目次
きょうそう(こ・くりえーしょん)
「誰かのために価値を作る」から「一緒に価値を作る」へ
伝統的なビジネスモデルの発想では、企業は価値を「創造し」、顧客はその価値を「消費する」。企業が製品・サービスを設計し、顧客はそれを購入するという、一方向の価値提供の構造である。これはコーゼーション(Causation)的思考の延長にある——市場調査で顧客のニーズを把握し、そのニーズを満たす製品を設計して届けるという発想である。
**共創(Co-Creation)**は、この一方向性を根本から問い直す概念である。Sarasvathy(2008)のエフェクチュエーション理論において、共創は市場と製品が形成される核心的メカニズムとして位置づけられる。起業家とステークホルダーの相互的なコミットメントの交換を通じて、当初は誰も予期していなかった価値・製品・市場が創発的に生まれるプロセスが共創である(p. 71)。
エフェクチュエーションにおける共創の理論的位置づけ
クレイジーキルトとの接続
共創は、エフェクチュエーションの第三原則「クレイジーキルト(Crazy Quilt)」の作動メカニズムとして理解できる。クレイジーキルト原則が「自己選択的ステークホルダーとのコミットメント構築」を起業家の行動原則として記述するとすれば、共創はそのコミットメントが相互に積み重なった結果として新たな可能性の空間が創発されるプロセスを指す(Sarasvathy, 2008, pp. 67–82)。
起業家が自分のアイデアを発信し、関心を持つ人々がコミットメントを申し出る。そのコミットメントが新たな「手中の鳥」となり、当初の構想には存在しなかった可能性が生まれる。その新たな可能性に反応する別のステークホルダーが加わる——このサイクルを通じて、市場と製品は「発見される」のではなく「共同で創造される」。
S-Dロジックとの接点
Vargo & Lusch(2004)のサービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック)は、「価値は企業によって生産されるのではなく、顧客との使用プロセスの中で共創される」という命題を中心に据える。エフェクチュエーション理論の共創概念は、このS-Dロジックと深い親和性を持つ。
Chandler & Vargo(2011)は、エフェクチュエーションとS-Dロジックの接点を論じ、両者が「価値の創発性」と「関与主体の能動的役割」を共有すると指摘している。エフェクチュエーションとS-Dロジックの統合で詳論されているように、起業家プロセスにおける価値共創の理解に両理論は補完的に機能する。
共創が「市場創造」につながる理由
機会発見から機会創造へ
Shane & Venkataraman(2000)が体系化した「機会発見(Opportunity Discovery)」モデルでは、市場には未発見の機会が客観的に存在し、起業家はそれを発見する主体として描かれる。これに対しSarasvathy(2001)は、多くの場合市場は事前に存在するのではなく、起業家とステークホルダーの相互作用によって創造されるという「機会創造(Opportunity Creation)」モデルを提示した(Sarasvathy, 2001, p. 255)。
共創はこの「機会創造」を実現するメカニズムである。誰も需要を予測できなかった製品が、最初の顧客との対話を通じて用途を発見し、パートナーのコミットメントによって市場の輪郭が定義されていく——このプロセスが新市場創造の本質であり、共創の結果である。
不確実性の削減機能
共創は単に「一緒に作る」という協働行為ではなく、不確実性を削減する情報収集メカニズムとしても機能する。誰がどのような条件でコミットメントを申し出るかは、市場の輪郭・顧客の本質的ニーズ・実現可能な価値提案に関する情報を含んでいる。
Sarasvathy(2008)は「ステークホルダーのコミットメントは、市場の不確実性を削減するシグナルである」と述べている(p. 76)。共創の各ステップが情報提供の機能を持ち、起業家はその情報に基づいて次の実験を設計する。これはエフェクチュエーション・サイクルの中で共創が果たす認知的役割でもある。
実践:共創を意図的に設計する
「完成品」より「素材」を共有する
共創を促進するためにまず必要なことは、完成されていないアイデア・プロトタイプ・問いを積極的に共有することである。完成品は他者が関与する余地を与えない。未完成の素材は、他者が自分のアイデア・リソース・視点を持ち込む余白を作る。
最初のユーザーを「共創者」として扱う
最初の顧客・ユーザーとの関係を「消費者として扱う」のではなく、「製品の共同設計者として扱う」姿勢が共創を実践する具体的な態度変容である。なぜその機能を使うのか、何に不満があるのか、本来解決したかった問題は何か——この対話が製品の方向性を定め、ユーザー自身を最も信頼できるクレイジーキルト・パートナーに変える可能性がある(Read et al., 2016, p. 77)。
コミットメントの可視化
共創プロセスでは、どのステークホルダーがどのようなコミットメントを提供しているかを可視化することが有効である。物理的なホワイトボード・デジタルキャンバス・定期的なミーティングを通じて、参加者全員が共創の現状を把握し、それぞれの貢献がどう全体に組み込まれているかを理解できる環境を作ることが、共創の継続性を高める。
引用・参考文献
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Vargo, S. L., & Lusch, R. F. (2004). Evolving to a new dominant logic for marketing. Journal of Marketing, 68(1), 1–17.
- Chandler, G. N., & Vargo, S. L. (2011). Contextualization and value-in-context: How context frames exchange. Marketing Theory, 11(1), 35–49.
- Shane, S., & Venkataraman, S. (2000). The promise of entrepreneurship as a field of research. Academy of Management Review, 25(1), 217–226.
- Read, S., Sarasvathy, S., Dew, N., & Wiltbank, R. (2016). Effectual Entrepreneurship (2nd ed.). Routledge.