目次
- 著者
- 吉田満梨
- 出版社
- ダイヤモンド社
- 出版年
- 2018年
- ISBN
- 978-4478106785
エフェクチュエーションに興味はあるが、原著は敷居が高い
エフェクチュエーション理論を学びたいと思い立った日本のビジネスパーソンが最初に直面する壁は、文献へのアクセスのしにくさである。Sarasvathy(2008)の原著は学術書であり、翻訳版であるサラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015)も碩学舎から刊行された専門書として、学術的な厳密さを優先した構成となっている。起業家研究の文脈や認知科学の知見に馴染みのない読者にとって、いきなり原著に取り組むのはハードルが高い。しかし、エフェクチュエーションの5つの原則は、日常のビジネスにおいて極めて実践的な指針となり得るものである。この理論を「知る人ぞ知る学術概念」から「日本のビジネスパーソンの共通言語」に変えたい——本書はそのような志のもとに書かれた入門書である(吉田, 2018)。
日本のビジネス文脈に根ざした解説
著者の吉田満梨は、関西学院大学でマーケティングと起業家教育を専門とする研究者であり、Sarasvathy(2008)の原著翻訳を手がけた日本におけるエフェクチュエーション研究の第一人者である。本書の最大の特徴は、理論の解説を日本のビジネスパーソンにとって身近な文脈に置き換えている点にある。
原著や Read et al.(2016)の教科書では、主に北米やヨーロッパの起業家事例が取り上げられている。それらは理論を実証する上で優れた事例であるが、日本の読者にとっては文化的・制度的な距離感がある。本書では、日本企業や日本の起業家の事例が豊富に紹介されており、「日本でもエフェクチュエーション的な意思決定が実際に行われている」ことを具体的に示している(吉田, 2018)。これは単なるローカライズではなく、理論の普遍性を日本の文脈で検証する学術的意義も持っている。
本書の構成と特徴
5つの原則を平易な言葉で
本書は、エフェクチュエーションの5つの原則——手中の鳥、許容可能な損失、レモネード、クレイジーキルト、飛行機のパイロット——を、それぞれ独立した章で解説する構成を採っている。各章は「原則の意味→なぜそれが有効なのか→日本の事例→実践へのヒント」という流れで統一されており、どの章から読み始めても理解できる設計となっている。
学術用語は必要最小限にとどめられ、ビジネス書として読める文体で書かれている。しかし、学術的な裏付けが省略されているわけではない。各原則の説明にはSarasvathy(2001, 2008)の研究が正確に引用されており、さらに深く学びたい読者が原著にたどりつくための道標が随所に用意されている。
日本企業の事例
本書が収録する日本企業の事例は、大企業のイノベーション事例からスタートアップの創業物語まで幅広い。これらの事例を通じて、エフェクチュエーションが「シリコンバレー型の起業」だけでなく、日本的な経営スタイルや組織文化の中でも有効に機能することが示されている。計画的な経営が得意とされる日本企業においても、不確実性の高い新規事業の立ち上げ局面では、エフェクチュエーション的な意思決定が自然に行われている事例が少なくない。
原著との比較
Sarasvathy(2008)の原著が理論の構築と学術的検証を目的とした研究書であるのに対し、本書は理論の普及と実践への橋渡しを目的とした入門書である。Read et al.(2016)が教育者向けの教科書であるのに対し、本書はビジネスパーソン個人が自分のペースで読み進められる一般書として位置づけられる。この3冊はエフェクチュエーション文献の中で異なる役割を果たしており、目的に応じて使い分けるのが望ましい。
こんな人に本書は特に読んでほしい
- エフェクチュエーションという言葉を聞いたことがあるが、まだ体系的に学んでいない人: 本書は最も取り組みやすい日本語文献である
- 新規事業を任されたが、事業計画書を書く前にもう一つの選択肢を知りたい人: エフェクチュエーション的アプローチの全体像を短時間で把握できる
- 原著(Sarasvathy, 2008)を読む前の予備知識を得たい人: 本書を先に読むことで、原著の理解が格段に深まる
- 起業家教育のカリキュラムに日本企業の事例を取り入れたい教員: 本書の事例はそのまま教材として活用可能である
- MBA を取得したが、計画的アプローチの限界を感じている人: エフェクチュエーションはコーゼーションを否定するのではなく、補完する理論であることを本書が明確に示している
まず「5つの原則」を自分の仕事に当てはめてみよう
本書を読了したら、5つの原則を自分の現在のプロジェクトに当てはめてみることを勧める。「今の手持ちの手段は何か」「いくらまでなら失っても大丈夫か」「最近の予想外の出来事をどう活かせるか」——これらの問いを立てるだけで、意思決定のフレームワークが変わる。本書は理論書ではなく実践の指南書である。読んだ後に行動を変えてこそ、その価値が発揮される。
引用・参考文献
- 吉田満梨 (2018).『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』ダイヤモンド社. ISBN: 978-4478106785.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.
- Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.