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エフェクチュエーション理論の成熟と論争

エフェクチュエーション理論の20年間の発展過程を俯瞰。Perry et al.のメタ分析、CAVEフレームワーク、新たな理論統合の試み、そして次世代研究アジェンダを論じる。

約19分
目次

理論の成熟とは何か——20年間の軌跡を俯瞰する

Sarasvathy(2001)がエフェクチュエーション理論を提唱してから四半世紀が経過した。この間、理論は概念的な枠組みの提示から実証的な検証を経て、応用と拡張の段階へと発展してきた。一つの理論が「アイデア」から「確立された枠組み」へと成熟する過程には、必然的に批判、論争、修正が伴う。エフェクチュエーション理論の成熟過程を追跡することは、理論そのものの理解を深めるだけでなく、経営学における理論構築の一般的なダイナミクスを理解するうえでも示唆に富む。

理論の成熟は、3つの段階を通じて進行する。第一段階は「理論構築(theory building)」であり、概念の定義、命題の導出、理論的枠組みの構築が行われる。第二段階は「実証検証(empirical testing)」であり、定量的・定性的な研究を通じて理論の妥当性が検証される。第三段階は「応用拡張(application and extension)」であり、理論が新たな文脈に適用され、他の理論との統合が試みられる。エフェクチュエーション理論は、2001年から2020年代にかけてこの3段階を順に経てきたが、その過程は必ずしも平坦ではなかった。

Perry, Chandler & Markova(2012)のメタ分析——実証研究の蓄積状況

エフェクチュエーション理論の実証的基盤を体系的に評価した最初の試みが、Perry, Chandler, & Markova(2012)によるメタ分析的レビューである。彼らは2001年から2011年までの10年間に発表されたエフェクチュエーション関連の実証研究を網羅的に収集・分析し、理論の実証的成熟度を評価した。

Perry et al.の分析結果は、エフェクチュエーション理論の実証的基盤に関して率直な懸念を表明するものであった。

操作化の不一致

第一に、エフェクチュエーションの構成概念の操作化(operationalization)が研究間で著しく不一致であることが指摘された。ある研究では「許容可能な損失の原則」をリスク許容度として測定し、別の研究では資源配分の意思決定基準として測定していた。「クレイジーキルトの原則」をネットワークの広さとして捉える研究もあれば、パートナーとのコミットメントの深さとして捉える研究もあった。同じ名前の概念を測定していても、実質的に異なるものを測っている可能性がある——これが Perry et al.の核心的な指摘であった(Perry et al., 2012, pp. 838-841)。

研究デザインの偏り

第二に、研究デザインの偏りが指摘された。調査対象となった実証研究の大半は**横断的研究(cross-sectional study)**であり、エフェクチュエーション的な行動とパフォーマンスの関係を一時点で測定していた。しかし、エフェクチュエーションは本質的にプロセス理論であり、時間の経過とともに展開するダイナミクスを捕捉するには、縦断的研究(longitudinal study)が不可欠である。横断的研究では、因果関係の方向性——エフェクチュエーションが成功を導くのか、成功がエフェクチュエーション的な振る舞いを可能にするのか——を特定することができない(Perry et al., 2012, pp. 843-845)。

理論構築段階にあるとの評価

第三に、Perry et al.は総合的な評価として、2011年時点でエフェクチュエーション理論は依然として「理論構築」の段階にあると結論づけた。理論の基本的な枠組みは提示されているが、実証的な検証が十分に蓄積されたとは言えず、概念の操作化や測定尺度の標準化が急務であるとされた。この評価は、理論を否定するものではなく、「有望な理論が科学的に成熟するために何が必要か」を示すロードマップとして機能した。

2001-2020年の研究動向——3段階の発展

Perry et al.の評価を起点として、エフェクチュエーション研究はその後の10年間で飛躍的に発展した。この発展過程は、大きく3つの段階に分けることができる。

第一段階(2001-2008年)は理論構築期である。Sarasvathy(2001)の原著論文と、Sarasvathy(2008)の包括的な著書 Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise により、理論の基本的枠組みが確立された。5つの原則、エフェクチュエーション・サイクル、コーゼーションとの対比といった核心的な概念が定義された時期である。

第二段階(2009-2016年)は実証検証期である。Perry et al.の批判的評価に応答するかたちで、測定尺度の開発と実証研究が急増した。Chandler, DeTienne, McKelvie, & Mumford(2011)は、エフェクチュエーションとコーゼーションを測定するための標準化された尺度を開発し、この尺度はその後の多くの実証研究で採用された。また、Read et al.(2009)のメタ分析により、エフェクチュエーション的なアプローチと事業パフォーマンスの正の相関が確認された。

