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せいせいてきふかくじつせい
「不確実性」という言葉が隠しているもの
「不確実性が高い」と言うとき、その「不確実性」は何を指しているのか。よく想定されるのは、「正解はあるが、まだ分からない」状態だ。市場規模は存在するが測定されていない。顧客ニーズは潜在しているが言語化されていない。成功する製品はあらかじめ決まっているが発見されていない——この発想では、不確実性は調査・分析・予測によって「解消すべき問題」となる。
しかし、起業家が実際に直面する不確実性は、別の性質を持つことがある。「正解そのものが存在せず、行動の過程で初めて形成される」状態だ。この種の不確実性を「生成的不確実性(Generative Uncertainty)」と呼ぶ。
生成的不確実性の概念的背景
生成的不確実性という概念は、Sarasvathy(2008)のエフェクチュエーション理論において、理論の根本的な前提として位置づけられている(pp. 68–75)。Sarasvathy は、起業的プロセスにおける不確実性を、Knight(1921)の「真の不確実性(Knightian Uncertainty)」——確率計算すら不可能な不確実性——と連続させながら、さらにその性質を精緻化した。
生成的不確実性の核心は次の点にある。起業的プロセスにおける不確実性は、起業家の行動そのものによって変化する。起業家がある行動を取ると、ステークホルダーが反応し、その反応が状況を変え、変化した状況が次の行動の条件となる。この循環において、「不確実性の内容」そのものが行動によって生成・変形される。
Sarasvathy & Dew(2005)は、新市場創造のプロセスを分析する中で、市場は「発見される」のではなく「創造される」ものであると論じた(p. 541)。この論点は、生成的不確実性の概念と深く結びついている。市場が創造されるなら、その市場についての「正しい予測」は、市場が存在する前には存在しえない。予測の対象そのものが、行動によって形成されるのである。
「解消すべき不確実性」と「活用すべき不確実性」
生成的不確実性の概念を理解することで、不確実性への対処法が根本的に変わる。
コーゼーション的アプローチ(不確実性を解消する): 市場調査、競合分析、財務モデリング——これらのツールは、「存在するが未知の正解」を「不完全な情報を集めることで近似する」という発想に基づいている。生成的不確実性の領域では、このアプローチは「まだ存在しないものを予測しようとする」という根本的な矛盾に陥る。
エフェクチュエーション的アプローチ(不確実性を活用する): 生成的不確実性の領域では、「正解を予測する」ことに注力するのではなく、「行動と相互作用を通じて状況を形成する」ことに焦点を当てる。Sarasvathy(2008)が示した5つの原則は、この活用の具体的な方法論として位置づけられる(pp. 15–90)。
具体的には、手中の鳥の原則は「予測不可能な目標から逆算するより、今の手段から可能性を発散させる」という形で、生成的不確実性に適応した出発点を提供する。クレイジーキルトの原則は「ステークホルダーとのコミットメントを通じて、不確実性の内容を共同で形成する」という形で、生成的不確実性を積極的に活用するメカニズムとなる。飛行機のパイロットの原則は「予測に適応するのではなく、行動で未来を創る」という形で、生成的不確実性の本質に最も直接的に対応している。
生成的不確実性とイノベーション
生成的不確実性は、イノベーション研究においても重要な概念として注目されている。真に新しいイノベーション——市場に存在しなかった製品・サービス・ビジネスモデル——は、定義上、その登場前には誰も予測できなかったはずである。
このことは「イノベーションは予測できない」という悲観的な結論を意味しない。生成的不確実性の視点からは「イノベーションは予測するものではなく、行動と相互作用を通じて形成するもの」という能動的な実践論が導かれる。
この点において、生成的不確実性の概念は飛行機のパイロットの原則と最も深く共鳴する。パイロットが飛行経路をリアルタイムで調整しながら目的地に向かうように、エフェクチュエーション的な起業家は不確実な状況を行動によって形成しながら目指すものを創り出す。
生成的不確実性が特に顕在化する文脈
- 新技術・新市場の開拓: 前例のない技術や市場では、「正解」は行動によって初めて形成される
- 社会課題の解決: 複雑な社会問題の解決策は、関係者との相互作用の中で共創される
- 組織変革: 組織文化の変革は、具体的な行動とその結果への反応によって形成される
- 創造的・芸術的プロセス: 制作の過程で作品の方向性が形成される創造的プロセス
実務的示唆:生成的不確実性を認識するための問い
- 「この問題の正解は、私が行動を始める前にすでに存在しているか、それとも行動の過程で形成されるか」
- 「詳細な市場調査が終わるまで動かないことと、小さく動き始めて反応を観察することの、どちらが多くの情報をもたらすか」
- 「今直面している不確実性は、調査・分析で減らせるタイプのものか、行動・実験でしか学べないタイプのものか」
引用・参考文献
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
- Sarasvathy, S. D., & Dew, N. (2005). New market creation through transformation. Journal of Evolutionary Economics, 15(5), 533–565.
- Knight, F. H. (1921). Risk, Uncertainty and Profit. Houghton Mifflin.
- Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
- サラス・サラスバシー(吉田満梨 訳)(2015).『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎.