書籍

エフェクチュアル・アントレプレナーシップ

エフェクチュエーション理論をビジネススクールの教室で教えるための実践的教科書。5原則を体験的に学べるエクササイズを多数収録。第2版。

目次
著者
Stuart Read, Saras Sarasvathy, Nick Dew, Robert Wiltbank
原著者
Stuart Read, Saras Sarasvathy, Nick Dew, Robert Wiltbank
出版社
Routledge
出版年
2016年
ISBN
978-1138923782
原題
Effectual Entrepreneurship
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理論書を読んでも「で、どう教えればいいのか?」が分からない

エフェクチュエーション理論を学んだ教育者や実務家が、次に直面する問題がある。Sarasvathy(2008)の原著 Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise は学術的に極めて優れた著作であるが、そのまま教室で使用するには抽象度が高い。5つの原則を理解することと、それを学生や受講者に体験的に学ばせることの間には、大きな溝が存在する。事業計画書の書き方を教えるカリキュラムは数多くあるが、「手元の手段から始める」「許容可能な損失で判断する」といったエフェクチュエーション的思考法を、どのようにエクササイズに落とし込めばよいのか。本書 Effectual Entrepreneurship は、まさにその溝を埋めるために書かれた実践的教科書である(Read et al., 2016)。

理論書と教科書の決定的な違い

本書の共著者である Stuart Read(IMD)、Saras Sarasvathy(バージニア大学ダーデン経営大学院)、Nick Dew(海軍大学院)、Robert Wiltbank(ウィラメット大学)の4名は、いずれもエフェクチュエーション研究の第一線に立つ研究者である。Sarasvathy(2008)の原著が「理論の体系化と学術的検証」を目的としていたのに対し、本書は「理論の教育的実装」を目的として設計されている。この違いは、本書の構成に明確に表れている。

原著では実験データの詳細な分析と理論的背景の解説に多くの紙面が割かれていたが、本書では各章が「概念の導入→具体的事例→エクササイズ→振り返り」という構造で統一されている(Read et al., 2016, pp. 1–15)。学習者が受動的に理論を吸収するのではなく、自ら手を動かし、考え、議論することで5つの原則を体得できる設計となっている。

本書の構成——アクション指向の章立て

本書は大きく4つのパートで構成されている。

パート1:エフェクチュエーションの基礎

エフェクチュエーションとコーゼーション(因果論的アプローチ)の違いを概観する。Sarasvathy(2001)が提示した理論的枠組みを、ビジネススクールの学生でも直感的に理解できるよう、身近な事例を用いて解説している。ここでの重要な主張は、エフェクチュエーションとコーゼーションは対立概念ではなく、起業プロセスの異なる局面で使い分けるべき相補的なアプローチであるという点である。

パート2:5つの原則の実践

各原則に1章ずつ割り当てられ、概念解説、実際の起業家の事例分析、教室で実施可能なエクササイズがセットで提供される。たとえば「手中の鳥の原則」の章では、学習者が自分自身の「Who I am / What I know / Whom I know」を書き出し、そこから生み出せるビジネス機会をブレインストーミングするワークショップ形式のエクササイズが設計されている(Read et al., 2016, pp. 45–68)。

パート3:起業プロセスの全体像

5つの原則が個別にではなく、起業プロセス全体の中でどのように連動するかを解説する。市場の不確実性が高い段階ではエフェクチュエーション的アプローチが有効であり、事業が成長して予測可能性が高まるにつれてコーゼーション的アプローチに移行するという「ダイナミック・モデル」が提示されている。

パート4:応用と発展

社会起業、企業内起業、国際起業など、多様な文脈へのエフェクチュエーションの適用が論じられている。

原著(Sarasvathy 2008)との使い分け

本書を手に取る際に重要なのは、Sarasvathy(2008)の原著との位置づけの違いを理解することである。原著は理論の学術的基盤を提供する「リファレンス」であり、本書は理論を教室や研修の場で実践するための「ツールキット」である。研究者が論文を書く際に参照すべきは原著であるが、ゼミやワークショップでエフェクチュエーションを教えたいならば、本書が最適な出発点となる。

第2版(2016年)では、初版(2011年)以降に蓄積された教育実践の知見が反映され、エクササイズの改良、新しい起業家事例の追加、オンライン教材との連携が強化されている。世界20カ国以上の大学で採用されており、エフェクチュエーション教育のグローバルスタンダードとしての地位を確立している。

こんな人に本書は特に有用である

  • ビジネススクールでアントレプレナーシップを教える教員: エクササイズをそのままカリキュラムに組み込める
  • 企業研修でイノベーション思考を教えるファシリテーター: ワークショップ設計の参考書として使える
  • エフェクチュエーションを自学自習したい実務家: 各章末のエクササイズを一人でも実践できる
  • Sarasvathy(2008)を読んで理論は理解したが、実践方法を知りたい研究者: 理論と実践の橋渡しとなる

まず「手段の棚卸し」エクササイズから始めよう

本書を入手したら、第3章のエクササイズに取り組むことを勧める。自分の手段(アイデンティティ・知識・ネットワーク)を紙に書き出し、それを組み合わせて何ができるかを考えるワークは、手段ドリブンなエフェクチュエーション的思考の出発点である。1人でも実施可能であるが、3〜5人のグループで行うと、他者の視点から自分では気づかなかった手段の組み合わせが浮かび上がり、より豊かな学びが得られる。本書は「読む本」ではなく「使う本」として設計されている。その設計思想を最大限に活かすためにも、読むだけで終わらせず、必ず手を動かしてほしい。


引用・参考文献

  • Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge. ISBN: 978-1138923782.
  • Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
  • Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.