分野で長い歴史を持つ手法であり、起業家の意思決定プロセスを解明するうえで画期的な役割を果たした。

プロトコル分析法とは、被験者が課題を遂行する際に「考えていることをそのまま声に出す」ことを求め、その言語データ(プロトコル)を分析対象とする研究手法である。Ericsson & Simon(1993)は Protocol Analysis: Verbal Reports as Data において、この手法の理論的基盤を確立した。彼らの核心的な主張は、短期記憶に保持されている情報を言語化させる「シンク・アラウド」は、思考プロセスそのものを歪めないという点にある(Ericsson & Simon, 1993, pp. 78–82)。この主張は、「内省は信頼できない」とする行動主義心理学の批判を乗り越えるものであった。

認知科学における位置づけ

プロトコル分析は、チェスの熟達者研究(de Groot, 1965)や問題解決研究(Newell & Simon, 1972)といった認知科学の古典的研究で用いられてきた。とりわけ Herbert Simon 自身がこの手法の主要な推進者であったという事実は、Sarasvathy がこの方法を採用した背景を理解するうえで極めて重要である。

認知科学におけるプロトコル分析の意義は、「結果」ではなく「過程」を捉える点にある。たとえば、チェスの名手がどのような手を指すかという結果だけでなく、その手に至るまでにどのような局面評価・候補手生成・比較検討を行ったかという認知プロセスを明らかにできる。これを起業研究に転用したのが Sarasvathy の方法論的革新であった。

Sarasvathy の実験デザイン

27名の熟達起業家

Sarasvathy は、1997年から1998年にかけて、**27名の「熟達起業家(expert entrepreneurs)」**を対象にプロトコル分析実験を実施した(Sarasvathy, 2001, p. 245)。被験者の選定基準は厳格であり、(1)少なくとも1社を創業し、(2)最低10年間の起業経験を持ち、(3)少なくとも1社をIPOまで導いた実績を持つ者に限定された。この選定基準そのものが、熟達(expertise)研究の方法論的伝統に依拠している。Ericsson & Smith(1991)が示した「卓越したパフォーマンスの研究は、まず再現可能な優れたパフォーマンスを示す個人を特定することから始まる」という原則に忠実に従ったものである。

架空の製品「Venturing」課題

実験の中核となったのは、被験者に提示された架空の起業課題である。被験者は、ある架空の製品——コンピュータを使ったボードゲーム「Venturing」——をもとに新事業を構築する課題を与えられた。この課題設計には複数の方法論的意図が込められている。

第一に、架空の製品を用いることで、既存の業界知識や市場知識の影響を統制した。実在の製品を使えば、被験者の事前知識によって回答が左右され、認知プロセスの比較が困難になる。第二に、課題は段階的に情報が開示される構造を持っていた。被験者は10の意思決定ポイントで順次新しい情報を受け取り、各段階で思考を言語化した。この設計により、意思決定プロセスの時間的展開を追跡することが可能になった。

第三に、そしてこれが最も重要な設計意図であるが、課題は「正解」が存在しないオープンエンドな問題として構成された。目標、ターゲット市場、価格設定、パートナーシップなど、あらゆる要素が被験者の判断に委ねられた。この設計こそが、予測的思考と制御的思考の差異を浮き彫りにする装置として機能したのである(Sarasvathy, 2008, pp. 23–26)。

後続研究における方法論的発展

定量的検証への展開

Sarasvathy の初期研究は質的分析が中心であったが、後続の研究者たちはプロトコル分析の知見を定量的に検証する方向へと発展させた。**Dew, Read, Sarasvathy, & Wiltbank(2009)**は、熟達起業家と経営学修士(MBA)学生のプロトコルを体系的にコーディングし、両者の意思決定パターンの差異を統計的に実証した。この研究では、熟達起業家が MBA 学生と比較して有意に高い頻度で「手段主導型の推論」「パートナーシップ志向の意思決定」「予測回避の戦略」を用いることが示された(Dew et al., 2009, pp. 293–296)。

**Read, Song, & Smit(2009)**は、メタ分析の手法を用いてエフェクチュエーション研究の知見を統合し、エフェクチュエーションの各次元と企業パフォーマンスとの関係を検討した。このような定量的蓄積により、プロトコル分析から生まれた仮説が大規模なサンプルで追試される段階へと研究が進展した。

コーディング体系の精緻化

後続研究における重要な方法論的貢献は、プロトコル・データのコーディング体系の標準化である。初期の研究では Sarasvathy 自身がプロトコルの解釈を行っていたが、後続研究では独立した複数のコーダーによるコーディングと評定者間信頼性(inter-rater reliability)の報告が標準的な手続きとなった。これにより、プロトコル解釈の恣意性という批判に対する方法論的な対応がなされた。