第三段階(2017年-現在)は応用拡張期である。エフェクチュエーション理論は、起業の文脈を超えて、社会的起業、企業内起業、国際ビジネス、教育、ヘルスケア、デジタルプラットフォームといった多様な領域に適用されるようになった。同時に、他の理論的枠組みとの統合——ブリコラージュ、制度理論、組織的両利き——が試みられている。

Gupta et al.(2020)のCAVEフレームワーク

理論の応用拡張期における重要な発展が、Gupta, Chiles, & McMullen(2020)が提唱し、後にSarasvathy自身が発展させたCAVEフレームワークである。CAVEは、**Context(文脈)、Actor(行為者)、Venture(事業)、External environment(外部環境)**の4つの要素を統合する枠組みであり、エフェクチュエーションの有効性を左右する条件を体系的に整理することを目指している。

Contextは、起業活動が行われる時間的・空間的文脈を指す。創業初期か成長期か、先進国か新興国か、デジタル産業か伝統的産業か——文脈の違いがエフェクチュエーションの有効性を調整する。

Actorは、起業家個人の特性を指す。起業経験、領域専門知識、認知スタイル、リスク許容度といった個人特性が、エフェクチュエーション的なロジックの採用と効果に影響する。

Ventureは、事業そのものの特性を指す。技術の新規性、市場カテゴリーの成熟度、必要な資本規模、規制環境の複雑さといった事業特性が、適切な意思決定ロジックを規定する。

External environmentは、マクロレベルの環境要因を指す。制度的環境の安定性、文化的規範、経済サイクルの局面といった要因が、エフェクチュエーションの有効性の背景条件を形成する。

CAVEフレームワークの最大の貢献は、エフェクチュエーションの有効性を「状況依存的(contingent)」なものとして明確に位置づけた点にある。これにより、「エフェクチュエーションはいつでもどこでも有効だ」という素朴な万能論は理論的に否定され、「どのような条件下で、どの程度有効か」を問う、より精緻な研究が可能になった(Gupta et al., 2020, pp. 275-280)。

Sarasvathy & Venkataraman(2011)——「起業家的方法」としての再定位

エフェクチュエーション理論の知的射程を拡張するうえで転機となったのが、Sarasvathy & Venkataraman(2011)による**「起業家的方法(entrepreneurial method)」**の提唱である。

彼らは、起業家精神を単なるビジネスの立ち上げではなく、不確実性に対処するための一般的な「方法」として再定位した。科学には「科学的方法」があるように、起業には「起業家的方法」がある——というのがその主張である。科学的方法が仮説検証のサイクルを通じて知識を生産するように、起業家的方法はエフェクチュエーション的な行動のサイクルを通じて新しい市場、制度、人工物を生産する(Sarasvathy & Venkataraman, 2011, pp. 120-123)。

この再定位の意義は三重である。第一に、エフェクチュエーションを起業だけでなく、不確実性に対処するあらゆる文脈に適用可能な一般的方法論として位置づけた。第二に、「方法」という概念を用いることで、エフェクチュエーションが学習可能であり、教育によって伝達可能であることが明確に示された。第三に、科学的方法との対比により、起業家的方法の知的な尊厳と正当性が主張された。

Fisher(2012)のeffectuation/bricolage/causationの3概念統合

Fisher(2012)は、起業プロセスを説明する3つの理論的枠組み——エフェクチュエーション、ブリコラージュ、コーゼーション——の統合を試みた先駆的研究である。

ブリコラージュ(bricolage)とは、Baker & Nelson(2005)が提唱した概念であり、手元にある資源を本来の用途とは異なる方法で組み合わせ、新たな問題解決を図るアプローチを指す。エフェクチュエーションと表面的に類似しているが、Fisher(2012)は両者の本質的な違いを明確にした。

エフェクチュエーションは「誰と組むか」という社会的プロセスに焦点を当てる。手段の拡張は主にステークホルダーのコミットメント獲得を通じて行われ、市場は社会的相互作用の結果として構築される。一方、ブリコラージュは「手元にある物をどう使うか」という資源の再構成に焦点を当てる。資源の制約を創造的に克服することが中心的な行為であり、社会的なネットワーク構築は副次的な要素である(Fisher, 2012, pp. 1024-1028)。

Fisher の統合モデルは、3つの概念を排他的な選択肢としてではなく、起業プロセスにおいて併用・切替が可能なレパートリーとして位置づけた。起業家は状況に応じて、コーゼーション的に計画を立て、ブリコラージュ的に手元の資源を再構成し、エフェクチュエーション的にステークホルダーを巻き込む。3つのアプローチを柔軟に使い分ける能力こそが、起業家的な熟達を構成するというのがFisherの主張である。

次世代研究アジェンダ——3つのフロンティア

エフェクチュエーション理論の次なる発展に向けて、3つの研究フロンティアが特に重要である。

デジタル起業とエフェクチュエーション

第一のフロンティアは、**デジタル起業(digital entrepreneurship)**の文脈である。デジタルプラットフォーム、AI、ブロックチェーンといった技術は、起業プロセスの根本的な変容をもたらしている。デジタル環境では、プロトタイピングのコストが劇的に低下し、フィードバックループが加速し、グローバルなネットワーク構築が容易になっている。これらの変化は、エフェクチュエーションの各原則——許容可能な損失、クレイジーキルト、レモネード——の作動条件を変化させる。デジタル環境におけるエフェクチュエーションのダイナミクスを解明する研究が求められている。

サステナビリティとエフェクチュエーション

第二のフロンティアは、サステナビリティ(持続可能性)の文脈である。気候変動、資源枯渇、社会的不平等といったグランドチャレンジに対処するための起業——いわゆるサステナブル・アントレプレナーシップ——において、エフェクチュエーションはどのような役割を果たすのか。サステナビリティの課題は長期的な不確実性、多数のステークホルダーの関与、価値観の多様性を特徴としており、エフェクチュエーション的なアプローチとの親和性が高い。しかし同時に、環境問題の深刻さは「許容可能な損失」の範囲を超える可能性があり、理論の適用には慎重な検討が必要である。

制度的文脈とエフェクチュエーション

第三のフロンティアは、**制度的文脈(institutional context)**の影響に関する研究である。Shirokova et al.(2021)が24カ国データで示したように、エフェクチュエーションの有効性は制度的環境によって大きく調整される。法制度の整備度、起業に対する社会的規範、金融市場の成熟度といった制度的変数が、エフェクチュエーションの作動条件をどのように規定するかについて、さらなる研究が求められている。特に、新興国や移行経済国における制度的空白(institutional void)のもとでのエフェクチュエーションは、理論の普遍性を検証するうえで重要な研究領域である。

理論の成熟が実務に意味すること

エフェクチュエーション理論の成熟過程から、実務家が汲み取るべき教訓がある。理論が成熟するとは、理論がより「正しく」なることではなく、理論の適用範囲と限界がより明確になることである。Perry et al.のメタ分析は操作化の課題を明らかにし、CAVEフレームワークは有効性の条件を体系化し、Fisher の統合モデルは他の概念との関係を整理した。

これらの研究蓄積が示すのは、エフェクチュエーションが**「ある条件下で、ある方法で使えば、ある種の成果をもたらす」道具**であるということである。万能の処方箋ではなく、精密な道具として使いこなすためには、道具の仕様と限界を正確に理解することが不可欠である。理論の論争と成熟の歴史を知ることは、その道具をより賢く使うための知的投資にほかならない。

関連記事として「エフェクチュエーションの知的系譜」「エフェクチュエーションへの批判と限界」も参照されたい。


引用・参考文献

  • Perry, J. T., Chandler, G. N., & Markova, G. (2012). Entrepreneurial effectuation: A review and suggestions for future research. Entrepreneurship Theory and Practice, 36(4), 837–861.
  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
  • Sarasvathy, S. D., & Venkataraman, S. (2011). Entrepreneurship as method: Open questions for an entrepreneurial future. Entrepreneurship Theory and Practice, 35(1), 113–135.
  • Chandler, G. N., DeTienne, D. R., McKelvie, A., & Mumford, T. V. (2011). Causation and effectuation processes: A validation study. Journal of Business Venturing, 26(3), 375–390.
  • Read, S., Dew, N., Sarasvathy, S. D., Song, M., & Wiltbank, R. (2009). Marketing under uncertainty: The logic of an effectual approach. Journal of Marketing, 73(3), 1–18.
  • Fisher, G. (2012). Effectuation, causation, and bricolage: A behavioral comparison of emerging theories in entrepreneurship research. Entrepreneurship Theory and Practice, 36(5), 1019–1051.
  • Baker, T., & Nelson, R. E. (2005). Creating something from nothing: Resource construction through entrepreneurial bricolage. Administrative Science Quarterly, 50(3), 329–366.
  • Gupta, V. K., Chiles, T. H., & McMullen, J. S. (2020). A process theory of entrepreneurial resourcefulness. Journal of Management Studies, 57(2), 267–290.
  • Shirokova, G., et al. (2021). Effectuation and causation, firm performance, and the impact of institutions in emerging versus developed markets. Journal of Business Research, 129, 169–182.

参考書籍

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