プロトコル分析の限界と課題

回顧バイアスと言語化の問題

プロトコル分析には固有の限界が存在する。第一に、**回顧バイアス(retrospective bias)**の問題がある。シンク・アラウドは「今考えていること」をリアルタイムに報告させるため、事後的な回想によるインタビューよりもバイアスが小さいとされる。しかし、被験者が「声に出す」行為自体が思考の自然なフローに影響を与える可能性は完全には排除できない(Russo, Johnson, & Stephens, 1989)。

第二に、暗黙知(tacit knowledge)の言語化困難性がある。Polanyi(1966)が指摘したように、熟達者の知識の多くは言語化が困難な暗黙的形態をとる。熟達起業家が直感的に行っている判断の一部は、プロトコルには現れない可能性がある。Sarasvathy の研究が捉えたのは、言語化可能な認知プロセスに限定されるという認識が必要である。

第三に、サンプルサイズの問題がある。27名という被験者数は、統計的一般化のための標準的な基準からすれば小さい。ただし、これは熟達者研究に共通する制約であり、de Groot のチェス研究や Ericsson の音楽家研究も同様に少数の卓越した専門家を対象としている。熟達研究においては、サンプルの質(expertise の水準)がサンプルの量に優先するという方法論的立場が支持されている(Ericsson et al., 2006, pp. 41–43)。

リアルタイム認知研究との比較

近年の起業家認知研究では、プロトコル分析に加えて、**経験サンプリング法(Experience Sampling Method: ESM)**が注目を集めている。ESM は、日常生活の中で無作為のタイミングにおいて被験者の認知・感情・行動を記録する手法であり、実験室の人工的な環境ではなく、実際の起業活動の最中における認知プロセスを捉えることができる(Uy, Foo, & Aguinis, 2010)。

ESM の利点は、生態学的妥当性(ecological validity)の高さにある。プロトコル分析が実験室内での課題遂行を対象とするのに対し、ESM は現実の起業プロセスにおけるリアルタイムの意思決定を捉えることができる。しかし、ESM には「何を考えているか」の深層までは捉えにくいという限界があり、プロトコル分析が持つ思考プロセスの詳細な逐語的記録という強みを代替するものではない。

両手法は相互補完的な関係にあると位置づけるのが妥当である。プロトコル分析が認知プロセスの微細構造を明らかにする一方、ESM は実践文脈における認知の動態的変化を捉える。今後の起業家認知研究の発展には、これら複数の方法論を組み合わせたマルチメソッド・アプローチが不可欠であろう(Grégoire, Corbett, & McMullen, 2011)。

方法論が理論に与えた影響

振り返ってみれば、Sarasvathy がプロトコル分析という方法を選択したこと自体が、エフェクチュエーション理論の性格を規定している。もし Sarasvathy が大規模アンケート調査を採用していれば、起業家の「行動パターン」は捉えられたかもしれないが、その背後にある**「思考の論理」——コーゼーションとエフェクチュエーションという二つの推論様式の区分——は発見されなかった可能性が高い**。プロトコル分析という方法が、行動の背後にある認知的メカニズムに直接アクセスする窓を提供したからこそ、エフェクチュエーション理論は「何をするか」ではなく「どう考えるか」という認知レベルでの理論として成立したのである。

方法論の選択は、発見の射程を決定する。エフェクチュエーション理論の学術的意義を正確に理解するためには、理論の内容と同時に、それを生み出した方法論の意義と限界を理解することが不可欠である。

実践の現場でも、起業家や事業開発担当者が「なぜ自分はこう判断したのか」を言語化しようとするとき、プロトコル分析的な自己観察の手法が役立つ。自分の思考を声に出して録音し、後から聴き直してみると、どのタイミングで手段主導型の推論をしていたか、どこで予測に依存していたかが浮かび上がることがある。

関連記事として「Sarasvathyの原典研究」「エフェクチュエーションの知的系譜」も参照されたい。


引用・参考文献

  • Ericsson, K. A., & Simon, H. A. (1993). Protocol Analysis: Verbal Reports as Data (Rev. ed.). MIT Press.
  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Dew, N., Read, S., Sarasvathy, S. D., & Wiltbank, R. (2009). Effectual versus predictive logics in entrepreneurial decision-making: Differences between experts and novices. Journal of Business Venturing, 24(4), 287–309.
  • Read, S., Song, M., & Smit, W. (2009). A meta-analytic review of effectuation and venture performance. Journal of Business Venturing, 24(6), 573–587.
  • Polanyi, M. (1966). The Tacit Dimension. Doubleday.
  • Grégoire, D. A., Corbett, A. C., & McMullen, J. S. (2011). The cognitive perspective in entrepreneurship: An agenda for future research. Journal of Management Studies, 48(6), 1443–1477.

参考書籍

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